SPnet私服保安入門


第三章 声かけ・現行犯逮捕

 




棚取り現認・入れる現認・中断なし・単品ではない。そして、犯人が店外する。

遂に万引き犯人を捕まえるときである。

新人私服保安が待ち望んでいた場面である。


しかし、ここからが大切である。

これからは私服保安が犯人に対して「アクションを起こす」からである。

一旦アクションを起こせば、後には引けない。
「犯人とのガチンコ勝負」の始まりである。

この勝負に「判定勝ち」はない。相手を「KO」しなければこちらの負けとなる。

そのためには次の点を注意しなければならない。

1.なぜ“店外10m”なのか
2.犯人を確実に店の外に出せ、出たら戻すな
3.犯人を逃がすな
4.逃がしたら追うな
5.犯人が商品を捨てたらどうするか
6.立ち合い負け”するな
7.裏技もある
8.従業員ルール”も使える


これを順次説明していく。


大切なのは、「法律上何が認められて、何が認められないのか」を充分に理解することである。

私服保安が法律の限界を越えれば、それは犯罪となるからである。


※参考:用語解説


以下では、スーパーマーケット・ショッピングセンター・核店舗・独立店舗型・共同店舗型・非分離型・分離型という用語を使う。

これらの用語は色々な意味で使われているので、本書で使う用語の意味を定めておく。


①.スーパーマーケット(SM)

「客が商品を選んでレジに持っていき、支払いをする」という代金清算システムをとっている小売店である。

・食品売場を主とするものを「スーパーマーケット」。
・食品売場の他に衣料・家電・寝具・靴・玩具などの売場を持つものを「総合スーパーマーケット」とか「スーパースーパーマーケット(SSM)」と呼んでいる。

しかし本書では、これらすべてをスーパーマーケット(SM)とした。


②.ショッピングセンター(SC)

多くの小売店が一箇所に集まったものである。

「ショッピングセンター」とか「ショッピングモール」と呼ばれている。


③.核店舗

そのショッピングセンターの中核となる店である。

普通、スーパーマーケットが核店舗である。


④.独立店舗型・共同店舗型

ショッピングセンターには二種類ある。

・一つは、大きな駐車場の回りに独立した建物を持った小売店が並んでいるもの。

  「独立店舗型ショッピングセンター」とか「オープンモール」と呼ばれている。

  これを独立店舗型とした。


・もう一つは、一つの大きな建物の中にすべての小売店が入っているもの。

  「共同店舗型ショッピングセンター」とか「クローズドモール」と呼ばれている。

  これを共同店舗型とした。


⑤.非分離型・分離型

一つの建物の中にすべての店がある共同店舗型ショッピングセンターにも二種類ある。

・一つは、核店舗の「一部の場所・一部の階」に小さな専門店が入り、そのショッピングセンターの建物全体が核店舗であるように見えるもの。

  百貨店がこれである。

  これを非分離型とした。


・もう一つは、核店舗と専門店街がエリアで分けられていて、「ここまでが核店舗、ここから先が専門店街」と外形上はっきり区別されているもの。

  一般のショッピングセンターがこれである。

  これを分離型とした。


なお、本書の事例で出てくるのはこの分離型ショッピングセンターである。


1.店外10m原則


「万引き犯が建物を出て10m進んだところで捕まえなければならない。」

これを“店外10m原則”という。

この原則は誰でも知っている。
店員も、警察官も、もちろん万引き犯も。


しかし、その理由を知っている者は多くない。

そんな法律や判例はないし、“お上”からの通達や指導でもない。

それは、現場で造り上げられた「慣行」なのである。


慣行にすぎないから、「それを守っていれば適法行為になる」とは限らない。

店外10mでの逮捕が違法行為になる場合もある。

逆に、「それを守らなければ常に違法行為になる」訳でもない。

私服保安は「店外10m原則がなぜ必要とされるのか・どのような場合に緩められるのか」を充分理解しておかなければならない。

そして「この原則に固執することが、違法行為になる場合がある」ことに注意しなければならない。


(1)店外10m原則の「理由」


a.万引きの現行犯逮捕は「どの時点」でできるか?


犯罪の開始を「実行の着手」、犯罪の完成を「既遂」という。

我々が万引きを捕まえることができるのは、「現行犯人は誰でも捕まえられる。」と法律で認められているからである。


現行犯人とは「現に罪を行い、または現に罪を行い終わった者」である。
つまり、「犯罪をしている途中の者」と「犯罪をし終わった者」である。

これらの者は誰でも捕まえることができるのだ。 → ※現行犯逮捕の要件(選任のための法律知識第8講)


スーパーマーケットでの万引きの開始(窃盗罪実行の着手)は、「犯人が棚から商品を手に取ったとき」。

万引きの終了(窃盗罪の既遂時期)は、「犯人がその商品をポケットやバッグに入れたとき」または、
「商品の清算をするべき場所から出たとき」である。

万引き行為の着手時期-住居侵入窃盗と万引きとの違い(選任のための法律知識第5講1)
万引き行為の既遂時期-「店外10m」ではない(同)


だから、万引き犯を捕まえられるのは、
・早くて「犯人が商品を棚から手に取ったとき」。
・もう少し待てば、「犯人が商品をポケットやバッグに入れたとき」。
・さらに待てば、「犯人がその売場を離れたとき」である。
・どれだけ待っても、「犯人がショッピングセンター内のスーパーマーケットゾーンから出たとき」である。

それなのになぜ、「犯人がショッピングセンターの建物の外に出るまで」待たなければならないのだろうか?


b.「窃盗故意立証」のため -スーパーマーケットの代金清算システムと「盗るつもり」の立証


イ.犯罪は故意がなければ成立しない


犯罪が成立するためには、「それを犯そうとする意思(故意)」が必要である。

万引きは窃盗罪である。
窃盗罪が成立するためには、犯人が「盗ろう」と思っていなければならない。

万引き犯に「盗るつもり」がなければ、万引きは犯罪とはならない。


「犯人がどう思っていたのか」は犯人だけにしかわからない。

「盗ろうと思っていた」としても、裁判では「盗るつもりはありませんでした。」と言うに違いない。

だから、「犯人に盗るつもりがあった」という証拠が必要となる。


さらに、刑事裁判には「疑わしきは被告人の利益による。」という鉄則がある。

「疑わしい」とは「白か黒かはっきりしない場合」つまり「灰色の場合」である。

刑事裁判では「灰色は白・真っ黒になって初めて黒」なのである。
※・「疑わしきは被告人の利益による」という不文律(選任のための法律知識第1講)


万引き犯人を有罪にするためには、誰が考えても「犯人に盗るつもりがあった」と判断される事実が必要なのである。

それはどんな事実だろうか?


ロ.スーパーマーケットの代金清算システム


スーパーマーケットでは、
「客が自由に商品を手に取って、それをレジに持っていき、その代金を支払う」という清算システムを採っている。

客は商品を店内カゴに入れてレジに持っていく必要はない。
商品をポケットに入れて持っていこうと、自分のバッグに入れて持っていこうと構わない。

だから、犯人が商品を手に取ったり、ポケットやバッグに入れたりしただけでは、「犯人の盗るつもり」は立証できない。

犯人の『今からレジで支払おうと思っていた。』との言い訳が通ってしまう。


犯人が商品をポケットやバッグに入れて、その売場を出たときはどうだろうか?

スーパーマーケットでは「店内の商品はどこの売場のレジでも清算できる」ようになっている。
食品を紳士服レジで支払えるし、紳士服を化粧品レジで支払うこともできる。

この段階でも「犯人の盗るつもり」は立証できない。


それでは、犯人が「スーパーマーケットから出て、専門店街に入った」場合はどうだろうか?

犯人はこう言い訳するだろう。

『えっ?このショッピングセンターの中にある店の商品は、ショッピングセンターの中ならどこででも支払えるのでしょう?
  だって、一つの建物の中でしょう…。
  えっ? そうじゃないの! 知りませんでした。田舎者ですいませんねぇ…。』

これが通ってしまうのである。「灰色は白」だからである。

※後で説明するが、分離型ショッピングセンターの場合は、犯人のこの主張は通らない。


犯人がショッピングセンターの建物を出ても、まだ「真っ黒」にはならない。

『ちょっと外の空気を吸いにきただけだよ。』とか
『たばこを吸いにきただけだよ。 健康増進法とかで建物の中は禁煙でしょう? ここに吸殻入れが置いてあるじゃない!』


犯人を「真っ黒」にするためには、「犯人が建物を出て、10m程度進まなければならない」のである。

ここまできたら、誰でも「犯人に盗るつもりがあった」と判断するからである。


このように“店外10m原則”はスーパーマーケットの代金清算システムの中で「犯人の窃盗故意」を立証するためのものなのである。


つづく

 





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