SPnet私服保安入門


(3)トイレ中断-犯人がトイレに入った!

 




中断の代表が「トイレ中断」と「エレベーター中断」

ここでは「トイレ中断」とは「犯人がトイレに入った場合の中断」である。
ここではそれを説明しよう。


どういう場合のトイレ中断を「中断なし」とするかは厄介な問題である。

トイレ中断があれば、すべて「中断あり」とすれば問題はない。

しかし、そんな杓子定規なことを言っていたら万引き犯を捕まえることはできない。

万引き犯の多くがトイレに入るからである。


a.万引き犯はなぜトイレに入るのか


トイレに入る万引き犯の大半は、トイレ内でパッケージから商品の中身を取り出し、それを持ち去る。

捕まっても、『これは店の商品ではない。自分の持ってきたものだ。』と言い訳ができるからである。


また、犯人が「見つかった」と思って、盗った商品をトイレで流したり、置き去りにしたりすることもある。


カートに商品を載せて、カートごとトイレに入る万引き犯もいる。

身障者用・子供連れ用のトイレは中が広いのでこれが可能である。

カートをトイレの外に置いておくと盗難されるかもしれない。

万引き犯がカートごとトイレに入っても、誰も不審に思わないのだ。


・実際例

・食料品と米10㎏袋をトイレに持ち込み、食料品は持参のプラスチック箱に、米は小さなポリ袋に分けて詰め替えた。
  (ご苦労さま。)
・女子高生三人組みが化粧品をたくさん盗り、トイレの個室に三人一緒に入った。
  そして、個室内でバリバリとパッケージを破り、そのパッケージを洗面所のごみ箱に捨てた。
  しかし、女子高生たちを尾行していた女性私服保安は彼女たちのそばにいた。
  (女性私服保安はいつもあなたのそばにいます。)
・おばさんが食品多数をカート上段に、米10㎏袋×2を下段に載せたまま身障者用トイレ に入った。
  トイレから出てきたおばさんのカートを見ると、上段の食品はすべてバッグに詰めてあった。
  しかし下段の米10㎏袋×2はそのままだった。(米20㎏だから仕方がないか…。)
・二人組がカートに缶入り粉ミルクをたくさん載せて店外しようとした。
  ベビー用品売場の係員が不審に思い私服保安に連絡した。
  犯人たちは係員が電話するのを見て、カートを押してトイレ個室に入りそのまま放置した。カートには粉ミルク17缶。
  (これは検挙できなかった。)
・私服保安がプラモデルコーナーで挙動不審な男子高校生を見つけた。
  すでに高校生の布製ザックは膨らんでいた。
  私服保安に現認なし。

  高校生がトイレに入る。
  私服保安も続いてトイレに。
  高校生はザックを肩にかけたまま小便器で用を足していた。
  私服保安は高校生の隣の小便器に立ち、こう言った。
  『忘れ物をするなよ…。』

  少し経ってから、私服保安はトイレに戻った。
  トイレ個室の中にプラモデルが3箱、ていねいに積み重ねてあった。
  こんな私服保安は誰ですか!


b.犯人がトイレに入った場合どうするか?


私服保安が「トイレ中断をつなげる」ためには、
次のことをして「中断ありとするか中断なしとするか」を判断しなければならない。


イ.私服保安のやること


・①.犯人の後を追ってトイレに入る。
・②.洗面所のごみ箱を点検する。
・③.犯人の入った個室内の物音を聞いて、中の様子を探る。
     バッグのチャックを開ける音・パッケージを破る音・水を流す音。
     「犯人が個室の中で何をしているか?」を推測する。
     もちろん、犯人の入っている個室を覗き込んではいけない。
・④.犯人が個室から出たら、すぐにその個室を点検して、「犯人が何を持っているか」を判断する。
・⑤.洗面所のごみ箱を再点検する。


ロ.「商品・商品の中身・商品のパッケージ」を発見した場合はそこで終わり


洗面所のごみ箱やトイレの個室内で「商品・商品の中身・商品のパッケージ」を発見した場合は犯人を捕まえてはいけない。

犯人が盗った商品を手放せば「犯人がその商品を持っていたこと」が立証できないからである。

犯人の『そんな商品は知らない。』という主張と、私服保安の『犯人が持っていた商品だ。』という主張では、犯人の主張が通ってしまう。


商品のパッケージが残されていた場合、犯人は商品の中身を持っている。

しかし、商品の中身だけでは「それが店の商品であること」が立証できない。

パッケージに犯人の指紋が残っていても、「犯人の持っている商品の中身が、そのパッケージに入っていた」ということが立証できない。


犯人はこう言うだろう。
『そう言えば、僕がトイレ個室に入ったときにそのパッケージが置いてありました。
  僕は「なんだろう?」と思って、そのパッケージを触りました。そのときに僕の指紋が付いたのでしょう。』


ハ.「商品・商品の中身・商品のパッケージ」が残っていない場合


犯人が「パッケージのままの商品を持っている」と判断できれば「中断なし」としてよい。

しかし、犯人が「商品・商品の中身・商品のパッケージ」をトイレに流した可能性があれば「中断あり」としなければならない。


たとえば、
・トイレの水を流す音がしなければ、何も流されていないだろう。
・トイレの水を流す音がしても、商品がトイレに流せないものであれば流されていないだろう。
  これを商品の材質・形状・大きさから判断する。
・しかし、トイレに流せない商品でもパッケージを破る音がすれば、パッケージを流された可能性がある。
・また、「パッケージ内に小さな商品がたくさん入っている」場合は、パッケージを破れば中身だけを流すことができる。

色々な事情を総合的に判断しなければならない。


しかし、その判断は「私服保安の推測」にすぎない。

「個室内での犯人のしたことを見ていない」以上、そうでない可能性がある。

世の中では「自分の経験していないこと」や「常識では考えられないこと」が起こる。

また、私服保安の『捕まえたい。』という欲求が、判断を狂わせることもある。

少しでも疑いがあれば「中断あり」としなければならない。


新人は、「それが絶対にトイレに流せない商品」でない以上、「中断なし」と判断してはならない。

また、「中断なし」とする場合でも、確認のために後で説明する「中断をつなげる方法」を使った方がよい。[※第二章-4-(9)]

        
事例8.個室の中から『プシュ~ッ。』 外へ出てから飲めばいいのに


久しぶりにある店に入った。

私は食品売場で、インスタントラーメンコーナーから弁当・惣菜コーナーを見ていた。

ここからはH&BC(化粧品・薬売場)も見渡すことができる。


H&BCに60歳過ぎのメガネ男がいた。

箱入りドリンク剤の山から、上半身を出してキョロキョロしている。


男が通路に出てきた。

カーディガンの下に何かを入れている。

それを両手で抱えて落ちないようにしている。

「大きさ・重さ」からカーディガンの下は「箱入りドリンク剤10本」のようだ。

「そんな盗り方をするから、見つかるンだヨ!」


男は両手でカーディガンの中の膨らみを抱え、ガニ股で食品売場に入ってきた。

カニが前に歩いているような格好である。

私は笑いをかみ殺して男の後に付いた。


もちろん、カーディガンの下の商品は「現認なし」。

男がこのまま出ていっても、「見送り」である。


男が酒コーナーに到着した。

そして、左手でカーディガンの下の商品を落とさないように押さえ、右手で缶酎ハイを棚取りして上着の右ポケットに入れた。

「350㎖・レモン缶焼ハイ1本」現認。


男は野菜売場に向かう。

「あのキャベツ誤認」の売場である。 → 事例5.あんな大きなものでも誤認する


男が「みかん」の前で足を止めた。

今度は、右手でカーディガンの下の商品を落とさないように押さえ、左手でミカンを2個棚取りして上着の左ポケットに入れた。

男は慎重である。

常に腹のところに手を当てていなければ、カーディガンの下の「箱入りドリンク剤10本」が落ちてしまうからだ。


男の左ポケットには缶酎ハイ。右ポケットにはミカン2個。

ミカンがポケットから見えている。


男が「カニ歩き」で野菜売場の先にあるトイレに入る。

私も男に続く。


男は二番目の個室に入った。

個室は4室。他の3室には先客がいた。

これで個室は満室だ。


私は洗面所にもたれて個室の並びを見ていた。

あちらこちらから“ウンコの匂い”が漂ってくる。


すると、男の個室から『プシュ~ッ』。

缶酎ハイを飲んでいるようだ。

男の個室から水を流す音。


私は個室の並びに背を向けた。

背後の様子は洗面所の鏡に映っている。

男が個室から出てきた。

そして、洗面所で手を洗わずに私の傍を通り過ぎた。


男は「リポビタンD10本入り」を1箱持っている。

箱入りリポビタンは透明のビニールバッグに入り持ち手が付いている。

これを右手で下げているのだ。

そして、リポビタン箱の上にはミカンが2個。


私はすぐに男の入っていた個室を点検した。

和式便器の左前にレモン缶酎ハイの空き缶が置いてある。

私はこのアルミ缶を回収してトイレから出た。


男は出入口に向かっていた。

右手には「リポビタン箱とミカン2個」。

そして、そのまま店外。


私は男を10m進ませて、背後から肩を「トントン」。

男が振り向いた。

私は回収したアルミ缶を見せてこう言った。
『オトウサン、ウンコの臭いの中でレモン酎ハイを飲んでも美味くないだろう!』

万引き犯はどこか滑稽である。


つづく

 





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