SPnet私服保安入門
「万引き犯の手口とカバンは変わらない。」
我々は、「万引きしている者」の全てを捕まえるわけではない。
検挙基準(第二章)が揃わなければ捕まえない。
このような検挙候補者を「貯金」と呼ぶ。
私服保安は、この「貯金」をいつも20人以上持っている。
我々は彼らの顔を覚えてはいない。
皆似たりよったりで覚えられないからである。
「顔写真」など役にも立たない。
しかし、万引きは所詮「アマチュア犯罪」である。
やり方が雑である。
彼らは「盗る手口」を変えようとしない。
「カバン」まで同じものを使う。
私服保安は「貯金」をその手口とカバンで覚えている。
もっと工夫してもらいたいものだ。
事例3.「そのレジ袋はもう渡していないゾ!」 とんまな常習犯
食品のマネージャー(mgr)から連絡が入る。
『いつも、寿司とビールを盗っていく男がいる。毎晩9時頃にやってくる。捕まえてほしい。』
話を聞くと、
『メガネをかけた40歳くらいの男が、寿司とビールを「緑色のレジ袋」に入れて持っていく。
園芸出入口から食品に入り、園芸出入口から出ていく。毎週火曜日にやってくる。』とのこと。
「緑色のレジ袋」は、この店が所在する市の「生ゴミ用指定袋」である。
この店では、火曜日にだけ「通常の半透明のレジ袋」ではなく「緑色のレジ袋」を渡していた。
しかし、最近では火曜日も「半透明のレジ袋」を渡すようになった。
その男はレジで金を払ったことがないから、「レジ袋が変わったこと」を知らないのである。
火曜日の夜9時前。
私は食品売場の前にあるベンチに腰を下ろした。
食品売場の向かって左側は「パン・酒」である。
「パン・酒」の手前に園芸売場がある。
私は園芸売場と「パン・酒」の見える位置にいる。
園芸の方からメガネをかけた細身の男が、「ルンルン~♪」と入ってきた。
「コイツだな…。」
私はベンチに座ったままその男を見ていた。
男は酒コーナーの冷蔵ケースから「生絞り500ml缶」4本を取り出した。
そして、それらを冷蔵ケース前に積んである箱入りビールの上に置いた。
男は缶ビールをそのままにして、弁当コーナーで寿司2パックを手に取った。
さらに惣菜1パック。
男は寿司と惣菜を持って缶詰の通路に入っていく。
私はベンチから立ち上がり、レジの外から男を見た。
男は缶詰の前でゴソゴソしている。
私は、「男がこれからすること」を推測した。
男は缶詰通路に「寿司2パックと惣菜1パック」を持ち込んだ。
酒コーナーには「生絞り4本」が置いてある。
缶詰通路で寿司・惣菜をレジ袋に入れたあと、酒に戻って生絞りを入れて出ていくのだろう。
しかし、男は手ぶらで缶詰通路から出てきた。
そして、そのまま正面出入口から出ていった。
「えっ?」
男は私には気づいていない。
「なぜ出ていったのか?」
答えはすぐに分かった。
男が再び正面出入口から小走りで入ってきたからだ。
男の手には、「今は渡されていない」緑色のレジ袋。
「楽勝だな…。」
万引き犯の「盗るもの・手口・店外する場所」が分かっていれば、簡単に先が読める。
この男はどこから店外するのか?
正面出入口か園芸出入口か?
考えるまでもない、「万引きは入ったところから出ていく。」からだ。
男はスキップをするように缶詰前に行き、何やらしている。
「次は、生絞りだな…。」
男が緑色のレジ袋に何かを入れて酒にやってきた。
寿司パックが透けて見える。
男が「生絞り」を袋に入れた。
私は男より先に園芸出入口を出た。
男が出てきた。
男の持っている緑色のレジ袋に「生絞りと寿司パック」を確認。
次の瞬間、男は「地獄」に突き落とされた。
私は男の行く手を遮(さえぎ)った。
私『オィ!盗るならもっと工夫せいヤ!』
男は目をまん丸くしている。
そして、事態を理解して逃げようとする。
すかさず、私の足払い。
私は上から男の顔を覗き込む。
男の目はまん丸いままだ。
42歳。寿司・惣菜・ビール500ml缶4本。計2000円強。
警察渡し。前科・前歴なし。
2~3週後の火曜日、食品レジに並んでいる男を見かけた。
男はレジで半透明のレジ袋を手渡されていた。
つづく