SPnet私服保安入門
“履き込み”や“カゴ抜け”は、棚取り現認後も商品が見えている。
少しくらいの中断があっても、その商品が見えていればOKである。
これに対し、商品をバッグやポケットに入れた場合は商品が見えなくなる。
犯人が「商品を持っているかどうか」の判断はより慎重にしなければならない。
少しでも中断があれば、検挙を見送らなければならない。
このことは前に説明した。
しかし、“中断”が最後になって「つながる」ことがある。
中断があっても諦めずに犯人を尾行しよう。
これを“因幡(いなば)の白兎(うさぎ)”という。
※このうさぎを知らない若い方はネットで調べてみよう。
・事例12.“朝一(あさいち)オバサン”が店外で…。 これが因幡の白兎
・“朝一”とは
スーパーマーケットには特売日がある。
食品売場では定期的に開催されている。
そんな日にはよい商品がたくさん並べられる。
売場は客で混雑する。
万引きはこの混雑で盗りやすくなる。
万引きが多く現れるのは「朝一番・昼またぎ・閉店間際」である。
昼は、昼食休憩で売場の係員が半分になる。
閉店間際は係員が1/5以下になる。しかも、売上計算や明日の準備で忙しい。
朝一番は係員の数が揃っていないし、係員は開店後の雑用で忙しい。
どれも「売場係員の目が行き届かない」時間帯である。
食品万引きが一番多い時間帯は「開店~11時」。
開店後は「新鮮で程度のよい食料品」がある。
また、万引きにとって「食品を盗ること」は「毎日の仕事」である。
午前中に盗って「その日の夕食の材料」を確保しておけば、午後からの時間をゆっくりと過ごせる。
パート勤務の前に夕食の材料を確保していく者もいる。
食品特売日の開店時間には「主婦万引き」が押し寄せてくる。
この万引きを“朝一(あさいち)”と言う。
・私服保安と“朝一”
私服保安にとっても「特売日の朝一」は狙い目となる。
私服保安は客と一緒に開店前の入口に並んでいる。
このときから目ぼしい者を探している。
開店。
正面入口の両側に店員と警備員が並ぶ。
『おはようございます。いらっしゃいませ!』を聞きながら、私服保安は客と一緒に店内に入る。
客は一団となって、食品農産側のカート置場へ。
そして、カートを押して我先に農産からスタートしていく。
私服保安もカートを押して農産に入り、少し離れた所から客を観察する。
開店直後の食品売場は、私服保安にとって有利である。
売場に入ってくる客のすべてが「空カート・空カゴ」だからである。
「空カート・空カゴ」で入った客がそのカートやカゴに食品を入れていたら、「それは食品売場の商品」ということになる。
私服保安は棚取り現認が楽になる。
・朝一オバサン登場
特売日・開店後15分。
私は60歳位のオバサンに目をつけた。
彼女はカートに「空カゴと黒いビニールバッグ」を載せて農産に入ってきた。
その黒いビニールバッグが「60歳女性が持ち歩くにしてはチョット大きい」のである。
オバサンは「特売のじゃがいも3個・タマネギ3個・ニンジン1袋・白菜1/2・豆腐・糸こんにゃく」をカゴに入れ、鮮魚コーナーへ向かった。
そして、新鮮な「刺身2パック」をカゴに入れた。
次は肉コーナーへ。
「今日の献立はすき焼き。旦那さんはその前に刺身で日本酒」だろう。
オバサンは「対面販売肉コーナー」にカートを停めた。
ここには「パック入りの安い肉」は置いてない。
置いてあるのは「値段の高い肉」だ。
客は希望する量を係員に注文する。
係員はそれをパック詰めし、そのパックに値段シールを貼る。
客はこれを他の商品と一緒にレジ清算する。
オバサンは牛肉を二種類注文し、係員からパックを二つ手渡された。
「あんな肉はここ何年も口に入れていなけどなぁ…。」
オバサンは対面販売肉を離れて、カートを押して洗剤通路へ入っていく。
「そこは万引きの仕事場だよ!」私の口元がほころぶ。
やはり…。
オバサンは受け取ったばかりの「肉パック2個」と「別のパック2個」を黒いビニールバッグに入れている。
「別のパック2個」の中身は見えなかった。
しかし、彼女の持っていたパックは肉と刺身だけだから、それは「刺身パック」であろう。
これで現認はOK。
あとは、レジを抜けるところを見ればよいだけだ。
私はオバサンの後に付いた。
・中断
そのとき、別の店に入っている新人私服保安からケイタイが入った。
新『 山河さん!いま万引きを追っています!』
私『 こっちも追っているから、チョット待て!』
私がケイタイを閉じるまで5秒もかかっていない。
「しまった!オバサンがいない!」
私の視界からオバサンは消えていた。
1~2分後、私はオバサンを見つけた。
彼女はレジ外のサッカー台で、レジ袋に野菜を詰めていた。
その横に黒いビニールバッグが置いてある。
レジ袋に「パック4個」は入っていないようだ。
「肉と刺身パックは、まだ黒いビニールバックに入っているのか。それともどこかに捨てたのかか。」
完全な中断である。
・チャンスは残っていた
しかし、まだチャンスは残っている。
オバサンは黒いビニールバッグを肩にかけ、野菜を詰めたレジ袋を持って正面出入口に向かった。
私は彼女を追う。
彼女は出入口を出て、すぐ横にある駐輪場に向かう。
私は出入口前からガラス越しに様子を見る。
オバサンは野菜を詰めたレジ袋を自転車の前カゴに入れた。
そして、肩にかけた黒いビニールバッグを下ろして何やら取り出した。
あの「肉パック2個」と「刺身パック2個」だ。
彼女はこれを野菜を詰めたレジ袋に入れた。
これで、中断がつながった。
私は出入口から出て、自転車を押し始めたオバサンを呼び止めた。
(9)新人私服保安への追加説明
『そうか!中断があっても、現認したものが出てきたら中断をつなげてもいいのか!』
そうではない。
もう少し説明しよう。
上例で中断をつなげたのは、次のような状況があったからである。
・①.中断が1~2分と短かった。
・②.“朝一”であるから、オバサンは「何も買っていない状態」で売場に入っている。
・③.オバサンがバッグに入れたのが「生もの」であった。
・① について
中断が「5分以上」ならつなげなかった。
5分あれば、肉・刺身パックをバッグから出して金を払い、またバッグに入れることができる。
しかし、1~2分ではそれができない。
だから、オバサンがバッグから出した肉・刺身パックは「レジ清算されていない」と判断できるのだ。
・② について
昼前なら中断をつなげなかった。
昼前なら次のようなことが起こり得る。
・オバサンは少し前に「肉・刺身パック」を買ってバッグに入れていた。
・彼女は「同じものを盗ろう」と再び食品売場に来た。
・そして、買ったのと同じ肉・刺身パックを棚取りしてバッグに入れた。
・これを私が現認した。
・新人からのケイタイで私はオバサンを見失った。
・この間に彼女は「悪いことをしてはいけない」と考え直した。
・そして、「盗ろうとしていた肉・刺身パック」をバッグから取り出して、売場のどこかに手放した。
これなら、1~2分ですることができる。
しかし、朝一では状況が違ってくる。
・オバサンが少し前に「肉・刺身パック」を買っているはずはない。
・だから、オバサンがバッグから出した肉・刺身パックを「彼女が棚取りしたもの」と判断できる。
・③.について
オバサンが缶詰や菓子を棚取りしバッグに入れたのなら、中断をつなげなかった。
来店する前に缶詰や菓子をコンビニで買ってバッグに入れて来店した。
または、この店で缶詰や菓子を昨日買ってバッグに入れて、そのままにして来店した。
彼女は「バッグに入っている買った缶詰や菓子と同じもの」を盗ろうと思って来店したのだ。
そして、缶詰・菓子を棚取りしバッグに入れた。
それを、私が現認した。
私が彼女を見失った1~2分の間に、彼女は「やはり盗るのをやめよう」と思い止まって缶詰・菓子を売場に手放した。
この場合、自転車置き場でオバサンがバッグから出してきた缶詰・菓子は「支払い済みのもの」である。
しかし、オバサンが棚取りしバッグに入れたのは「生もの」である。
もし、来店する前にコンビニで買ったり、この店で昨日買ったりしても、そのままバッグに入れておくことはないだろう。
だから、彼女がバッグから出してきた商品を「彼女が棚取りしてバッグに入れたもの」だと判断したのだ。
私は、このように総合的に判断して「中断をつなげた」のである。
単に「現認した商品を犯人が出してきたから」中断をつなげたのではない。
このように総合的に判断するためには、
「万引きの行動に詳しいこと・冷静に判断できること・自制心があること」が必要になる。
そのためには場数を踏んでいなければならない。
「中断の怖さ・危険」が身に沁しみていなければならない。
初心者私服保安は結果だけを真似してはならない。
なお、この方法は万引き検挙の際の「最後の確認」としても使える。
「棚取り現認・入れる現認・中断なし」で100%OKでも、時間に余裕があれば「犯人が商品を出す」まで待った方がよい。
現認した商品が出てくれば「120%」になるからである。
(10)万引き犯への注文『最後まで気を抜くな!』
「万引き犯が盗った商品をバッグやポケットから取り出す」のは次の場合である。
・盗ったものを仲間に自慢して見せる・プレゼントする。(中高生)
・腹が減っているので、取り出して食べる。(弁当・おむすび・菓子)
・証拠隠滅のために、「商品に付いている値札やエフを取り外そう」と取り出す。
・買ったように見せかけるために、レジ袋に詰め替える。
・生もの・惣菜をバッグやポケットに入れておくと汚れてしまうので取り出す。
万引きをして店の外に出ても捕まらなかった。
ここで『成功した!』と気を抜いてはいけない。
私服保安は近くから、あなたが“因幡の白兎”になるのを待っているからだ。
盗るならもっと慎重にやって欲しい。
アクセサリーを下着に入れて盗っていく常習犯を、車まで尾行したことがある。
「パンティーに入れたのなら、運転しにくいだろう。車に乗ってからアクセサリーを取り出すかもしれない。」と思ったからだ。
しかし、彼女は平然と車を運転していった。
これくらい「気を抜かないで」やってもらいたい。
そうすれば、我々私服保安にもやりがいがあるのである。
・余談
“因幡の白兎”オバサンは警察渡し。
しかし、なかなか警察官がやって来ない。
オバサンが腹を立てて、私にこう叫んだ。
『 いつまで待たされるの!11時の歯医者の予約に間に合わないじゃない!』
やれやれ…。
つづく