SPnet私服保安入門
「棚取り現認」も「入れる現認」も、全て私服保安自身の目で見なければならない。
「売場係員が見た」というのは「見た」ことではない。
彼らは“プロの目”を持ってはいない。
“プロの目”を持っている者が「見た」と言っても動いてはならない。
その者が見誤っていれば、その責任は自分自身で負わなければならないからだ。
それが次の二つの事例である。
事例6.『Tシャツの下に、プラモデルを入れていった!』と売場マネージャー
夏のことである。
2Fにいた私に、玩具売場のマネージャー(mgr)から連絡が入る。
mgr『山河さん。いま、どこにいます?』
私『2Fの子供服売場にいますよ。』
mgr『男が箱入りの軍艦プラモデルをTシャツの下に入れました!いま男を追っています。
男はそちらへ向かっています。』
玩具売場は私のいる子供服売場の奥にある。
子供服売場の先は専門店街出入口だ。
私は、子供服売場から出た。
玩具売場の方から、40歳位の男が小走りに向かってきた。
その後から、売場mgrが男を指さして追いかけてくる。
男は黄色いTシャツにハーフパンツ。
腹の辺りを両手で押さえている。
男のTシャツの上から「20㎝×30㎝くらいの四角い箱」の輪郭が見える。
男はそれが落ちないようにしているのだ。
私は男の犯行を見ていないので捕まえるわけにはいかない。
しかし、追ってきた売場mgrの手前もあるので、このまま男を見逃すことはできない。
私は専門店街出入口に立って“腕組み”をした。
そして、向かってくる男に「分かっているぞ!ここを出たら、捕まえるぞ!」とサインを送った。
男は私に気付き、専門店出入口前で方向を変えた。
私は一安心した。
「これで男は、Tシャツの下に入れているプラモデルを売場に戻していくな…。」
そのとき男がTシャツの下から「四角いもの」を出した。
それは「古びた茶色のセカンドバッグ」だったのだ。
男はプラモデルコーナーでプラモデルを見ていたのであろう。
そして、なぜか持っていた自分のセカンドバッグをTシャツの下に入れた。
売場mgrはこれを見て、「男がプラモデルの箱をTシャツの下に入れた。」と勘違いしたのである。
常識で判断すれば、「自分のセカンドバッグをTシャツの下に入れて、両手で抱えていく者」はいないであろう。
その常識が売場mgrに「男がプラモデルの箱をTシャツの下に入れた」と見誤らせたのであろう。
売場係員は「万引き行為を見ること」に関しては素人である。
そんな目撃をそのまま信じていたら、大変なことになってしまう。
事例7:非番警察官の目の前で、男は商品を袋に入れた
職業柄、警察官とは顔なじみになる。
その警察官は正義感の強い人だった。
近くに住んでいるのか、私の勤務店によく買い物に来てくれた。
彼が万引きを追いかけて、商品を取り戻してくれたこともあった。
私に『あの男が、今盗った。』と通報してくれ、そのあと私が現認して万引きを捕まえたこともあった。
女性客のスカートの中をビデオカメラで撮影している男を、捕まえてきてくれたこともあった。
私に警備室から連絡が入る。
『いま「お客さんが万引き犯を追っている」そうです。
そのお客さんが化粧品売場の係員に伝え、売場から警備室に連絡が入りました。』
私は化粧品売場へ向かった。
係員が専門店街の方を見ている。
私『どうしたの?「お客さんが万引きを追っている」と連絡が入ったけど。』
係『そのお客さんは専門店街の方へ行きました。』
どこのショッピングセンターでも中央広場がある。
催物をやったりミニコンサートをやったりする。
その日はピアノとフルートが演奏されていた。
物陰から一人の男性が私を手招きする。
男性は“あの警察官”だった。休みなのか私服である。
私『ああ…。あなただったのですか。何かあったンですか?』
警『あそこにメガネをかけた30歳前の男がいるだろう。』
私『2列目に座っている男ですか…。ふくらんだレジ袋を持っていますよねぇ?』
警『そうだその男だ。あの袋の中に男性用の下着が3パック入っているンだ。』
私『うちの商品なンですね?』
警『もちろん!俺の目の前で入れたからナ。』
現認したのが「何度も万引きを捕まえてきてくれた警察官」でも、「私が見ていない」以上捕まえることはできない。
私『あなたの目は信用できますが、私が自分の目で見ていない以上動けませんよ。』
警『それもそうだな…。』
私『職務質問をしたらどうですか?』
警『今日は非番でバッヂを持っていない。そんなことはできないしなぁ…。』
私『それでは“単なる一般客”として、「ちょっと聞いてみたら」どうですか。
男が「盗ったこと」を認めたら、あとは私がやりますから。』
警『それもそうだな。単なる通りすがりの“お節介オジサン”なら問題はないか…。』
彼は男に近付いていった。
男に何か話しかけている。そして、男の持っている袋を指さしている。
男が袋を渡す。
彼は袋の中を確かめる。
そして、男に何か言う。
男がポケットの中からレシートを取り出して、彼に渡す。
彼がレシートを見ている。
そして、男に何かを言う。
男は彼に頭を下げた。
私の方に彼がやって来た。
私『どうでした?認めました?』
警『たしかに、あの袋には“俺の見た下着”が3パック入っていた。
しかし、レシートにその下着3点が打ってあるンだ。値段も合っていた。
そのレシートなンだが、少しおかしいンだ。
日付は今日だけれども、時刻が変なンだ。
レジをした時刻は「男が俺の前で下着を袋に入れた時刻」の1時間前なンだ。
男は下着を袋に入れたあとレジには行っていない。それは俺が見ている。
そうなると「男は1時間前に買った下着を売場に戻して、また袋に入れた」ということなのかなぁ…。』
私『男は何と説明していました?』
警『「サイズが違ったので取り替えてもらった」と言っているンだが…。』
男の行為を推測すれば、次のようになるだろう。
・男は下着3パックをレジ清算した。
・1時間くらいして何気なく買った下着を見た。
そして、それが「違うサイズ」であることに気がついた。
・普通ならレジに戻ってレシートを見せ、交換してもらう。
しかし、男はこう考えた。
「そんなこと面倒くさい。いま買ったばかりの商品と同じものなのだから、自分で交換していっても構わないだろう。」
・男は下着売場に戻って、袋から「買った下着3パック」を売場の棚に戻した。
そして、同じ下着で自分のサイズのものを探していた。
・ここに非番の警察官がやって来た。
・男は「自分のサイズのもの」を見つけて、3パックを持っていたレジ袋に入れた。
・非番の警察官はこれを見たのである。
厳密に言えば、この男の行為は万引きになる。
・「男が棚に戻した下着3パック」は男の所有物、「男が袋にいれた下着3パック」は店の所有物。
・男が商品交換手続をしない以上、これは変わらない。
・男は「店の所有物である下着3パック」を支払わないで店外したことになる。
・「男が棚に戻した下着3パック」は男の忘れ物なのだ。
だから、男は声かけされても文句が言えない。
しかし、私服保安がこれをしたら問題となる。
店は「お客様第一」であり、私服保安は店の者だからである。
私服保安が行動する場合、その全責任は自分で取らなければならない。
それは「自分が見た場合」でも「他人の目撃を信じた場合」でも変わらない。
『この人の見たのがあやふやだったからです。』という言い訳は通らない。
私服保安が「自分の目で見て間違った」のなら、責任をとることに納得ができるだろう。
しかし、「他人の言葉を信じて間違った」のなら悔しい思いをするだろう。
私服保安はアマチュアやボランティアではない。
「自分の目で見ない以上は絶対に行動してはいけない。」のである。
なお、この事例は「単品」である。
「単品禁止」を守っていればこのような失敗は起こらない。
※下着3パックは3点であるが、一度の行為なので検挙条件では1点(単品)となる
つづく