SPnet私服保安入門


       
6.検挙条件が揃わなくても、検挙しなければならない場合がある

 




「棚取り現認・入れる現認・中断のないこと・単品禁止」はどれも誤認防止に不可欠である。

しかし、それらが揃わなくても敢えて検挙しなければならない場合がある。
※棚取り現認は「犯罪立証に必要」なので、どんな場合にでも外してはならない。

ここでは「中断があった場合」の事例を紹介する。

事例12では「中断がつながった場合」、今回の事例は「中断がつながっていない場合」である。
事例12.これが「稲葉の白うさぎ」



事例13.『おじさんは警察官じゃないよ…。』


・「現認・単品禁止」クリアー


“トイレ缶酎ハイ”の店のことである。
事例8.トイレで缶注ハイを飲んだ男


3Fのトレーディングカードコーナーに、小学低学年の男の子と中学生男子がいた。

このコーナーはエスカレーターの横にある。

二人は知り合いらしい。

男の子の持っているバッグが開いている。

私は水遊びオモチャコーナーから二人を観る。

距離は2m。


男の子がトレーディングカードを一掴みバッグに入れた。

これを三度繰り返した。

現認と単品禁止はOK。


男の子と中学生はカードコーナーを離れ、売場の一番奥にある階段に向かう。

万引き犯は階段を好む。

人の目が少ないからだろう。


・中断発生


私は二人を追尾した。


二人は3Fから階段を降りていく。

2Fから1Fの踊り場で、二人が私に気づいた。


なんと、中学生は私の方に向かって階段を上がってきた。

小学生の男の子は下へ逃げた。


「ブツを持っている者を追う」のが鉄則である。

商品を持っていない者を捕まえても証拠がないからだ。

私は階段を駆け上がってくる中学生を無視して、1Fへ逃げた小学生を追った。


しかし、私が1Fに着いたときには男の子の姿はなかった。

1Fトイレや出口付近を探したが見つからない。

「逃げられたか…。」


・男の子発見


それから10分くらい経った。

私はエスカレーターで1Fに降りてくる途中で、偶然にその男の子を見つけた。

彼は、エスカレーター前にあるサービスカウンターに隠れているではないか。

エスカレーターからサービスカウンターの中が見えたのである。

男の子はエスカレーターの私を見て身を伏せた。


私が男の子を見失ってから10分が過ぎている。

彼がバッグに入れた「カード三掴み」は捨てられているかもしれない。

完全な中断である。


・新たな問題


私はサービスカウンターの係員に事情を尋ねた。

カウンター嬢はこう説明した。
『男の子は「“変なおじさん”に追いかけられた。」と言って、10分くらい前に駆け込んで きました。そして、ずっと隠れています。』


ここで、原則通りに男の子を見送れば「クレームの危険」が生じる。

男の子は母親にこう言うだろう。
『今日、あの店で“変なおじさん”に追いかけられた。』

子どもは「自分のした万引きを隠そう」として、このようなウソを言うのである。


母親は心配になって店に注文を付ける。
『子供が安心して買物を楽しめるように、警備を厳重にしてください。』


店が調査する。
そして、その“変なおじさん”は私服保安であったことを知る。


店が母親にこう説明するだろうか?
『お子さまがお母様に話された“変なおじさん”とは当店の保安係でした。
  当店の保安係は、小さい男の子を追い回すような変態ではございません。
  その保安係は、お子さまが万引きをしたので追いかけていたのです。』

このまま男の子を「中断あり」として見送ったのでは大変なことになる。


・中断の程度


私は状況を整理した。

・①.男の子はカードをバッグに入れた。
・②.男の子は階段を駆け下り、サービスカウンターに逃げ込んだ。
・③.男の子はずっとサービスカウンターに隠れていた。

②で男の子を見失ってから10分経つが、男の子はサービスカウンターにずっと隠れていた。
バッグの中のカードは捨てられてはいないだろう。


私は男の子の持っているバッグを見た。

男の子は恐怖の眼差しを私に向けて、バッグの口を両手でしっかりと握っている。

「まだ、持っているな…。」


・対処


私は男の子を諭(さと)すように言った。

『おじさんは警察じゃないよ。警察には言わないから正直に話してくれる?
  そのバッグの中に何が入っているの?』

男の子は渋々バッグを開けた。

たくさんのカードが、パッケージのまま入っていた。


『このカードはどうしたの?』

男の子は泣きだした。

そして「盗ったこと」を認めた。

小学3年生・カード42枚・6081円。


・やはり…


私は男の子を警備室に連れていった。

警備室には、すでに男の子の母親がいた。


母親はこう説明した。
『この子は、近所の中学生のお兄ちゃんと一緒にこの店に来たのです。
  そのお兄ちゃんが私の家に来て「僕たち、あの店で“変なオジサン”に追いかけられた。」と言いました。
  それで、心配になってここへ来たのです。』


私が「原則通りに」男の子を見送っていたなら、大きなクレームに発展しただろう。


私は「男の子との約束」を守って警察を呼ばなかった。

「どうせ刑事未成年だから犯罪にならないから…。」
刑事責任能力がなければ犯罪とならない(刑法41条)

カードの代金は母親に支払ってもらった。


我々私服保安はプロである。

店からお金をいただいている。

「店に迷惑をかけること」は絶対に避けなければならない。

そのためには、敢えて検挙条件を崩さなければならないこともある。


つづく

 





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