SPnet私服保安入門


7.検挙条件が揃わないで「捕まえない」ときに「してはいけない」こと

 




私服保安は常に「万引きを捕まえなければならない」というプレッシャーと闘っている。

検挙条件を緩めれば、検挙実績は上がる。

しかし、検挙条件を緩めれば、それだけ誤認の危険が高くなる。

誤認すれば店に迷惑がかかるだけでなく、相手の人権を侵害してしまう。


プロは「誤認しなくて当たり前」である。

検挙条件が揃わなかったり、不確実だったりした場合は、潔いさぎよく見送らなければならない。

ここでは、見送らなければならない場合の“慰め”と“注意点”を説明しよう。


(1)万引きはまたやってくる。そして今度はたくさん盗る


タダで、どれだけでも欲しい物が手に入る。
こんな「おいしい」ことはない。

万引きは「たくさん盗るから、何度でも来る」から、“万”引きなのである。

最初は、カップ麺2個と菓子パン3個をレジ袋にコソコソと入れていく。

その次は、カート上下に食品を満載してカゴ抜けをする。

それが“万引き”である。


今回は検挙条件が揃わなかったが、次には揃うだろう。

次に揃わなくても、だんだんと手口が荒くなり慎重さがなくなってくる。

そして必ずボロを出す。

必ずこちらが有利になるときが来る。

そのときを待つのである。

※ただし、最近の万引きは育ちません。こちら


我々はプロ私服保安である。

プロに「有効や効果」はない。

私服保安には「一本勝ち」しかないのである。


余談であるが、捕まるのは「欲を出した万引」きと「トロイ万引き」である。

「欲しいものだけを、通りすがりにパッと盗っていく万引き」は絶対に捕まらない。


(2)悔しいけど、何もするな


私服保安にとって、万引きを見送ることは悔しいことである。

検挙条件を揃えることができなかった自分の未熟さに腹が立つ。

「何かしてやらないと気がすまない。」

初心者私服保安が、万引きを見送るときに余計なことをする場合がある。


たとえば、

・犯人を露骨につけ回す。
・『警備室?カメラで写真を撮っておいて!化粧品売場。』とか、
  『もうじき出るから。正面出口へ警備員を待機させて!』と、犯人に聞こえるようにウソの電話をする。
・「盗ったのは分かっているぞ!」と言わんばかりに、犯人を睨みつける。
・犯人を駐車場まで尾行していき、犯人に見えるように車のナンバーを手帳に控える。(店長さんがよくやります)

私服保安ならそんな経験があるだろう。


私が“駆け出し”のころのことである。


書籍売場で、高校生がコミック本3冊をバッグに入れた。

しかし、彼は私の尾行に気づいた。

高校生は書籍売場に戻って、コミック本をバッグから出して棚に戻した。

彼は焦っていたのだろう、コミック本を実用書の棚に戻した。

私の腹の虫が収まらない。

私は彼の肩を軽く叩き、こう言った。

『ちゃんと、元のところへ戻せよ!』

オ・オ、コ・ワ・イ…。


こんなことをしても何の役にも立たない。

万引き犯にこちらの顔を覚えられて、次からの検挙がやりづらくなるだけである。

悪くすれば、『万引き扱いされた。』とクレームになる。


我々私服保安は“検挙”という「実弾入りの鉄砲」を持たされている。

しかし、その鉄砲に“弾”は一発しか入っていない。

引き金を引くときは、相手を確実に倒せるときだけである。

鉄砲を相手に見せて脅かしても、こちらが不利になるだけである。


『万引き犯を見送るときは潔く、何もするな!』である。


(3)万引き犯がレジに並んだら離れる。金を払ったらお客様


ほとんどの万引き犯は「見つかった。」と気がつくと、商品を置き去りにしていく。

しかし、気の小さい万引き犯は仕方なくレジ清算をする。

万引き犯がレジで支払ったときには、すぐに万引き犯から離れなければならない。


盗ろうとしていた者も金を払えば客になる。

金を払った万引き犯が近づいてくる。

『お前!さっきから俺をつけ回しているだろう!俺が万引きするとでも思っているのか! 店長を呼べ!』

悪くすると、誤認事件に発展してしまうのだ。


私服保安がその場にいなければ、問題は起こらない。

後で、その万引きがこちらを見つけて文句を言ってきても、

『えっ?そんなことは知りませんねぇ~。へんな言いがかりをつけないでくださいよ。』と笑っていれば済む。

現場にいなければ、「その者を疑っていた」証拠がない。

クレームをつけられるのも現行犯である。


(4)「捕まえよう」と思ったら最後まで諦めるな


「この万引きを捕まえよう。」と思ったら、諦めてはならない。

検挙条件が揃わなくても、最後の最後で揃う時がある。

      
事例14.調子に乗るから捕まってしまう


このころ、研修生に二人のギャルがいた。

幼なじみのCとBである。

Bは事例19・30に、Cは事例66に登場する。

この話は、私の担当店でCを研修させていたときのものだ。


Cが私に連絡してきた。

C『不審な女子高生がいます。
     現認不足ですが、Tシャツや化粧品を袋に入れているようです。ペッチャンコだった袋が膨らんできています。』


現場でCと合流。

Cが二人の女子高生を指さした。

一人が膨らんだ袋を持っている。


私『袋が膨らんだだけでは捕まえることはできない。それにしてもたくさん入っているな。捕まえたい?』

C『ハイッ!』

私『じゃあ追ってみよう。そのうちにボロを出すから。』


女子高生たちは、膨らんだ袋を持って1F専門店街へと出ていく。

そしてコインロッカーに行き、持っていた袋から商品を出してロッカーに入れる。

袋からは、パッケージのままの化粧品や値札の付いたTシャツがたくさん出てきた。


その様子を見ているCに私は言った。

私『ロッカーに入れたから、まだ盗るつもりだ。専門店で現認できれば捕まえられる。』

女子高生たちは、空になった袋を持って専門店街へ歩いていく。

我々は二人の後に付いた。


彼女たちは専門店で不審行動を繰り返す。

しかし、どの店でも一人が“壁”になるので現認ができない。

彼女たちの持っている袋が膨らんでくるので、「盗っていることは」判る。しかし、決め手がない。

我々は1時間以上も彼女たちに「専門店街万引き」を付き合わされた。


女子高生二人は欲しいものを心いくまで盗ったのか、スーパーマーケットの方へ向かった。

多分、コインロッカーへ行くのだろう。

二人は『キャッ、キャッ。』とはしゃいでいる。


もう、2F専門店街の最後の店である。

この先には、エスカレーターとスーパーマーケットの2F入口。

エスカレーターを下れば、二人がたくさんの商品を入れた1Fコインロッカーだ。

私は「見送り」を覚悟した。

Cは悔しそうである。


そのとき、二人が信じられないことをした。


2F最後の婦人服店の前に来たときである。

店先のマネキンが着ている白いコートを二人で脱がせ、それを一人が抱えて走り出したのだ。


私はCに合図して二人を追わせた。

そして私は階段を駆け下りて、1Fのコインロッカーに先回りした。


高校生二人が白いコートを抱えて走ってくる。

Cも二人の後からやってきた。


ロッカーの前で、女子高生二人を検挙。

ロッカーの中からは、大量のTシャツと化粧品が出てきた。

二人の持っていた袋の中からは、もっとたくさんの商品が出てきた。

警備室の前には、商品を確認するために専門店の店長が11人並んだ。


こんなこともあるのである。

Cが私に言った。
『諦めてはいけませんネ!』


(5)心の中の100%はない


検挙条件が確実に揃えば、誤認することはない。

しかし、「心の中の100%」はいつまでたっても揃わない。

場数を踏んでいない新人私服保安は、いざ検挙となると怖じ気づいてしまう。

『見落としはないだろうか?誤認をしないだろうか?』

そして、『今度捕まえればいいか…。』と弱気になってしまう。


私はそんな新人の背中を思いっきり押してやる。

『誤認が怖くてこの仕事が務まるか!私が全責任を取るから、思い切って行け!』


私服保安はこんな経験を一つ一つ積んで一人前になっていく。

『検挙条件が揃ったら、思い切って行け!』である。


つづく

 





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