SPnet私服保安入門


第一章 万引き犯の見つけかた-私服保安は万引きをどのようにして見つけるか?-

1.私服保安とは





(1)私服保安と制服警備員との違い


正式には私服保安警備員という。

ショッピングセンターには警察官に似た制服を着ている警備員がいる。
彼らは常駐警備員である。

常駐警備員の仕事は ①従業員・業者・来訪者等の出入り管理 ②鍵の管理 ③施設各部の異状発生監視 ④店内巡回 である。

①~③は警備室で行う。

④の店内巡回は 「決められた経路を、決められた時間に、前を向いて歩く」ことである。

その目的は「制服を見せて犯罪を防止すること」と「客に安心感を与えること」

客を不快にさせてはいけないので、「警備員は客と眼を合わせてはいけない」とされている。
だから「前を向いて」歩いている。


これに対し、保安警備員は「店内犯罪処理」だけを行う。

その仕事は ①不審者の発見・行動監視 ②犯罪を行った者の現行犯逮捕 ③犯人を警察へ引き渡すまでの処理 である。

店内犯罪のほとんどが「万引き」なので、俗に「万引きGメン」と呼ばれている。


制服を着ていないので一般客と区別がつかない。
潜水艦のように売場に潜み、潜望鏡を上げて獲物を待つ。
獲物を静かに追跡し、捕まえるときになって姿を見せる。


(2)地位・権限・資質・訓練-私服保安を育てるのには時間がかかる


私服保安は警備会社に所属している警備員である。

警備会社が店と契約して 私服保安を入店させる。

私服保安は 警備員なので、警察官のような権限は何もない。


私服保安には「観察力・集中力・持久力・冷静な判断力・ここ一番の決断力・絶対に後へは退かない闘志」が必要である。

しかし、最も必要なのは「功を焦る自分を抑える力」である。

この自制心がないと誤認逮捕をしてしまうからだ。


一人前の私服保安になるのには1年かかる。


まず、3カ月間は研修生として指導私服保安に付く。

ここで、必要な法律知識・実務のノウハウを教えられ、万引き検挙を実際に見たり経験したりする。

研修終了時には、「万引き発見から検挙・警察送りまで」を独りでやれるようになる。

そして、新人私服保安として別の店に配属される。


新人私服保安には「声かけ・検挙をする前に、指導者の許可を得なければならない。」という制限が付けられる。

制限付きで20件位検挙する。

そして、指導私服保安が「自分を抑える力がついた」と判断すれば、やっと一人前となる。

検挙件数が少なかったり、「自制心が身についていない」と判断されたりすると、いつまでたっても制限付きのままである。

一人前になれば、全てを自分の判断ですることが許される。

ここまで軽く1年かかるのである。


私服保安育成には時間と費用がかかる。

「誤認・やりすぎ」をしないで、万引きを確実に検挙することは、これほどの訓練が必要なのだ。


(3)勤務 店に毎日いるわけじゃない


勤務時間は8時間が標準。

ショッピングセンターの閉店は深夜である。

勤務時間は夜型となる。

ふつう男性私服保安は14時~23時または13時~22時。

女性私服保安は11時~20時である。


私服保安は毎日店に入るわけではない。

「毎日二人」,「土日だけ二人で後は一人」,「毎日一人」,「月に5日~15日」 といろいろである。

儲かっている店ほど警備に経費をかけられるので私服保安の入店日数は多くなる。


(4)万引き検挙の抑止力


万引きを防ぐためには、「万引きをする者の全て」を捕まえる必要はない。

・私服保安が万引き犯人を連れていくところを見る。
・警察官が店内で証拠写真を撮っているのを見る。
・友達が捕まったことが噂となる。

万引きを一人捕まえれば、十人の万引きが来なくなる。

「あの店では捕まる」という噂が立てば、百人の万引きが来なくなる。

「あの店では盗れる・捕まらない」ということが広まれば、万引きが押し寄せてくる。

「検挙に勝る防犯はない」のである。


(5)男性私服保安と女性私服保安の違い


店内犯罪は万引きだけではない。

酔っぱらい・準ホームレス・迷惑少年・痴漢・盗撮・クレーマー・恐喝。

傷害事件や殺人事件も起こる。


閉店時間が深夜になったため、店内治安に不安が出てきた。

男性私服保安はこのためのものである。

もちろん、万引きも検挙する。

しかし、男性私服保安は私服保安だとすぐに判るので、万引きを捕まえることが難しい。

男性私服保安は店の防犯主任、悪く言えば用心棒という位置づけになる。


女性私服保安は万引き検挙専門である。

「男性私服保安+女性私服保安」の二人態勢がベストである。

しかし、経費がかかるので「どちらか一方」という店が多い。

主流は「男性私服保安による店内の治安維持」となっている。


(6)男性私服保安はすぐに判る


ショッピングセンターに昼間から男がいるはずがない。

「時間潰しの老人」や「試食目当て」とは明らかに違う。

態度が大きい。目つきが怖い。その筋の者か警察関係者か。

それが男性私服保安である。


ときどき「ナヨナヨ坊や」が間違って私服保安になるが、すぐに辞めていく。

「押し出し」が強くなければ務まらないからである。


・2020.05.追記


以上のことはいろいろな売場を持つ大きなショッピングセンターのことである。

食品スーパーやホームセンターでは男性客が多いので、男性私服保安も目立たない。

また、私服保安は遠くから万引きを見つけるので、「すぐに分かる」というものではない。 → 私服保安は店内カゴを持ちません(保安のイロハ)
ただし、近くに寄って現認するときや追尾するときは、婦人服売場や化粧品売場であれば「すぐに分かる」ことになる。


(7)主婦私服保安は判りにくい


ショッピングセンターの客の大部分は主婦である。

主婦はどこの売場にいても当たり前である。

旦那の下着・子供の服・自分の下着・薬・化粧品・ボーナスで買う予定の液晶テレビ。

そして、毎日の食料品。

主婦私服保安を見つけるのは難しい。


しかし、彼女たちは商品を見ていないし、買い物を楽しんでいない。

買い物を楽しんでいないのは、私服保安と万引きである。

商品を見ないで人を観ているのも、私服保安と万引きである。

主婦私服保安は普通の客には見つけられなくても、万引きには簡単に見つけられてしまう。

万引きから見れば、「自分と同じ態度をしているのが私服保安である」からだ。


(8)「ヤンママ私服保安」・「ギャル私服保安」は、まったく判らない。


・『お前、初めて見る顔やのぉ!』


研修2か月目の女性私服保安Aさんが、女性二人組万引きを見つけてくる。

発見から2時間後に店外・検挙。

二人は子ども連れのヤンママ風。

バスマット他23点・計36000円強。


Aさんは31歳の元ヤンママ。

茶髪に美人だが、きつい顔つき。

私とAさんは保安室で書類作成をしていた。


保安室に刑事が二人入ってきた。

刑事の一人が、犯人を見るなり『おまえらかっ!』

二人は罰の悪そうな顔をする。


次に、刑事がAサンに言った。

『おまえは初めて見る顔やのぉ。名前は!』

Aさんは刑事を睨みつけて、こう言った。

『私は警備員ですッ!』


なお、Aさんは私が育てた中で一番の私服保安である。

Aさん自身も多くの女性私服保安を育てた。

店関係者からの評判もよく、隊員の信頼も厚かった。

私と担当店が一緒だったので、後の事例に度々登場する。


・『えっ?万引きだと思っていた!』


Bは研修1カ月を過ぎた21歳ギャル私服保安。

『女子高生二人組が化粧品を盗っています。』と私に連絡してきた。


私が駆けつける。

私は化粧品売場の手前にある婦人服売場に位置をとった。


Bは万引き女子高生二人と並んで化粧品を品定めしている。

女子高生たちは化粧品を手に持ち、「キャッキャッ」と浮かれながら別の商品列に入る。

Bが女子高生の見える位置に移動する。


婦人服売場にいる私には、女子高生たちが真正面に見える。

二人が化粧品を鞄に入れた。


女子高生たちがそのまま出口に向かう。

私がBに合図を送る。

Bが二人に声かけ。

二人『えっ?警備員なの?同じ万引きだと思っていた!』

女子高生二人・化粧品13点・計25000円強。


(9)女性私服保安の身なり・持ちもの


私服保安は店側の人間である。

つまり、「客相手の小売業」に携わる者となる。

その点から、オーデコロンや香りのきつい化粧品、華美な装飾品を身につけない。


服装は「動きやすくて走りやすい」もの。

しゃがんで隠れたり、犯人を追いかけたりしなければならないからである。


ミニスカートやタイトスカートではしゃがめない。

サンダルやハイヒールでは追いかけられない。

両手が自由に使えるように、手に何も持っていない。

小さなバッグを肩から斜め掛けにしているか、ウエストポーチをつけている。

もちろん、食品売場では店内カゴを持つ。

犯人に近づく時には、買い物客のふりをして商品を持つ。


このような女性を何度も見かけたら、それが女性私服保安である。

私服保安をみつけて『万引きって居ますかぁ~?』と声をかけてみると面白い。

2020.05.16

つづく
 





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