SPnet私服保安入門


       
(4)「中断のあったことを忘れてしまう」場合がある①

 




中断についての知識は充分にあっても、現場でその通りに行動できるとは限らない。

特に場数を踏んでいない新人は、「中断があったこと自体」に気づいていない場合がある。

新人でなくても、「焦り」が「中断があったこと」を忘れさせてしまうことがある。

これを二つを実例で紹介しよう。

まずは、新人私服保安の事例。


・事例9.『入っていませんでした…。』と帰ってきた新人


日曜日。

私は新人女性私服保安Eを指導していた。

私服保安は研修が終わると独り立ちするが、その後も定期的に指導をして実力をつけさせていかなければならない。


売場のEから私に連絡が入る。


E『いま男子中学生二人が、ゲーム機をザックに入れました。』

私『玩具売場だな。すぐに行くから、その二人から目を離すなよ。』


Eは玩具売場の手前にある子供服売場にいた。
Eのそばに行く。

私『どの二人だ?』

Eが5mくらい先にいる二人を指さす。
私服の男子中学生二人だ。

二人とも「口が紐で閉じられる黒い布製ザック」を肩にかけている。


私『あのザックの中に入れたンだな?』

Eが頷(うなず)く。


私『何をいくつ入れた?どこにあった商品だ?』

Eと私は玩具売場に移動する。

私は二人をずっと視界に入れている。


E『これです。これをお互いが二つずつ棚取りしてザックに入れました。』

それは中学生に人気のあるオモチャゲーム機(1980円)であった。

このゲーム機はゲーム内容によって色が分かれている。


私はEに商品の色を確認する。
Eの「棚取り現認」を確かめるためである。

私『どちらの子がどんな色のゲーム機を棚取りして入れたンだ?』

E『二人とも赤と青のゲーム機です。』

私『それなら現認は大丈夫だな。』


私は次に「中断のないこと」を確認した。

私『二人はゲーム機をザックに入れたあとどうした?』

E『ザックの紐を閉めて、肩にかけました。』

私『そのあとに中断はないな?』


E『私は二人をしっかりと見ています。二人はゲーム機を入れてザックを肩にかけてから、ザックを肩から下ろしていません。』

これなら大丈夫である。

私『よぉ~し!出たら検挙してもいいよ。』


暫くして、男子中学生二人はキョロキョロしながら玩具売場を出て、下りエスカレーターに向かった。


私『出るぞ。追いかけろ。見失うな。』

Eが二人の後を追う。


私はEの尾行の様子を観察しながら後から歩く。


男子中学生二人はエスカレーターで1Fに降り、そのまま1Fの専門店街出入口を出た。

Eが二人に追いついた。


指導私服保安は新人に手を貸さない。

新人が転びそうになって始めて手を貸す。

新人に「危ない目をさせること」が新人のためになる。

私は出入り口近くでEの「声かけ」を見ていた。


男子中学生二人がEにザックの中を見せている。

「検挙現場で、ザックの中を確認するのはマズイのだが…。」

私はEへの指導点を見つけた。


Eが二人と分かれて、私の方に向かってくる。

私『どうしたの?』

E『二人は「ザックの中にゲーム機を入れたけれど売場に戻した」そうです。
    ザックの中に商品は入っていませんでした。二人は「スイマセン」と謝っていました。』


中学生二人が歩いていく。


私『二人を帰してどうする!帰してしまったら親からクレームがくるぞ!』

Eはポカ~ンとしている。

私は中学生二人を追った。


私『チョット待って!チョット待って!』

二人は立ち止まった。


私『君たち、あのゲーム機をどこに戻したンだ?元の所に戻さないと困るンだ。買いたい人が買えないだろう!』

二人『…。』

私『いまから売場に戻って、君たちがゲーム機を置いたところを教えてヨ。元の場所に戻しておくから。』

二人『分かりました…。』


私は二人を玩具売場に連れていった。

Eも後からついて来る。


二人が私を、ゲーム機を置いた場所に案内する。

それは、ゲーム機コーナーから3mくらい離れた女児用人形のコーナーだった。

そこに「Eが現認した赤と青のゲーム機」が2台ずつ並べて置いてあった。


私は売場mgrを呼んだ。

そして、二人の中学生に事情を説明させて謝らせ、そのゲーム機4台をmgrに渡した。


こういう場合、二人をそのまま帰してしまうと、親から『子供が万引き扱いされた。』とクレームがある。

子どもは「自分たちが万引きをしようとしたことを親に連絡されるかもしれない」と思い、先手を打って親に次のように言い訳する。

『僕たちはゲーム機を買うのをやめて、それを売場に戻しただけなンだ。
  それなのに警備員に呼び止められた。』

これを聞いた親が怒って文句を言ってくるのである。


そんなときのために、「二人のしたこと」について店側の証人を立てておくのだ。

こうしておけば、文句を言ってきた親を納得させることができる。

Eはこの処置を忘れていたのである。


しかし、もっと大きな問題は「Eが中断のあったことを認識していなかった」という点である。


Eは『 二人がザックにゲーム機を入れ、それを肩にかけてから一度も下ろしていない。』と言った。

二人はザックにゲーム機を入れ、そのあとザックからゲーム機を取り出して売場に戻している。

そのためには、ザックを肩から下ろして、紐を緩めてザックを開けなければならない。

Eが二人をずっと見ていれば、その動作を見落とすはずはない。

しかし、Eは見落としていたのである。

正確に言えば、Eの目にはそれが映っていたが、脳がこれを認識しなかったのである。

キャベツ事件と同じである。 → 事例5.あんな大きなものでも誤認する


新人の『見た。』『確実に見た。』は、ベテランの『見た。』『確実に見た。』とは質が違うのである。

私は「新人私服保安の怖さ」を思い知らされた。

このように偉そうなことを言う私も、新人の頃はそうだった。

次は私の実例である。


つづく

 





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