SPnet私服保安入門


3.検挙条件②「入れるところを見た」こと(入れる現認)-「犯人が盗ったところ」を見なければ捕まえない。

 




(1)“入れる現認”が必要とされる理由


万引き犯が商品を手に取る。

次にするのは「その商品をバッグやポケットに入れる」ことである。

商品をバッグやポケットに入れない場合もある。

食品売場で商品をカートに載せて出ていったり、家電売場で箱入りの炊飯ジャー・掃除機などをカートに載せて出ていったりする“カゴ抜け”、
靴・衣料を履いていく“履き込み”もある。

これらの場合は「棚取り現認した商品」がその後も見えているから、「犯人がその商品を持っていること」がはっきりと分かる。

しかし、商品をバッグやポケットに入れた場合は商品が見えなくなってしまう。

「入れた後」では「犯人がその商品を持っていること」を確認できない。

だから、「犯人が商品をバッグやポケットに入れたこと」を「確実に」見なければならない。

これが“入れる現認”である。


なお、“棚取り現認”と“入れる現認”を合わせて“現認”と言うことがある。

この場合「現認あり」と言えば、「犯人が商品を棚から手に取ること」と「それをカートに載せたり、バッグに入れたりすること」の両方を見たことになる。

※「棚取り現認」を“着手”、「入れる現認」を“現認”と区別する場合もある。


(2)「入れるところを見た」とは-「入れたに違いない・入れたとしか考えられない」ではダメ


・男が時計コーナーで、棚から腕時計を手に取った。
・男が一回転した。
・男がこちらを向いたときには、その腕時計を持っていなかった。
・男の近くに腕時計は落ちていない。
・男は棚から離れていたので「腕時計を戻した」とは考えられない。
・男の近くに誰もいなかったので誰かに渡したとも考えられない。

男は持っていた腕時計を「どこかに入れた」に違いない。そうとしか考えられない。

これでは「入れるところを見た」とは言えない。

「入れたに違いない」・「入れたとしか考えられない」というだけである。


「違いない」とか「そうとしか考えられない」というのは人間がする「判断」である。

その判断は「思い込み・焦り・・興奮」に影響されやすい。

その判断が「現実に起こったこと」と異なる場合がある。


上の例で、
「そのあと、すぐに私服保安が男に近付いたら男のポケットの中が見えた。ポケットには「棚取り現認した腕時計」が入っていた。」という場合はどうだろうか?

これもダメである。

男のポケットに入っていた腕時計は「別の店で買ってきた同型の腕時計」かもしれないからだ。


「入れる瞬間」を実際に見ない以上、「入れていない」可能性がある。

「入れていない可能性」があれば「棚取りした商品を持っていない」可能性がある。
商品を持っていなければ誤認である。


上の例で言えば、

「男が手に持った腕時計をポケットにいれるところ」を見なければならない。

厳密に言えば「腕時計がポケットに入るところ」を見なければならない。

男の後からではそれを見ることはできない。


新人が私に連絡してくる。

新『いま、男が棚取りした腕時計を入れました。前からしっかり見ました!』

私『どこに入れた?』

新『…。…。しかし、確かに入れました。』


こんな程度ではダメである。

「上着のポケットに入れたのか、ズボンのポケットに入れたのか、懐に入れたのか」を答えられないのでは、
前から見ていても「確実に入れるところを見ていた」とは言えないからである。


(3)「入れるところを見る」のは難しい-近づくしかない


棚取り現認は要件さえ外さなければ失敗することはない。

初心者とベテランに差はない。

しかし、「入れるところを見る」のは経験がものをいう。


入れる瞬間を見るためには、前から見るのが一番よい。

しかし、前からでも3m以上離れたら、「確実に見る」ことは難しい。

「犯人が商品棚を前にして入れる」場合は前から見ることはできない。

小さい商品の場合は、手の届くくらいに近付かなければ確実に見ることはできない。

化粧品売場で女性私服保安は犯人の隣に立って「入れるところ」を見ようとする。


近付きすぎると犯人に気づかれてしまう。
近づかなければはっきりと見えない。

私服保安は、犯人の近くに身を隠し犯人の手許を見ている。


「入れる」のは「一瞬」である。

まばたきも許されない。


「入れるところを確実に見ること」は簡単に修得できるものではない。

何度も失敗して反省し、いろいろ工夫して身につけていくものである。

この道何十年のベテランは「犯人の手の平が透けて見える」という。


・犯人の近くの物陰から、犯人の手許を見続ける。
・気配を消し、息を止め、目を見開いてその「一瞬」をじっと待つ。
・動悸が高鳴り、アドレナリンが全身を駆けめぐる。
・犯人は回りを気にしながら躊躇している。
・私服保安は心の中で叫ぶ。「入れろ、入れろ。」
・「入れた!」

私服保安は、この瞬間を味わいたくて仕事をやっているのかもしれない。


(4)万引き犯は「入れるところ」を見せない


a.万引き犯人の工夫


「入れること」は万引き犯にとって 一番の大仕事である。

それは「盗る行為」そのものだからだ。

彼らは慎重である。そう簡単に「入れるところ」を見せてはくれない。


・仲間が実行者を取り囲む。その前に立つ。(壁を作る)
・カートに「トイレットペーパー6個入り」や「油はね防止のアルミマット」を立て、これを“壁”にして商品をバッグに詰める。
  カートの前を「事情をしらない子ども」に歩かせて、子どもを“壁”にする母親もいる。

このくらいならまだ現認することができる。
しかし、次のようになると現認できなくなる。


・商品棚に両手を突っ込み、商品を袖の中に入れる。
・商品を下にして携帯電話と一緒に握る。その手をポケットに入れる。
  ポケットの中で商品だけを離し、携帯電話を握った手をポケットから出す。
  携帯電話の代わりに長財布やタオルを使うこともある。
・店内カゴに入れた商品をカゴの中で握り込む。握ったままの手をポケットに入れる。
  ポケットの中で手を開き商品を放す。
  手を握ったままポケットから出し、店内カゴの中に入れる。
  カゴの中で手を開いてカゴから手を出す。
  おにぎり程度の大きさの商品でも、手の甲を外側に向け手の平側を自分の体に沿わせてやれば、これができる。
  (文章で説明すると分かりにくいので、実際にやってみてほしい。)


こんな場合は「真上から見る」しかない。

防犯カメラを使って真上から見るのである。

店内には「360度回転・高倍率・デジタルズームカメラ」がところどころに設置されている。

このカメラなら、犯人が商品を握り込んでも、指の間から「商品名」を見ることができる。

現場にもう一人の私服保安を配置して検挙する。


b.試着室に入られたらお手上げ


お手上げになるのは「試着室で入れる」場合である。

「カメラの目」はここまでは届かない。


犯人が試着室で入れる場合は「差し引き計算」で「入れたこと・盗ったこと」を判断する。


・犯人がセーターを3枚持って試着室に入る。
・試着室から出てきたときにはセーターを2枚しか持っていない。
・試着室には何も残っていない。
セーター1枚は犯人が持っていることになる。


衣料はハンガーに掛かっている。

ほとんどの客はハンガーのまま試着室に持って入る。

このハンガーの数で「何枚持って入ったか・何枚持って出てきたか」が判る。


しかし、これは4枚が限度である。

ハンガー付きの衣料が5枚以上になると何枚なのか判らない。

また、4枚まででも衣料の裾をハンガーの回りに「ぐるり」と回せば、ハンガーの数が判らない。

1本のハンガーに2枚の衣料を掛ければ試着室に持ち込んだ数をごまかせる。

衣料をハンガーから外して抱えて試着室に入れば「何枚持ち込んだのか・何枚持って出たのか」はさっぱり判らない。


手がこんでくると、商品の衣料の中に小さい商品を隠して試着室に持ち込む。

たとえば、
・商品のセーターを手に取り、それを財布コーナーの財布の上に置く。
・そのセーターで財布を掴む。
・そのままセーターを持って試着室に入る。
・試着室でセーターの下からその財布を取り出し、それをポケットに入れる。
・試着室からセーターを持って出て、セーターを元に戻す。

「財布の棚取り現認」はできないし、「財布をポケットに入れるところ」も見ることができない。


もっと「ややこしい手」を使う者もいる(実例)。

・アクセサリーコーナーの巾着(きんちゃく)に、アクセサリーを詰める。
・商品のセーターを手に取り、巾着と一緒に試着室に持ち込む。
・巾着の中から「好みのアクセサリー」を取り出し、ポケットに入れる。
・セーターと巾着を持って試着室を出て、セーターを元へ戻す。
・巾着の中から「残ったアクセサリー」を出して棚に戻し、巾着も元に戻す。

「何がどうなっている」のかまったく分からない。

私服保安は完全にお手上げとなる。


c.試着室万引きに対する店の対策


「試着室万引き」に対する店の対策はお粗末である。

「試着室への持込は2点以内でお願いします。」とか
「試着室へのバッグ等の持込はご遠慮ください。」という“注意書き”を掲示するだけである。

万引き犯がそんな注意書きに従うわけがない。

売場の係員は仕事が忙しくて、客が試着室に持ち込む数など気にしていない。

また、係員が試着室に多くの衣料を持ち込む客を見つけ、『2点以内でお願いします。』と注意しようものなら、
その日のうちに「接客態度の悪い係員」として投書されてしまう。


試着室のカーテンを短くすると、すぐに客から文句が出る。


また、試着室はあちらこちらにたくさんある。

最近の店舗では、試着室を3~4室まとめて壁で取り囲み、一つのコーナーとしている。
こんなことをしたら、試着室はますます「万引きの温床」となってしまう。


店が、本当に試着室万引きを防ごうとするのなら次のようにするしかない。
・試着室一つに専用の試着室係をおく。
・試着しようとする客はその試着室係に試着したい商品を渡す。
・客は試着室に入り、その商品を一つ渡して試着し、それを外にいる試着室係に返す。
・試着室係が次の商品を渡す。


d.思い切って“見込み”で捕まえるわけにはいかない


『そんな試着室万引きは「盗っているに違いない」から、思い切って捕まえたらいいだろう?』と思うだろう。

個人店の係員には「私服保安のもどかしさ」に憤る者もいる。

『試着室にアクセサリーを持ち込んで盗っていくあの女、絶対に盗っているに違いない。
  あの女が来たあとには、必ずアクセサリーが何点かなくなっている。
  あんたら「私服保安だとかプロだとか」言われているけれど、度胸がないナッ!
  もう頼まない。俺が声かけする!』

しかし、その女が「アクセサリーを下着の中に入れていた」としたらどうなるだろうか。

声かけしても、女は顔色一つ変えないだろう。

そして、女は自分のポケットを裏返して見せ、『何も盗っていませんよ…。』と言う。

そんな相手に、こう言えるだろうか?

『それなら、ハダカになってみろ!』


“イカサマ”は見破って、初めて“イカサマ”となる。

『おう!おにいさん!そのツボの中を見せてくれヤッ!』

『お客人…。これを開けたら大変なことになりますよ…。覚悟はできているンでしょうネ?』

『ワシも渡世人の“はしくれ”じャ!ワシの目が節穴やったら、この命くれてやるワイッ!』

『…、ようござんす…。』

しかし、ツボの中の“さいころ”に細工はない。


『…。』


そのとき、かんざしが飛んできて、“ツボ振り”の左手に突き刺さる。

そして、その手から“さいころ”が二つ転がり落ちた。

任侠映画ならこれで簡単に解決するのだが…。


手の込んだ手口を使う常習も“ボロ”を出すときがくる。

こちらを甘く見て、手口が荒くなってくる。

そして、“イカサマ”を見破れるときが来る。

私服保安はそれをじっと待つしかない。


e.警察官は捕まえることができる


「そうか!試着室で小物をポケットに入れてしまえば捕まらないのか!」

そうではない、私服保安が捕まえなくても、警察官が捕まえる。

彼らには職務質問権限がある。
犯罪行為が疑われるときは、呼び止めて質問することができる。
その結果、犯罪行為がなく警察官の思い違いだったとしても警察官は何の責めも負わない。

試着室万引きに手を焼いた私服保安や店は警察に相談する。

刑事が張り込み、試着室から出てきた万引きを職務質問する。
否認すれば任意取り調べ、さらに否認すれば令状逮捕。身体検査令状を取って身体検査。
余罪を追及され、罰金では済まず刑務所送りとなる。

「犯罪で蔵が建つ」ことはない。

私服保安には職務質問権や操作権がない。
さらに、店の看板を背負っているので無理はしない。
万引きを捕まえるのは私服保安だけではないことをしっかりと覚えておいてほしい。


つづく

 





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