SPnet私服保安入門


第二章 万引き行為の見かた-私服保安はこんなときには捕まえてはいけない-

 




第一章では「万引き犯をどのようにして見つけるか」を説明した。

ここでは、「万引き行為をどのようにして見るか」を説明する。

研修二日目に教える内容である。


不審者を見つけた。

後をつけた。

「あっ!盗りそうだ!」

私服保安は、ここからどうするか?


その通り!

「盗ったこと」を見て、捕まえればよい。


そのためには、次の三つのことを見なければならない。

①.それが店の商品であること。
②.その商品を犯人がポケットやバッグに入れたこと。
③.犯人が店外するまでにその商品を手放していないこと。


さらに、これらを確実に見なければならない。

「確実か不確実か」は、万引き行為を見ている私服保安が判断する。

人間がする判断だから間違いは避けられない。

しかし、間違いは絶対に許されない。


「万引き犯の見つけかた」を誤っても、万引き犯を見つけられないだけである。

しかし、「万引き行為の見かた。」を誤ると、誤認逮捕となってしまう。

そして、私服保安と店は人権侵害で訴えられることになる。

問題は単なる損害賠償だけでは収まらない。

それが店のスキャンダルとなり、店の信用やネームブランドを傷つけてしまう。


これはしっかりとマスターしなければならない項目である。


1.私服保安に課せられた「検挙条件」-いくつかの条件が揃わなければ捕まえない


文具売場で腕時計を盗った男が店外する。

私服保安が声をかける。

『 ちょっとすいません!この店の保安係ですが…、そのバッグの中の商品はまだ清算していませんよねぇ? 』


男が答える。

『 えっ?ちゃんと払いましたよ…。 』


私服保安は語調を強める。

『 とぼけては困りますねぇ。あなたは文具売場で腕時計をポケットに入れ、ボールペンだけ支払ったじゃないですか!
  私はしっかり見ていたンですよ!』


男は反論する。

『 何のことか私には分かりません。あなたは私がこの店の腕時計を盗ったと言うのですか? 』


私服保安は自信タップリに言う。

『 往生際(おうじょうぎわ)が悪いんとチャウか!ネタは挙がっとるンや!
  そこまで言うンやったら、ポケットの中を見せてみいや!腕時計が入っとるやろッ!』


『 いいですよ。』男がポケットを裏返す。


・場面1


男のポケットから私服保安の見た腕時計が出てくる。

保『 この時計や!この時計をポケットに入れたやないか! 』

男『 これは時計専門店で昨日買ったものです。ここにレシートもあります。
    私はこの店の文具売場にも同じ時計があるのを知っていました。それで見比べていたのです。 』

保『 えっ?この腕時計はこの店の商品じゃなかったの…。 』

男がポケットに入れたのは自分の腕時計だったのである。


・場面2


男のポケットからは腕時計は出てこない。

保『 腕時計が入っとるはずや!お前、腕時計をどこかに捨てたな! 』

男『 おっしゃっている意味が分かりませんねぇ。さあ、どうしてくれます?私は万引き扱いされたのですよ!
    上の人を呼んでもらいましょうか…。』

男は店外するまでに、盗った腕時計を捨てたか仲間に渡したのである。


このような状況にならないように、
私服保安には「一定の条件が揃わなければ、万引き犯を捕まえてはいけない」という「検挙条件」が課せられている。

その条件は次の四つである。

・①.「棚から手に取るところ」を見たこと。(棚取り現認)
・②.「入れるところ」を見たこと。(入れる現認)
・③.尾行中に中断がないこと。(中断なし)
・④.「2品以上」について、①②③を満たしていること。(単品禁止)


私服保安はこれらすべてが揃わないと、万引き犯人を捕まえてはいけないのである。

これらの条件は私服保安の現場経験から考え出されたものである。

それは誤認しないための鉄則なのである。

       
2.検挙条件①「棚から手に取るところ」を見たこと(棚取り現認)


「自分の目で見た」ことを「現認(げんにん)」という。

「カバンにいれるところを現認した。」とか「万引き行為を現認する。」というように使われる。

検挙条件①は「犯人が商品を棚から手に取るところ」を私服保安が見たことである。

これを「棚取り(たなどり)現認」という。
「着手(ちゃくしゅ)現認」という場合もある。


(1)棚取り現認が必要とされる理由


a.それが、「店の商品ではない」可能性がある


客が売場に展示してある商品と「同じ・同じような商品」を手に持っていることは少なくない。


たとえば、

・「自分の使っている口紅」を取り出して、買おうとしている口紅とその色を比べている。
・「着ていたコート」を脱いで、買おうとしているコートと素材・サイズを比べている。
・他の店でシェーバーを買った。値段・型番を比べるためにそれを取り出して、展示してあるシェーバーと見比べている。
・奥さんから『これと同じ薬を買ってきて。』と薬の空箱を渡された。その空箱を持って同じ薬を探している。
・青いエプロンをレジ清算した。しかし『やっぱり赤い方にしようかな?』と思った。
  エプロン売場に戻って、値札の付いたままの青いエプロンを取り出した。
  そして、赤いエプロンと見比べている。(誤認実例)
・ジーンズをレジ清算した。『着替えていこう。』とそのジーンズを持って試着室に入った。
  試着室で値札をちぎって着替えた。履いていたジーンズはバッグに入れた。

このような場合、客が手に持っている商品は「店のもの」でないことになる。

だから、万引き犯人がその商品を「棚から手に取るところ」を見なければならないのである。


・挙動不審はあてにならない

『そんなに神経質に考えなくてもいいだろう。万引きしようと思っている者は態度に出るから判る。』と言いたいだろう。

しかし、上の例で客が売場を離れるときには、持っていた「自分のもの」をバッグに入れたり着たりしなければならない。
そんなときに客は『万引きと間違われるのではないか?』と思う。
そして、まわりを見渡したり素早くバッグに入れたりする。

これを『万引きしようとしている。』と判断しないだろうか?


b.それが「店の商品ではない」という犯人の主張を覆せない


スーパーの売場に置いてある商品は他の店にも置いてある。
自販機で売られている商品もある。

犯人の持っていた商品がそのスーパーの売場に置いてあった商品だとしても、
私服保安が「犯人がその商品を棚取りすることを見ていない」以上、
犯人が「これは他の店で買ったものだ、自販機で買ったものだ」という主張を覆せない。

「疑わしきは被告人の利益による」という刑事司法の鉄則により、
犯人が「その商品は他の店で買ったこと・自販機で買ったこと」を証明する必要はない。

犯人を訴追する側が「そうではないこと」を立証しなければならない。
私服保安の棚取り現認がない以上、それは不可能である。


c.それを犯人が「盗ったこと」を証明できない


では、犯人の持っていた商品が「そのスーパーの売場に置かれていた商品であること」が証明できる場合はどうだろうか?
たとえば、製造日・時間と製造者(スーパーの店名)のラベルが貼られた弁当や惣菜。

これなら、犯人の「他の店で買ったものだ」という主張は通らない。

しかし、犯人が「知らない人からもらった」と言えば逃げられる。
私服保安の棚取り現認がない以上、訴追側は「それが他の人からはもらったものではないこと」を証明しなければならない。
それも無理なことである。


従来、棚取り現認が必要な理由としてaだけが教えられてきた。
しかし、bとcの方が重要である。

最近、万引き検挙後に行われる警察の事情聴取・書類作成で、
商品の一つ一つについて「犯人がどちらの手で棚から取り、どちらの手でどこへ入れたか」を質問される。
また、現場での実況検分撮影で、「本当にそれが見えていたかどうか」をチェックされる。
これはbやcでの棚取り現認の証明力を確かめるためのものだろう。

万引き行為の詳細をメモで記録することは困難なので、
小型のクリップ式ビデオを使うのもよい。

※bとcについての詳細は →棚取り現認(着手現認)はなぜ必要か(保安のイロハ)


(2)棚取り現認の「要件」-「棚から手に取った」とは?


a.棚取り現認が認められる四つの要件


「商品を棚から手に取る」とはどんなことだろう?

犯人が、
・①.何も持っていない手を伸ばし、
・②.棚に掛かっている・置いてある商品に触れ、
・③.これを掴んだこと
である。


しかし、これだけでは「犯人が棚取りした商品」が店のものでない場合がある。


たとえば、

・挙動不審な男が男性化粧品コーナーにいる。
・男は「何も持っていない手」を伸ばし、二段目の棚から赤いシャンプーに手を触れ、これを掴んだ。
・しかし、シャンプーは食品売場で売られていて化粧品売場には置かれていない。
  または、二段目にシャンプーは置かれていない。
  または、この店の男性化粧品コーナーでは赤いシャンプーは売られていない。

「?…。何かおかしいゾ。」


この男性には次のような事情があった。

・男性がいつも使っているのは赤いシャンプーだ。
・最近、同じメーカーから黒いシャンプーが発売された。
・そこで、成分・効能の違いを確かめようと、使用中の赤いシャンプーを持って男性化粧品コーナーに来た。
・そして、男性は持ってきた赤いシャンプーを棚に置き、黒いシャンプーを探していた。
・それを見た係員が『シャンプーは食品売場に置いてあります。』と言った。
・男性は『そうなのか。ここにないはずだ。ありがとう。』と食品売場のシャンプーコーナーに行った。
・男性は食品売場で 「赤いシャンプーを男性化粧品コーナーに置き忘れたこと」に気がついた。
・そこで男性は男性化粧品コーナーに戻って、棚に置き忘れた赤いシャンプーを手に取った。

このように「棚取りした商品」が「その棚に置かれていない商品」である場合は、「店の商品でない」ことがある。


そこで、「商品を棚から手に取る」ことの内容として、上記①,②,③の他に次のものが加わる。

・④.どんな商品列の何段目の棚から、どんな色の、何という商品を、手に取ったか。


これには 私服保安が店の商品配列を知っていることが必要になる。
それを知っていなければ、「何かおかしいぞ?」と思わないからである。

私服保安は売場係員と同じくらい「どこに、どんな色の、どんな商品が置かれているか」を知っていなければならないのである。


私服保安は ①,②,③,④ のすべてを見て、初めて「犯人の手に持っている商品は店の商品である。」と判断することになる。


b.棚取り現認は「なくてはならないもの」


なぜ、棚取り現認をこれほど厳しくするのだろうか?


まず、「棚取り現認がすべての始まり」だからである。

「棚取り現認」が間違っていれば、後の「検挙条件」がどれだけ確実でも無意味となるからである。
誤認原因のトップは「棚取り現認が不確実だった」ことなのだ。


次に、棚取り現認がなければ「それが店の商品であること、それを犯人が盗ったこと」が証明できないからである。
犯人が実際に盗っていても犯人が否認すれば「盗ってはいない」と判断される。
犯人が無罪となれば、それは誤認逮捕となる。

その前に、棚取り現認が不確実なら警察が事件としない。
警察が事件として取り上げなければ、それは誤認逮捕となる。

棚取り現認は「なくてはならない検挙条件」である。
他の検挙条件(入れる現認,中断のないこと,単品禁止)は周囲の状況から少し緩めることがある。
しかし、棚取り現認は絶対に緩めてはならない。

私服保安は「棚取り現認の必要性」をもっともっと自覚しなければならない。


つづく





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