SPnet私服保安入門


       
(3)「初心者の棚取り現認」は当てにはならない-初心者の「見た」は「見ていない」

 




人間の判断には「その者の思い込み」が入ってしまう。

「目の前に起こっている事態をそのまま判断する」ことは難しいものである。

それを思い知らされたことがあった。


私服保安を教育する者はこの事例を是非参考にしてもらいたい。

「現場経験の少ない新人私服保安」の「見た」は、「経験を積んだ私服保安」の「見た」ではない。

新人私服保安を一人前に育てるためにも、誤認・人権侵害をおこさないためにも、指導者はこのこと留意してもらいたい。


事例5.キャベツ誤認事件。あんな大きなものでも見間違う


三カ月の研修を終わった初心者私服保安には「声かけ前に指導者の許可を得なければならない」という検挙制限がある。
こちら


その日ある店に初心者の私服保安が勤務していた。

研修後の検挙実績は他店での三件だけ。どれも少額の万引きだ。

彼がその店に入るようになってからもう二カ月。
その店での検挙はまだない。

私は「そろそろ検挙させなければ、店から文句が出るな…。」と思っていた。


私は別の店で研修生を教えていた。


19時30分。ケイタイにその私服保安から連絡が入る。


初『いま食品に“キャベツおばさん”が入ってきました!』


キャベツはラップをかけないで、そのまま棚に積み上げられている。
その棚の下には大きな段ボール箱が置いてある。
この箱に、キャベツを買う客が「痛んだ葉」を捨てていく。
この「捨てられたキャベツの葉」を持っていく客がいる。

どこの店にも一人や二人はいる。

半透明の大きなポリ袋を腕に掛け、毎日やって来る。
そのポリ袋に、捨てられたキャベツの葉を詰めていくのだ。

「なぜそんなことをするのか」判らない。
なぜか年配の女性である。

我々は彼女たちを“キャベツおばさん”と呼んでいる。


私服保安は「普通の客と違った行動をする者」を全てマークする。

当然、キャベツおばさんもマークすることになる。

私もその店に入っていたから、そのおばさんを知っている。


私『あのキャベツおばさんか…。注意して見ていろ。何かあったら連絡しろ。』


暫くして彼から連絡が入る。

初『いま!いま!キャベツおばさんがキャベツを1個、袋に入れました!』

私『棚から手に取るところを見たか?』

初『見ました!見ました!何も持っていない手を伸ばし、キャベツを手に取り、腕に掛けた袋に入れました!』


私『君はどの位置にいる。どこからそれを見たンだ。』

初『手作りパンの所からです!』

「手作りパン」とキャベツの棚は7mくらいしか離れていない。


初『店外したら捕まえてもいいですか!』

私『そのキャベツは見えているか?』

初『いつも持っている「半透明の大きな袋」です!見えています!』


私は「検挙許可を与えるかどうか」躊躇した。

それは「単品」だからである。


単品とは商品が1個のこと。

後で説明するが、1点の現認で検挙することは禁止されている。
「見間違いを防ぐ」ためである。
単品禁止が求められる理由

初心者私服保安の現認したのはキャベツ1個である。

原則通りなら検挙してはいけないのである。


しかし「7mの距離」から「大きなキャベツ」を棚取り現認している。
まさか見間違いはないだろう。

私は「単品禁止を外すかどうか」を迷っていたのである。


初『おばさんが!出口に向かっています!捕まえてもいいですか!』


私『キャベツは見えているか!』

初『見えています!あっ!出口の前でこちらを見ています!』


私はまだ迷っていた。

しかし、検挙許可を出してしまった。


私『ヨォ~シッ!出たら捕まえろ!』


2~3分が経った。

初心者私服保安から『検挙しました。』との連絡がない。

私は彼ににケイタイをかけた。


私『どうなった!捕まえたか!』

受話器の向こうで言い争う声が聞こえる。


初『キャベツは半分です!』

私『何を言っている!キャベツを持っていたのだろう!早く引っ張っていけ!』

「初心者は、ここ一番で戸惑うからなぁ。度胸がないからなぁ…。
  しかし、彼もやっとあの店で検挙できたか。とにかく嬉しいことだ。」

この嬉しさは5分後の連絡で吹き飛んでしまった。


初『すいません…。…。誤認です…。』


続いて、総務課長がケイタイに出た。

課『山河さん!はっきりと誤認だよ!すぐに来てくれ!』
※「山河 遼」は私のペンネームです。

私は後の勤務を研修生に任せ、その店に向かった。


店に到着。

応接室でその私服保安がうなだれていた。

テーブルには「キャベツの葉を丸めたもの」が置いてあった。


総務課長が私につぶやく。

課『山河さん…。これはどう見てもキャベツじゃないよ…。』

私はそれを手に取って確認した。
たしかにそれは「傷んだキャベツの葉」を丸めたものだった。


なぜこんな誤認が起こったのだろう。

私は後で彼に何度も現認の状況を実演させた。

・彼はたしかに7m離れた手作りパンから「キャベツの棚取り」を見ている。
・しかし、おばさんの持っていたものは「痛んだ葉を丸めたもの」だ。
・彼は「オバサンが段ボール箱に捨てられたキャベツの葉を丸めるところ」を見ているはずである。
・しかし、彼はそれを見ていない。


私はいろいろ考えて、次のような結論に達した。

・おばさんは「段ボール箱に捨てられたキャベツの葉を丸める」という動作をしている。
・初心者私服保安の目にはその動作が映っていた。
・しかし、彼の「このおばさんは怪しい」との思い込みと「この店で検挙をしたい」という欲求が、目に映ったことを頭脳に伝えさせなかった。
・彼は「見ていたが、見えていなかった」のである。


こんなことが「私服保安としての現場研修を済ませた者」にも起こるのである。

もちろん、この誤認事件の全責任は私にある。
私が「単品禁止」の検挙条件を守らせれば防げたことである。

「大きなキャベツ,7mからの現認,入れたキャベツが見えている」から棚取り現認に間違いはない。
「自分なら絶対に間違わない」という基準を彼に当てはめたのである。


初心者の現認は不確かである。
見ていても見えていない。
それは交通事故が不意にやって来るのと同じである。
相手を見ていなかったのである。見ていても見えていなかったのである。


※備考


この誤認事件はキャベツおばさんが問題にしなかったので店には迷惑がかからなかった。

彼女には「店にある捨てられたキャベツの葉っぱを勝手に持っていく」ことへの後ろめたさがあったのだろう。

当の私服保安はその店から外されただけで済んだ。
彼にはそれなりの運があったと言える。

私も「そんな運」に助けられてきた私服保安である。


なお、経験を積んだ私服保安はこのような場合に次のような安全策を取る。


キャベツおばさんが店外する。

・保『すいません。今、売場のキャベツの葉っぱを持っていかれましたよネェ。』

・お『…。』

・保『その大きなポリ袋に入っている、キャベツの葉っぱのことですよ。』

・お『これはキャベツの棚の下に置いてある段ボール箱に捨ててあった葉っぱですよ。
      小鳥に食べさせるのだけど…持って行ってはいけないの?』

・保『あの捨てられた葉っぱは店がゴミとして処分するのです。
      もし、その葉っぱが痛んでいてその小鳥の具合が悪くなったら店の責任になりますからネ。
      最近、店からその点を徹底するように言われているンです。
      その葉っぱは私が持ち帰ってあの段ボール箱に戻しておきますから返してください。』

私服保安がおばさんから大きなポリ袋を受け取る。

・保『ありがとうございます。中身をこの店内カゴに移させてもらいます。あれっ? キャベツが丸ごと1個はいっていますよ?』


もちろん、これは「不確実な棚取り現認」を補うためのものではない。
「確実な棚取り現認」をした上での安全策である。

経験を積めばこのような安全策を取る余裕ができる。
知る人ぞ知る私服保安の“カマかけ”


つづく

 





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