SPnet私服保安入門

        

事例4.『これは“ドライ”やッ!』と胸をモルツ常習万引き

 




「想い出の検挙」がいくつかある。

新人の頃の検挙はよく覚えている。

この「モルツ男」もそうである。


アルバイトの品出し係が私に言った。

『いつもサントリーモルツ500ml缶を盗っていく男がいるンです。捕まえてください。』

若いアルバイト君やパートさんは売場を守る気持ちが強い。

彼らからの情報は私服保安にとってありがたい。


男は30歳代。

ジャージのズボンポケットに入れていくという。


その日から張り込み開始。

男がやってきた。

なるほど、モルツをポケットに入れた。

そして、正面出入口から出ていった。

まずは「犯人・手口・逃走経路」を確認するだけ。

今度来たときに、ゆっくりと料理すればよい。


次の日。

私は食品売場前のベンチに座って男を待つ。

定刻にモルツ男がやってきた。

男は店内カゴを持たずに酒コーナーに入った。


私服保安は売場のところどころに「のぞき窓」を作っておく。

犯人の行動を近くで見るためだ。

常習は「盗るもの・入れる場所」が決まっているから、のぞき窓を作るのは簡単だ。

私はそこに移動した。


男は冷蔵ケースからロング缶4本を取り出し、ジャージのズボンポケットに入れた。

「ロング4本が入るンだ!」

男のズボンを想像できるだろうか?
どのようになるのか試してもらいたい。

男のジャージポケットは垂れ下がった。


次に、男は惣菜2パックを手に取った。

「ロング4本」を見ているから、「惣菜が何であるか」は気にしない。

男は惣菜パックを持ったまま平然と食品売場を出ていく。

男のポケットは垂れ下がったままである。

男が正面出入口から店外し、自転車にまたがった。


私は男に声かけした。


私『金を払ってもらわなければ、困るンだヨ!』

男は平気である。

ビックリしないのは「常習万引き」である。


私は男のズボンポケットを指さして言った。

私『ここに、モルツが4本入っとるだろうが~!』


男はジャージのズボンからロング缶を取り出した。

そして、偉そうにこう言った。

男『モルツと違う!これは“ドライ”やッ!』


なるほど、それはドライの500ml缶だった。

“モルツ”の横に“ドライ”が並んでいたのだ。

もちろん、そんな言い訳が通用するはずはない。


35歳男性。ビール500ml4本・惣菜1パック。自動車窃盗の前科あり。

男は警察官に逮捕された。


私は男に聞いた。

私『いつも“モルツ”を盗っていくのに、なぜ今日は“ドライ”なんや?』

男『たまには別のビールを飲んでみたかったから…。』


私はさらに聞いた。

私『なんで、ケース入りのビールを持っていかないンや?毎日盗るのはめんどうだろう?』

男『ケース入りのビールは冷えていないから…。』

この店は男の冷蔵庫なのだ。


(8)不審者をどこから探すのか? 捜すのは「売場の中から・遠くから」


この章で説明していることは、研修第一日目に教える内容である。

このあたりまでくると研修生の目が輝いてくる。

研『私にも見つけられそうです!もう一度行ってきます!』

私『まあまあ、急がないで。先は長いンだ。そんなに焦らなくてもいいヨ。

もう一つだけ教えておかなければならないことがあるンだ。

さっき通路を歩きながら売場の中を覗き込んで、不審者を探していたよネ?そのやり方は間違っているンだ。』


不審者を見つけるには、

①あらかじめ客を“ふるい”にかけて、観察する客を選ぶ。
②客を観察 → OKを出す → 別の客を観察 → OKを出す。これを繰り返す。

もう一つ知っておかなければならないのは「どこで、これをするか」である。
つまり、「不審者を見つける場所・観察する場所」である。


それは「通路」ではない。

「通路を歩きながら」不審者を探してはいけないのである。


なぜだろうか?


まず、「歩きながら」では見える範囲が狭くなる。

次に、「他の客にぶつからないようにしなければならない」ので気が散る。

この二つは「プールの監視員」がよく知っている。

だから、彼らは「高い椅子」に座って水泳客を監視しているのだ。


また、歩き回れば疲れてしまう。

さらに、万引き犯に見つかってしまう。

万引き犯は売場の中にいるからだ。

私服保安が通路から不審者を探すのは、「道路から他人の家の中を覗き込む」のと同じである。
私服保安は万引き犯から丸見えなのだ。


不審者を探す場合は、「売場の中から他の売場や通路」をみなければならない。

・「遠くから」なら視界が広がり、多くの人の動きを見ることができる。

・売場の中に静止していれば、探すことに集中できる。

・少し体の向きを変えれば、別の売場と通路を見ることができるので疲れない。

・売場の中にいれば、「別の売場にいる万引き犯」や「通路を歩いている万引き犯」に気づかれない。

・万引き犯が自分と同じ売場にいても、万引き犯はこちらを一般客と思うだろう。


私服保安は潜水艦である。
潜っていなければならない。

通路から不審者を探すことは「海面に浮き上がる」ことである。


私服保安が観るのは「20m以上先」の広い範囲である。

私服保安の目には「たくさんの人が動いている」のが映っている。

「万引き犯の動き」は一般客とは異なる。

「たくさんの人の動きの中」から万引き犯が浮き上がってくる。


鷹は空高くに舞い上がり、広い範囲の地上を観ている。

地上にあるものは点にしか見えない。

しかし、獲物は動くのではっきりと判る。

獲物を見つけたら、急降下してそれを捕まえる。

私服保安は「鷹」である。


これは食品売場でも同じである。

食品売場は独立した広い区域で、他の売場に隣接していない。
しかも、棚が高くて見通しが悪い。

しかし、レジ列の外から見れば視界が広がる。

そこには奥さんの買い物を待っている旦那もいる。

レジ列に沿って歩けば、売場内の各通路が突き当たりまで見える。

食品売場で客が「立ち止まって」商品を品定めすることは当たり前である。

私服保安が立ち止まっていても気づかれない。


もちろん、万引き行為を見るためには近づかなければならない。[※第二章-Ⅲ-入れる現認]

しかし、それは次の段階に進んだときである。


(9)不審者を見つけられなくても「努力」を怠るな どんな仕事でもやはり努力


このようなやり方でやっても、不審者を見つけられない研修生がいる。

1カ月経っても、万引き犯を見つけられない。

「自分には適性がないのか?」と不安になる。

ここで嫌気を出したらおしまいである。

必ず「万引き犯を見つけるとき」がやってくる。

「万引きはむこうからやって来る。」と言われている。


「最初の一人」があれば、それからはドンドンと見つけられる。

それまでは辛抱である。

それまで努力することである。


私は不審者を見つけられない研修生を食品売場に連れていく。

そして「置きカゴ」を探させる。


「置きカゴ」とは、「商品が入ったまま放置されている」店内カゴやカートである。

そのほとんどが「万引きの脱け殻」である。

万引き犯が、カゴに入れた商品の中から「盗るものだけ」を選んで持っていったのである。


研修生に「試着室内を調べさせる」こともする。

試着室に値札が落ちていたり、隠されていたりすることがある。

これも「万引きの痕跡」である。

値札がなければレジ清算ができないからである。


「置きカゴ」や「試着室の値札」は「獲物の足跡やフン」である。

研修生に足跡やフンを見せて、『やはり獲物がいたンだ。』と実感させる。

こうしてやる気を持続させるのである。


なお、食品売場で「商品を満載して放置してあるカート」を見かけたことがあるだろう。

「よくもまあ、これだけ入れたものだ。」と感心するほど詰めてある。

これは「万引きの脱け殻」ではない。

これは「ストレス解消」である。
拒食症の人がこのようなことをするらしい。

『食べたいけれど、食べてはいけない。』
このストレスを解消するために、食品を「これでもか!これでもか!」とカートに詰め込むのである。

詰め込んだら用はない。スッキリして店を出ていく。

彼らが店の迷惑など考えるはずがない。


つづく





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