SPnet私服保安入門
(4)“そのまま販売物”は対象外-ゴボウやミカンは「店の商品だ」と証明しにくい。
棚取り現認があれば「それが店の商品であること」を証明できる。
しかし、それが完全に証明できない商品がある。
それが、“そのまま販売物”である。
a.そのまま販売物
“そのまま販売物”とは「ラップやパッケージや値札のない商品」のことである。
食品売場で山盛りにされている「じゃがいも3個で99円・リンゴ1個99円・サンマ1匹99円・キャベツ1玉198円」などである。
惣菜コーナーで、トレーに盛ってあるフライや天ぷらもそうである。
客は自分の欲しい数を備え付けの袋やパックに入れたり、そのままカゴに入れたりしてレジに持っていく。
レジにはその日の単価が登録されており、レジ係がその数を確認してレジを打つ。
また、薬売場の冷蔵ケースに一本一本並べられている「ビン入りのドリンク剤」もそうである。
b.そのまま販売物による誤認例
そのまま販売物は、客がこれらの商品を「備え付けのパッケージや袋」に入れる場合は問題ない。
そのままカゴに入れたり、手に持ったりする場合が問題なのである。
私は“キャベツ誤認事件”以後、「そのまま販売物」で検挙することを禁じた。
理由は、棚取り現認があっても「それらが店の商品であること」を立証するのが難しいからである。
たとえば、
・食品売場でおばさんが「ジャガイモ3個」をポケットに入れた。
・さらに「ミカン2個」をポケットに入れた。
・私服保安はこれを“棚取り現認”した。
・オバサンが店外。私服保安が声かけした。
・おばさんは『このジャガイモとミカンは、家から持ってきた。』と言い訳した。
・私服保安は、自信タップリで警察へ連絡。
・警察官がやって来た。
おばさんは警察官にも『家から持ってきたものだ。』と主張する。
私服保安は『これは店の商品だ。おばさんが手に取るところを見た。』と主張する。
おばさんと私服保安の主張は「5対5」。
刑事裁判の鉄則に「疑わしきは被告人の利益に依る」というものがある。
※「疑わしきは被告人の利益による」という不文律(選任のための法律知識)
5対5では、おばさんの主張が通ってしまうのだ。
おばさんに勝つためには、「ジャガイモとミカンが店のものであること」を証明しなければならない。
商品にラップがかかっていたり、値札シールが貼られていたりすればその証明ができる。
それらが棚取り現認の証明力を強めて、おばさんの主張を覆すことができる。
しかし、そのまま販売物にはそんなものは付いていない。
おばさんの盗ったものが「冷蔵ケースに置いてあったドリンク剤」なら、おばさんはもっと有利になる。
同じドリンク剤があちらこちらの自販機で売られているからである。
では、おばさんが「盗ったこと」を自供した場合はどうだろう?
裁判になれば、おばさんは自供を覆くつがえすに決まっている。
自供を覆せば「5対5」に逆戻り。
警察官はややこしい事案は事件にしたがらない。
そこで、おばさんの盗ったジャガイモとミカンは「おばさんのもの」となる。
店の損失はジャガイモ三個とミカン二個だけではない。
翌日、おばさんが『万引き扱いされた。』と店に文句をつける。
結局、「誤認逮捕」となってしまうのだ。
これは他警備会社の実例である。(※実際にはゴボウ)
c.そのまま販売物の棚取り現認は証明力は弱い
「万引き犯が店の商品を盗った」ことの動かぬ証拠は、犯人が持っていた商品である。
しかし、犯人が持っていた商品が「店の商品である」と証明できなければならない。
それを証明するのが棚取り現認である。
しかし、“そのまま販売物”ではその証明力が弱いのである。。
その「証明力の弱さ」を説明しよう。
スーパーマーケットの商品を観察してほしい。
衣料・靴・鞄などには店の値札が付いている。
パック入りの食品には値札シールが貼ってある。
これらの商品は「値札や値札シール」が付いているので、「店の商品である」ことが分かる。
私服保安の棚取り現認があれば、犯人の持っていた商品が店の商品であることを証明できる。
他の商品はどうだろう?
「その店の商品である」ことを示すものが付いているだろうか?
化粧品・薬品・家電・玩具・菓子・パン・飲料・酒・書籍など。
メーカーでパッケージされた商品である。
パッケージにはバーコードが印刷されている。
しかし、これはメーカーが印刷したもので、その店のバーコードではない。
同じ商品であれば、「他店のもの」でも同じバーコードが印刷されている。
犯人がこれらの商品を盗った場合、盗ったことを自白しなければ、「それが店のものであること」をどのように証明するのだろうか。
私服保安の「犯人が・いつ・どの売場で・その商品を・盗るところを見た」という棚取り現認証言がある。
これだけでは弱い。
完全に「5対5」を超えることはできない。
しかし、その売場にはその商品が並べられている。
また、販売記録を調べれば「その時間にはその商品が売れていない」ことが判る。
これらで私服保安の棚取り証言を補強できる。
そして、「5対5」の均衡を完全に超えることができる。
このことは“そのまま販売物”についても同じである。
私服保安の棚取り現認証言は「その売場にはその商品が並べられていること」と「販売記録」で補強される。
しかし、それらで補強してもその証明力がまだ弱いのである。
「証明する」とは「裁判で裁判官を納得させる」ことである。
犯人のポケットに入っていたものが、「ミカン三個」と「まっさらのパッケージに入った口紅三個」では裁判官を納得させる力が違うのである。
“そのまま販売物”は他の商品と違って棚取り現認の他により強い補強証拠が必要になるのである。
d.実際には、ほとんどの犯人が「盗ったこと」を認めるので問題はないが…。
万引きは窃盗罪であるが、住居侵入窃盗のような本格的な犯罪ではない。
また、窃盗罪自体も殺人罪・強盗罪のような極悪犯罪ではない。
万引き犯のほとんどは送検されたり起訴されたりはしない。
起訴されたとしても罰金刑くらいである。
しかし、それには「犯人がすなおに認めたこと・反省していること」が必要である。
この点を犯人に説明すれば、簡単に「盗ったこと」を認めてしまう。
犯人にとって、「否認する」より「認めた」方が得だからである。
“そのまま販売物”で万引き犯を捕まえても、実際は犯人が自白するので問題は起こらない。
しかし、私服保安は「そのまま販売物は証明力が弱い」ことを知っておかなければならない。
裁判になったら「犯人が無罪となる」ことを覚悟しておかなければならない。
e.“そのまま販売物”をたくさん盗った場合なら…。
「犯人の持っていた商品がその店のものである」ということは、
犯人の盗った点数が多くなればなるほど、種類が多くなればなるほど証明しやすくなる。
“そのまま販売物”でも、それが多数点だったり多種類だったりした場合は裁判官を納得させられるだろう。
それでは、「多数点・多種類」という条件を付ければ“そのまま販売物”での検挙を認めてもよいのではないのか?
しかし、これを認めてしまうと「少数点・小種類」の“そのまま販売物”での検挙に流れてしまう。
また、“そのまま販売物”の単価は低いので被害額は少ない。
危険を冒してまで検挙する必要はない。
彼らを要注意人物としてマークし、彼らが値札の付いた商品やパッケージに入った商品を盗ったときに検挙すればよい。
「そのまま販売物での検挙」は禁止するべきである。
(5)「手に握り込める商品・低額商品」も対象外-小さな商品・安い商品では捕まえない
万引きを検挙することには「誤認という大きなリスク」を伴う。
私服保安はプロであるが、人間だから見間違い・思い違いをすることがある。
それは、どれだけ“腕利き”でも同じである。
「手の平に握り込んでしまえるような小さな商品」についてはこの危険性が高くなる。
口紅・アイシャドー・アクセサリーなどである。
また、「低額な商品」は盗られても大した損害とはならない。
「小さな損害」を防ぐために、「大きなリスクを伴う検挙」をさせることは得策ではない。
私服保安は「1000円以内の万引き」は捕まえない。
「3000円以内の万引き」を捕まえたら、何か言い訳をしなければならないくらいだ。
これらの理由から、「手に握り込めるような小さな商品」や「低額な商品」での検挙を禁止している店がある。
もっとも、「手に握り込める商品」については例外的に検挙できるのが一般である。
例外的な場合とは、次のすべてを満たす場合である。
・①.それが高額なものである。
・②.何点も盗っている。
・③.私服保安がベテランで誤認の危険が少ない。
・④.犯人が“常習”や“何度も見送っている要注意人物”である。
『中学生の男の子が、消しゴム3個をポケットに入れていったので捕まえました!』
私服保安はこんなことを絶対に他に漏らしてはいけない。
(6)棚取り現認のまとめ
長くなったので、もう一度「棚取り現認」の要件をおさらいしておこう。
「棚取り現認があった」とは、次の①~⑥を満たす場合である。
犯人が、
・①.何も持っていない手を伸ばし、
・②.棚に掛かっている・置いてある商品に触れ、
・③.手に取った。
・それらを見たこと。
・④.その商品は、「どんな商品列の・何段目の棚の・どんな色の・何という商品か」を見たこと。
・⑤.「そのまま販売物」ではないこと。
・⑥.「手に握り込める小さなもの・低額なもの」ではないこと。
このうちのどこまでを要求するかは、警備会社や店の方針によって異なる。
しかし、最低限でも①~③は必要だろう。
私は「①~⑤は厳守、⑥は原則禁止」としていた。
つづく