SPnet私服保安入門


(2)「盗っているところ」を見つけようとしてはダメ





私は研修生の第一日目にいきなり課題を与える。

私『万引きを見つけて、私に連絡しなさい。』

研修生は通路を歩きながら、丹念に売場を覗き込んでいる。


私は3時間くらいして研修生を呼び戻す。

疲れ切った研修生が戻ってくる。

『しらみ潰しに見ましたが、「盗っている者」は見かけませんでした。』


私『ゴメン、ゴメン。「見つけ方」を教えなかったネ。』


万引き犯が商品を鞄に入れたり、ポケットに入れたりするのは1分もかからない。

広い売場で「そんな場面を見つけようとする」のが間違いなのだ。

もちろん万引きは多いから、そんな場面に出くわすこともある。
しかし、それは偶然にすぎない。

「偶然」に頼っていたのでは仕事にならない。


(3)人の行動を観察して、OKを出していく。「拾う・捨てる」の繰り返し


「盗ろうと思っている」ことは、必ず態度やしぐさに表れる。

この「態度・しぐさ」を見つければよいのである。


客の一人一人の行動を観察する。

この客は「盗ろう」としていない。大丈夫。

一人の客にOKを出したら、次の客を観察する。

これを繰り返していけば、「OKでない客」に到達する。

万引きを見つけるのはSee(視界に入る)やLook(見る)ではない。
Watch(観察)しなければならない。


たとえば、

大きなバッグを持っている男がいる。

観ていると、男は「20%引きの商品」と「値引きなしの商品」で迷っている。

この時点でOKを出す。

盗るつもりなら、迷わずに「値引きなしの商品」を選ぶからである。


次に、子供をベビーカーに乗せた女性を観察する。

ベビーカーにはたくさんの商品が載せてある。

女性はその中からバナナを売場に戻した。

もう少し観察する。

女性が紙おむつのコーナーで割引券を取り出した。

この時点でOK。

盗るつもりなら、商品を戻さないし割引券も必要ないからである。


「あっ!向こうから、カートに箱入りのお茶を6箱載せている客が来た!」

今度はあの客を観察してみよう。


このような作業を繰り返して、「盗ろうとしている者」を見つけ出すのである。


(4)まず、ふるいにかける。


売場にいる全ての客を、片っ端から観察していたのでは効率が悪い。

そこで、大雑把な選別をしておく必要がある。

まず、売場にいる客を“ふるい”にかけるのだ。

「こんな態度や動作をしている者は盗る可能性が高い」という“ふるい”である。


初心者向けのふるいを挙げておく。

・大きな黒いバッグを持っている。(なぜか黒)
・バッグのチャックが開いている。(商品を入れる準備)
・バッグを左に掛けている。左に掛け替えた。(左手でバックを開けて右手で商品を入れる)
・バッグをカートに引っかけている。(カートの商品をバッグに入れる。)
・店内カゴにレジ袋やポリ袋を入れて売場に入る。(この袋に入れて出ていく)
・シワの寄ったレジ袋に何かを入れている。(もう盗ってきた。今からまだ盗る)
・清算を済ませた商品をレジ袋に詰め、再び売場に入る。(いまから高いものを盗る)
・商品をカートに満載している。(このまま一気に出ていく)
・商品をドンドン入れる。(盗るつもりだから迷わない)
・米10㎏袋を二袋以上カートに載せている。(今日は特売じゃない)
・独り言を言う。店員に話しかける。ケイタイをかけながら売場に入ってくる。 財布を取り出して売場に入ってくる。
・何度も売場に来る。(盗るのを迷っている)
・何度も同じ商品のところに来る。(チャンスを待っている)
・我々と目が合う。近づいてくる。話しかけてくる。(やましい証拠)
・怖い顔をしている。(万引き犯は真剣)
・幼子をベビーカーに乗せた若い母親。(紙おむつは毎日必要)
・中年の娘とその母親。(息子と父親は大丈夫)
・親と離れた子ども・単独行動になった奥さん。(単独行動になった旦那は大丈夫だが、単独行動になったオジイサンは怪しい)
・服装の乱れた女子高生。(盗るのは学校帰り。土日は遊び)
・サンダルや汚い靴を履いている者。(新しい靴に履き替えていく。)
・いやに薄着である者。(上着を着ていく。)
・カートの前部に紙おむつやトイレットペーバーを高く積んでいる者。(これを壁にして、カートの商品を袋やバッグに詰める)
・立ち止まって店内カゴの中の商品を整理している者。(盗るものと売場に置いていくものを選別している)

もちろん、これらは「ふるい」である。

ベテランは、この“ふるい”の精度がよい。

精度をよくするのは「経験」である。


(5)いつ、どこでOKを出すか 「捨てる」のが早ければ効率がよい


「OKを出す」のは、その者が「買う意思」を見せたとき。

「盗るのなら、こんなことをしない」という“しぐさ”をしたとき。

最終的には、「レジで支払ったとき」である。

それでは時間がかかりすぎる。

「レジ支払い」までのできるだけ早い段階で、OKを出さなければ効率が悪い。


参考のために「買う意思がある場合」の例を少し挙げておこう。

・値札を見る。
・「どちらを買おうか?」と迷う。
・「やっぱりこれは買わないでおこう。」と商品を戻す。
・高い商品と安い商品で、安い方を選ぶ。
・値引き商品・・廉価版商品を選ぶ。
・その者を10分も尾行・監視しているのに、その者と目が合わない。
・その者が30分たっても、バッグに入れない。人通りの少ないコーナーに入っていかない。
・買い物を楽しんでいる。


しかし、これは総合的に判断しなければならない。

ここでも、経験がものをいう。

経験から「OK基準」ができ上がり、経験を積むごとにそれが「緻密」になっていく。

新人は「試行錯誤を繰り返す」しかない。
不審だと思った者に対しては、その者が「レジで支払う」まで観察するしかない。

しかし、その者が支払ったのは、我々の尾行に勘づいたからかもしれない。

その売場では支払っても、他の売場では盗るかもしれない。

結局、その者が店外するまで観察しなければならない。

初心者には「OK基準」ができあがっていない。

それまでは「お見送り」をくり返すことになる。


しかし、「お見送り」をしたあと考えなければならない。

「なぜ、盗らなかったのか?」

「そういえば、商品を取るテンボが遅かった」とか「安価な商品を選んだ」。

このようにして、少しずつ「OK基準」ができ上がっていく。


新人の私服保安の「OK基準」は成長中である。

「OKを出したのに、盗っていった。」ということもある。

そんなときは「こういう場合は、やっぱり盗るのか。」とOK基準を修正する。


どんな職業でも、楽をしては一人前になれない。

徒労・無駄足を「肥やし」としなければならないのだ。


つづく





前へ    次へ    私服保安入門TOP    SPnet    SPnet2    SPnet番外