SPnet私服保安入門
事例2.“半額イカ”を選んでも、まだOKは出さない 経験で身につけるしかない
食品売場では、夜8時頃から生鮮食品の安売りが始まる。
時間が経つにつれて、「10%→20%→30%→半額」とシールが貼られていく。
午後8時。
休憩が終わり、食品売場を通って化粧品売場へ向かっていた。
平日だから、バック入り鮮魚にもう値引きシールが貼られている。
40歳くらいの東洋系男性が、店内カゴを持って食品売場に入ってくる。
すれ違うときに男のカゴの中を見る。
古いレジ袋だけが入っていた。
「ん?」
男は「割引シールの貼られた魚を2パック・半額シールの貼られたイカを3パック」カゴに入れた。
「割引の商品を選ぶ者は盗らない。」のが定石である。
しかし、男のカゴの中にある古いレジ袋が気になる。
男はインスタントラーメンの方へ行ったあと私の方へ戻ってきた。
男のカゴの中を確認する。
カップ麺の下に半額イカと魚のパック。
男はそのままトイレ用品通路に入っていく。
「やっぱり…。仕事場に入ったな。」
「仕事場」とは、万引きが商品を袋やバッグに詰める場所である。
人通りの少ない場所、レジから見えない場所、囲まれている場所が選ばれる。
インスタントラーメン・洗剤・トイレットペーパー・紙おむつの通路に多い。
「仕事場」へ入っていく者は「盗る確率」が高いのである。
案の定、男はカゴの中の商品を古いレジ袋に詰めている。
そして、空カゴを置いて売場を出るチャンスを伺っている。
男の場所からスーパーマーケットゾーン出口までは15m。
男が食品売場を出た。
私は男の5m後を歩く。
男はスーパーマーケットゾーンを出て専門店街に入った。
ここで男を捕まえてもいいのだが、建物外に出すことにした。
外国人は『勝手が分からなかった…。』と言い訳するからである。
しかも、ここから建物出入口までは20mくらいしかない。
男は建物出入口前にある酒専門店で足を止めた。
そして、店頭に積んである缶ビール1箱を抱えた。
男は左腕に缶ビール1箱、右手に「半額イカ等」を入れたレジ袋。
男が建物外に出た。
私は男の背中をトン・トンとたたいた。
男が振り向く。
次の瞬間、男は「缶ビール1箱」と「半額イカ入りレジ袋」を離した。
「離した」とは、どのような動作か分かるだろうか?
物を持ったり抱えたりしている手や腕の力を抜くことである。
持っていたものは、そのまま真下に落下する。
万引き犯でこの動作ができる者はなかなかいないのだ。
男はそのまま走り出した。
男が立体駐車場スロープから下りてくる車とぶつかりそうになる。
男は車のボンネットに手をついて衝突を避け、一気に駐車場から走り出ていった。
男が携帯電話を落としていったので回収。
しばらくして、犯人のケイタイが鳴る。
耳に当てると、『○×△??』
犯人の慰留物があるから警察連絡。
やって来た警察官は、『このケイタイは証拠にはならンなぁ。「落とした」と言うにきまっているからナ…。』とつれない。
そして、ケイタイの履歴・電話帳を調べてこう言った。
警『これは○○人だな…。山河さん、あんた「刺されなくて」よかったゾ!』
回収した商品は「鮮魚・半額イカ等7点・計1500円弱」+缶ビール1ケース。
初心者なら、割引の魚や半額のイカをカゴに入れた段階で、「問題なし」と判断してOKを出しただろう。
しかし、私はOKを出さなかった。
これが経験である。
(6)万引きの手口を知っていると役に立つ。
経験の少ない初心者私服保安は「万引きの手口」を知ることが必要である。
手口を知っていることが「OKを出す」ことの参考になる。
(単独犯の手口-実例)
カートに商品を満載し、そのままカートを押して売場を出ていく。(食品・カゴ抜け)
カートにレジ袋・上着・バッグを載せて売場を出ていく。(食品・カゴ抜け)
・カートに食品を満載し、売場からレジ列の外に出る。
そして、レジ後のサッカー台で備え付けの段ボールに商品を詰めて出ていく。
図々しい者は、レジでレジ袋をもらって商品を詰める。(食品・常習)
「仕事場」で、持参したレジ袋に商品を詰める。(食品・初級常習)
・子供を乗せたベビーカーに、紙おむつを吊るして持っていく。(若い母親)
カートに「米10㎏袋×10」を積んで、その上にティッシュの箱を載せエレベーターに乗る。
(食品・米泥棒・一昔前はこれがはやったが最近では見かけない)
カートにバッグを吊るし、カートの中の商品をバッグに入れる。(食品・主婦)
左肩にショルダーバッグ。店内カゴを左腕に通す。右手でカゴの中の商品をショルダーバッグに入れる。
(実際に動作をやってみてほしい。食品・中級常習)。
カート上段のカゴから下段のマイバッグやマイバスケットに商品を移す。(食品・常習)
ポケットからレジ袋を取り出して、商品を詰める。(食品・少額・食い詰め者)
※女性は少しずつ詰めるが、男性は一気に詰める。
缶コーヒーや弁当をセカンドバッグや帽子の下に隠して持っていく。(食品・少額・食い詰め者)
ワンカップ清酒を素早くポケットに入れていく。(食品・食い詰め者・常習)
一人がレジを済ませて売場に戻る。そして売場に残っているもう一人の持っている商品を買った商品の袋に入れる。(食品・常習・二人組)
半額シールを他の商品に貼る。(食品・値札替え)
・盗る商品を一カ所に集めておく。安い商品をレジ清算した後、その場所に戻って買った商品に混ぜていく。(食品・常習)
箱入り炊飯ジャーをそのまま持っていく。布団を担いで持っていく。(家電・寝具)
エアコンの室内機と室外機をカートに載せて持っていく。(家電)
展示してある液晶テレビをカートに載せて持っていく。(家電)
女性でもプリンターをカートに載せて持っていく。(家電)
新しい靴に履き替えていく。(古い靴は箱に入れて戻しておく。古い靴下まで置いてある。靴下も履き替えていったことになる。)
展示してあるバッグをそのまま提げていく。そのバッグに他の売場で商品を詰めていく。(現地調達すれば一石二鳥)
商品の帽子をかぶっていく。上着を着ていく。セーターや下着を着込んでいく。(履き込み)
・商品の財布を頭の上に置き、その上から帽子をかぶって出ていく。(ユーモラス)
店員が売場で使っているノートパソコンを持っていく。(油断も隙もない。)
・展示してあるミシンを置いてある空箱に元通りに詰めて持っていく。(売る時に便利)
化粧品やアクセサリーを袖に入れる。(女子高生の特技・袖入れ)
・小さな化粧品を長財布・ケイタイの下に持ち、それをポケットに入れる。(レジ前で財布 出したので、「払うのだな。」と安心したら盗った)
展示してあるマスカラ・口紅を、通りすぎざまに一掴み持っていく。(目にもとまらぬ速さでアッパレ)
バッグに60点・20万円分の下着を詰めていく。
大きなラジコンの箱を二人が一つずつ持って堂々と売場を出ていく。
・展示してあるDVDレコーダー・プリンターを抱え、肩からコートをかけて持っていく。
・出入り業者のふりをして、バックヤードから液晶テレビを台車に載せて持っていく。
・『電動自転車を試乗させてくれ。』と試乗し、そのまま走り去る。
おもしろい手口はたくさんある。
先輩私服保安に聞いてみるとよい。
(プロ窃盗団の手口)
三人~五人でやって来る。
見張り・事前の細工・実行犯・運び役・逃走車運転手と役割分担をしている。
ブローカーの指示があるので、盗る商品が決まっている。
一日で、10店舗以上を荒らしていく。
商品は、小さくて・数があり・結構値の張るものである。
乾電池・シェーバー・血圧計・ブランド化粧品・ブランド下着・ビタミン剤・目薬・風邪薬・筋肉消炎剤・
ハンカチ・パンスト・ネクタイ・ブランド紳士服など。
私の経験したものでは、
・資生堂化粧品30万円(女性五人組み)
・ハンカチ800枚
・イタリアの革靴一棚・50足
・パンスト一棚・300足、
・パソコン・ビデオカメラ4台
・25型液晶テレビ
・腕時計20個
・ワコール下着15万円分
・クロコダイルの半袖ボロシャツ25枚、
・震えるシェーバーと替え刃15万円分
・風邪薬ルル10万円分
・バンテリン(筋肉消炎剤)5万円分。
他店での盗難例では、
・ネクタイ500本
・テニスラケット20本
・ブランド化粧品とブランド下着合わせて90万円
・血圧計20個
・ドリエル(睡眠誘発剤)30箱、
・目薬50箱
・ダイソン(高額掃除機)5台で30万円
・炊飯器6台で15万円、展示してあった30型の液晶テレビ、
・バックヤードに保管していた「たばこ」150万円分など。
彼らは「大胆にして巧妙。しかも迅速。」
私服保安一人では、彼らの犯行を止めることはできない。
私が他店からの盗難報告を鵜着るとすぐに聞く。
『盗られた?それはうちの私服保安が入店している時間帯か?』
大手スーパーマーケットでは「プロ集団による大量盗難をどう防ぐか?」が大きな問題となっている。
私服保安は「食品売場で、常習・食い詰め者を検挙する」よりも、「プロ集団による大量盗難を防ぐ」ことが求められている。
★2020.05.追記
この窃盗団による大量盗難は15年~10年前に全国チェーンのスーパーで大流行した。
当時、私服保安は食品売場に行くことを禁じられ、他店で大量盗難のあった売場の固定監視をさせられた。
全国で大流行した大量盗難だが私服保安が捕まえた事例は一件もない。
わずかに、「逃げる犯人の一人の背中に触れた」のが一件。
しかし、最近では大量盗難は聞こえてこない。
「金を儲ける方法の変更」や「転売ルートの消滅」などの理由で「窃盗団が大量盗難をやめた」のだろう。
この頃の大量盗難をネズミやイタチとしたら、最近の万引きは「小蠅」にもならない。
当時を懐かしく想い出すが、この窃盗団の大量盗難に私服保安は立ち向かえない。
これは警察に任せるしかないのだ。
つづく