SPnet私服保安入門


      
(5)“自分の目”で見ていない以上、動くな

 




「棚取り現認」も「入れる現認」も、全て私服保安自身の目で見なければならない。

「売場係員が見た」というのは「見た」ことではない。

彼らは“プロの目”を持ってはいない。


“プロの目”を持っている者が「見た」と言っても動いてはならない。

その者が見誤っていれば、その責任は自分自身で負わなければならないからだ。


それが次の二つの事例である。


事例6.『Tシャツの下に、プラモデルを入れていった!』と売場マネージャー


夏のことである。

2Fにいた私に、玩具売場のマネージャー(mgr)から連絡が入る。

mgr『山河さん。いま、どこにいます?』

私『2Fの子供服売場にいますよ。』

mgr『男が箱入りの軍艦プラモデルをTシャツの下に入れました!いま男を追っています。
     男はそちらへ向かっています。』


玩具売場は私のいる子供服売場の奥にある。

子供服売場の先は専門店街出入口だ。

私は、子供服売場から出た。


玩具売場の方から、40歳位の男が小走りに向かってきた。

その後から、売場mgrが男を指さして追いかけてくる。


男は黄色いTシャツにハーフパンツ。

腹の辺りを両手で押さえている。

男のTシャツの上から「20㎝×30㎝くらいの四角い箱」の輪郭が見える。

男はそれが落ちないようにしているのだ。


私は男の犯行を見ていないので捕まえるわけにはいかない。

しかし、追ってきた売場mgrの手前もあるので、このまま男を見逃すことはできない。


私は専門店街出入口に立って“腕組み”をした。

そして、向かってくる男に「分かっているぞ!ここを出たら、捕まえるぞ!」とサインを送った。

男は私に気付き、専門店出入口前で方向を変えた。

私は一安心した。

「これで男は、Tシャツの下に入れているプラモデルを売場に戻していくな…。」


そのとき男がTシャツの下から「四角いもの」を出した。

それは「古びた茶色のセカンドバッグ」だったのだ。


男はプラモデルコーナーでプラモデルを見ていたのであろう。

そして、なぜか持っていた自分のセカンドバッグをTシャツの下に入れた。

売場mgrはこれを見て、「男がプラモデルの箱をTシャツの下に入れた。」と勘違いしたのである。


常識で判断すれば、「自分のセカンドバッグをTシャツの下に入れて、両手で抱えていく者」はいないであろう。

その常識が売場mgrに「男がプラモデルの箱をTシャツの下に入れた」と見誤らせたのであろう。


売場係員は「万引き行為を見ること」に関しては素人である。

そんな目撃をそのまま信じていたら、大変なことになってしまう。

       
事例7:非番警察官の目の前で、男は商品を袋に入れた


職業柄、警察官とは顔なじみになる。

その警察官は正義感の強い人だった。

近くに住んでいるのか、私の勤務店によく買い物に来てくれた。

彼が万引きを追いかけて、商品を取り戻してくれたこともあった。

私に『あの男が、今盗った。』と通報してくれ、そのあと私が現認して万引きを捕まえたこともあった。

女性客のスカートの中をビデオカメラで撮影している男を、捕まえてきてくれたこともあった。


私に警備室から連絡が入る。

『いま「お客さんが万引き犯を追っている」そうです。
  そのお客さんが化粧品売場の係員に伝え、売場から警備室に連絡が入りました。』


私は化粧品売場へ向かった。

係員が専門店街の方を見ている。

私『どうしたの?「お客さんが万引きを追っている」と連絡が入ったけど。』

係『そのお客さんは専門店街の方へ行きました。』


どこのショッピングセンターでも中央広場がある。

催物をやったりミニコンサートをやったりする。

その日はピアノとフルートが演奏されていた。


物陰から一人の男性が私を手招きする。

男性は“あの警察官”だった。休みなのか私服である。


私『ああ…。あなただったのですか。何かあったンですか?』

警『あそこにメガネをかけた30歳前の男がいるだろう。』

私『2列目に座っている男ですか…。ふくらんだレジ袋を持っていますよねぇ?』

警『そうだその男だ。あの袋の中に男性用の下着が3パック入っているンだ。』

私『うちの商品なンですね?』

警『もちろん!俺の目の前で入れたからナ。』


現認したのが「何度も万引きを捕まえてきてくれた警察官」でも、「私が見ていない」以上捕まえることはできない。


私『あなたの目は信用できますが、私が自分の目で見ていない以上動けませんよ。』

警『それもそうだな…。』

私『職務質問をしたらどうですか?』

警『今日は非番でバッヂを持っていない。そんなことはできないしなぁ…。』

私『それでは“単なる一般客”として、「ちょっと聞いてみたら」どうですか。
    男が「盗ったこと」を認めたら、あとは私がやりますから。』

警『それもそうだな。単なる通りすがりの“お節介オジサン”なら問題はないか…。』


彼は男に近付いていった。

男に何か話しかけている。そして、男の持っている袋を指さしている。

男が袋を渡す。

彼は袋の中を確かめる。

そして、男に何か言う。

男がポケットの中からレシートを取り出して、彼に渡す。

彼がレシートを見ている。

そして、男に何かを言う。

男は彼に頭を下げた。


私の方に彼がやって来た。


私『どうでした?認めました?』

警『たしかに、あの袋には“俺の見た下着”が3パック入っていた。
    しかし、レシートにその下着3点が打ってあるンだ。値段も合っていた。

    そのレシートなンだが、少しおかしいンだ。
    日付は今日だけれども、時刻が変なンだ。
    レジをした時刻は「男が俺の前で下着を袋に入れた時刻」の1時間前なンだ。

    男は下着を袋に入れたあとレジには行っていない。それは俺が見ている。
    そうなると「男は1時間前に買った下着を売場に戻して、また袋に入れた」ということなのかなぁ…。』


私『男は何と説明していました?』

警『「サイズが違ったので取り替えてもらった」と言っているンだが…。』


男の行為を推測すれば、次のようになるだろう。

・男は下着3パックをレジ清算した。
・1時間くらいして何気なく買った下着を見た。
  そして、それが「違うサイズ」であることに気がついた。
・普通ならレジに戻ってレシートを見せ、交換してもらう。
  しかし、男はこう考えた。
  「そんなこと面倒くさい。いま買ったばかりの商品と同じものなのだから、自分で交換していっても構わないだろう。」

・男は下着売場に戻って、袋から「買った下着3パック」を売場の棚に戻した。
  そして、同じ下着で自分のサイズのものを探していた。
・ここに非番の警察官がやって来た。
・男は「自分のサイズのもの」を見つけて、3パックを持っていたレジ袋に入れた。
・非番の警察官はこれを見たのである。


厳密に言えば、この男の行為は万引きになる。

・「男が棚に戻した下着3パック」は男の所有物、「男が袋にいれた下着3パック」は店の所有物。
・男が商品交換手続をしない以上、これは変わらない。
・男は「店の所有物である下着3パック」を支払わないで店外したことになる。
・「男が棚に戻した下着3パック」は男の忘れ物なのだ。

だから、男は声かけされても文句が言えない。


しかし、私服保安がこれをしたら問題となる。

店は「お客様第一」であり、私服保安は店の者だからである。


私服保安が行動する場合、その全責任は自分で取らなければならない。

それは「自分が見た場合」でも「他人の目撃を信じた場合」でも変わらない。
『この人の見たのがあやふやだったからです。』という言い訳は通らない。


私服保安が「自分の目で見て間違った」のなら、責任をとることに納得ができるだろう。
しかし、「他人の言葉を信じて間違った」のなら悔しい思いをするだろう。

私服保安はアマチュアやボランティアではない。
「自分の目で見ない以上は絶対に行動してはいけない。」のである。


なお、この事例は「単品」である。

「単品禁止」を守っていればこのような失敗は起こらない。
※下着3パックは3点であるが、一度の行為なので検挙条件では1点(単品)となる


つづく

 





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