SPnet私服保安入門


       
2.犯人を確実に出せ・犯人の言い訳を予測しておけ

 




万引き犯は慎重である。なかなか店外してくれない。

初心者私服保安はこの我慢ができない。

また、声かけのあと犯人が店内に戻ろうとしたり、捕まったときの言い訳を準備していたりすることもある。

私服保安が我慢できなかったり、店内に戻したり、言い訳に引っかかったりしたら誤認逮捕となってしまう。

そうならないための注意点を説明しよう。


(1)犯人が店外してから「三つ数える」


事例15.脚が勝手に走り出す


新人の頃である。

入店すると警備室から報告を受けた。

『昨日、家電売場でCDコンポが盗られました。』


当社の私服保安が勤務していないときに盗られたのだから責任はない。売場に行くのが楽である。

私は家電売場で状況を聞いた。

「夕方、若い男二人組が箱入りコンポをカートに載せて持っていった。」とのこと。


この店の家電売場では、商品展示棚の下に箱入り商品が積んである。

ノートパソコン、DVDレコーダー、ミニコンポ、炊飯器、掃除機など。

その箱入り商品を、万引き犯がカートに載せて出ていくのは簡単である。

しかも、この店の家電売場は1Fにあり、20m先に出口が二つもある。


この店の盗難対策は、「箱入り商品をお互いに樹脂製タイラップでつなげておく」というものである。

商品の入っている箱には2~3箇所にバンドがかけてある。
箱と箱のバンドを細いタイラップで結ぶのである。

こうすると、積んである箱全部がつながってしまう。

一箱取り出そうとすると、他のすべての箱がくっついてくる。

一箱取り出すためには、箱と箱をつないでいるタイラップを切らなければならない。

タイラップはカッターやハサミで簡単に切れるがそれだけ時間がかかる。
つなげてなければ、一箱をすぐに持っていくことができる。

少しでも盗られにくいようにしているのである。


私は「昨日の今日だから、再び盗りにくることはないだろう」と思った。

しかし、盗難報告を受けていて今日も盗られたのでは店から文句を言われてしまう。

そこで、17時過ぎから閉店まで家電売場を見ることにした。


・18時半

20歳過ぎの若い男二人が家電売場にやってきた。

私は家電売場の隣にある書店から家電売場を見ていた。

私からコンポ棚までは15m。

コンポ棚は家電レジの後方3m。レジ係の死角となっている。


男の一人がカート置き場からカートを押し、レジの後を通ってコンポ棚に近づいていく。

もう一人の男は家電売場の角でレジ係と売り場内の店員を見ている。

見張り役である。


「コイツらだな…。」


私は書店から家電売場に入り、コンポ棚の前にいる男を監視する。

男はポケットからカッターナイフを取り出し、箱をつないでいるタイラップを切った。

そして、平気な顔をして一番上の箱入りコンポをカートに載せた。


男が辺りを窺うかがいながら、レジの後を通って慎重にカートを押していく。

男が向かっているのは書店の先にある出入口だ。


私は家電売場から書店に戻った。

カート男が書店にいる私の横を通りすぎ出口に近付いていく。

見張り男は家電売場から出て、カート男の後をゆっくりと歩きその背後を見張っている。


見張り男も私の横を通りすぎた。


カート男が出口ドアの前に立つ。

自動ドアが開く。

男はカートを押して風除室(ふうじょしつ)に入った。


スーパーマーケットの出口ドアは2~3m離れて二枚ある。

一枚だと、ドアが開いた時に店内に風が吹き込む。
これを防ぐためである。

このドアとドアの間を風除室とか風衝室という。


風除室は“店内”である。

もう一枚のドアの外が“店外”である。


しかし…、

男が風除室に入った瞬間、私は男をめがけて走っていた。

男はビックリして風除室の中で固まってしまった。


私『オイッ!金を払っとらへんやろ!』

男『これはお母さんに頼まれたものヤ…。コンポを買ったので持ってきてほしいと頼まれたンや…。』

私『事情は保安室で聞いてやる。とにかく来いや!』


男はカートに箱入りコンポを載せたまま、私と保安室へ向かう。

見張り男はもういない。


保安室でもカート男はしたたかである。
『お母さんに頼まれた。』を繰り返す。

挙げ句の果てには『店を間違った。』と言い出した。

男『えっ?ここは○店?△店じゃなかったの?お母さんが買った店を間違ったのかな…。』

その店は系列店であるが、この店から車で30分もかかる場所にある。


男が白状しなければ、男の「逃げ切り」となる。

男は店の外に出ていないからである。

男の窃盗故意を立証することができないのだ。

警察官を呼んでも男の言い訳が通ってしまう。男はそれを知っている。


私は男に一筆書かせてトラブルを避け、商品を売場に戻すことしかできなかった。


・時間は充分にあった


私は自分の未熟さを思い知らされた。

「なぜ、風除室の二番目のドアが開いて、男が店の外に出るまで待てなかったのか!
  距離にして2~3m。時間にして30秒。なぜ、それを我慢できなかったのか!」


原因は私の「興奮と緊張」にある。

・「昨日も盗っていった二人組を捕まえられる」という興奮。
・「見張り男に気づかれるかもしれない」という緊張。

これらが、脚のブレーキを外したのである。


私は研修生にこの事例話して、次のように教える。


「万引き犯を店外させる」ことは魚釣りの「合わせる」ことである。

・犯人が商品をバッグに入れたりカートに載せたりして出口まで来た。
・これは餌をつついている段階。
  ウキはピクピクと動いているが、ここで合わせても魚の口に針は引っかからない。

・ウキの動きをよく見て「合わせるタイミング」を待つ。
・「犯人が風除室から出た。まだまだ…。イチ、ニッ、サン…。今だッ!」
・思いっきり竿をしゃくる。

犯人の口には針がしっかりと食い込んでいる。
もうどんな言い訳も通らない。


そのときまで、自分の脚にこう言い聞かせる。

「犯人が店を出てからでも充分間に合う。
  犯人は店の外に出て、カートを自分の車の所に押していく。
  そして、車のドアを開けて商品を積み込む。
  時間は充分にある。」

自分の脚をなだめて、勝手に走り出さないようにするのだ。


もっとも、頭で理解することと体が動くことは別である。

頭が体をコントロールできるようになるためには経験を積むしかない。

「悔しい経験や苦い経験」をして体に覚えさせていくしかない。


・相手によっては誤認となった


この事例でラッキーだったのは、犯人ではなく私の方である。

私が風除室の男に声かけしたとき、

男が『なんや?俺は店の外にある自販機で缶コーヒーを買おうとしただけや!』と開き直ったら、誤認となっただろう。


「男が商品の箱と箱を結束しているタイラップを切ったこと」は男の不利にはならない。

自分で商品を選んで、それをレジに持っていき代金を支払うのがシステムだからである。


「男が商品をカートに載せてレジの後を通り風除室に入った」ことも男の不利にはならない。

彼は店外の自販機で缶コーヒーを買ってから、家電レジに行こうと思っていたからである。


しかし、男はとっさに『お母さんに頼まれた。』と弱気な言い訳をした。

私が凄い形相をして走ってきたので、腰が退けたのだろう。

この弱気な言い訳が私に幸いしたのである。


この二人組が前日のコンポを盗っていった二人組かどうかは分からない。

もしそうだとしたら、男に「昨日盗ったことも見つかってしまう」との弱みがあったのだろう。

この事案が“ヒヤリハット”で済んだのは私に“運”あったからだろう。

運がなければ誤認となった事例である。


つづく

 





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