SPnet私服保安入門
(2)万引き犯人を店内に戻すな。 戻せば万引きでなくなる。
犯人に声かけすると犯人は、
『ゴメン、ゴメン。すぐに払うから。』と言って強引に店内に戻ろうとする。
これに押されて犯人を店内に戻したら大変なことになる。
ましてや、犯人に金を払わせたら“誤認”となってしまう。
犯人が店内に戻って金を払うと、手のひらを返したように大声を出す。
『おいッ!警備員!俺は最初から金を払うつもりでいたンだ!
ちょっと外の天気を見にいっただけだ!
それを万引き扱いしやがって!この店は客を万引き扱いするのか!店長を呼べ!』
私服保安は犯人に隙を見せてはいけない。
相手はこちらの器(うつわ)を見て動いているのだ。
店内に戻ろうとする犯人には、こうぶちかます。
『そんなことができると思っとるンか!ここまで出たら立派な万引きじゃ!
金を払うのは、お前が警察から帰ってきてからじゃ!
俺は万引きを捕まえてメシを食っとるンじゃ!その辺のボンボンと一緒にするな!』
場数を踏んでいなければなかなか言えないことである。
初心者私服保安はヤクザ映画を観て充分に練習しておこう。
(3)犯人の言い訳を予測しておけ 相手を甘く見るな
犯人は出口を出るときに躊躇する。
出口を出ても、そこで足を止めて回りの様子を確認する。
・出口を出てベンチに腰をかけ、『あ~、疲れた。』と時間を稼ぐ者。
・たばこに火をつけて、ゆっくりと回りを見渡す者。
犯人は遠くまでしっかりと見ている。
「商品を盗るときのキョロキョロ」のように「単に心配だからする動作」ではない。
犯人にとって、ここが最後の関門だからだ。
このとき私服保安はどこにいるのだろうか?
犯人が走り出しても、捕まえられる位置にいる。
3m以内にいるのが普通である。
・後ろで犯人のポケットの中を覗いていることもある。
・たばこを吸いながら犯人と世間話をしていることもある。
・後や隣にいるとは限らない。前方の縁石に腰をかけていることもある。
万引きはこの私服保安を見つけようと真剣である。
どっこい、こっちはプロである。そう簡単には見つからない。
私服保安は余裕タップリ。あと10mの辛抱である。
しかし、安心してはいけない。
犯人が“隠し玉”を準備していることがある。
・事例16.犯人は“見え見えの手”を使った
他警備会社の事例である。
担当店の系列店の事例である。
報告書によるもので私が経験したものではない。細部は創作である。
大型スポーツショップに中年男性が入ってきた。
手には何も持っていない。
私服保安が男の監視を始めた。
男は「紺色のブランドジャージ上下」をハンガーから外した。
そして、そのジャージを持ったままスポーツバッグコーナーへ行った。
男は商品棚に展示してある「黒いビニール製のバッグ」を床に下ろした。
そして、その中に今持ってきたジャージ上下を詰めた。
私服保安がこれを現認。
男はバッグのチャックを閉め、それを肩にかけて立ち上った。
私服保安は笑い出しそうになった。
男が肩にかけたバッグに「商品エフ・値札」が3枚くらい付いているのだ。
商品エフや値札を付けたまま店外すれば、「盗ったこと」が見え見えである。
男は売場の中央に進み、他の商品を品定めしている。
商品など見ているはずがない。自分を誰かが監視していないかを確かめているのだ。
私服保安は「そろそろ出るな…。気づかれてはマズい…。」と男から離れた。
このスポーツショップの出入り口は一つしかない。
出入口の前にはカウンターで囲ったレジがある。
客はこのレジの両側から出入りする。
男がショップを出るためには、ここを通らなければならない。
私服保安は先に出て、出入口で男を待っていればよい。
男が売場の端を通って出入口の近くにやって来た。
男の肩には膨らんだ黒いバッグ。
そしてバッグにはエフと値札。
レジには客が四人並んでいる。
レジカウンター内の係員は三人。
二人はレジを打ち、一人はプレゼント包装をしている。
男は出入口前でポケットからケイタイを取り出し、
『もしもし…、もしもし…、△△××…。』と話し始めた。
私服保安は「見え透いたことをするなよ…。」と余裕である。
男がケイタイを耳に当てたまま、レジ横を通りスポーツショップから出た。
レジ係の一人が男を見た。
私服保安はそのレジ係に目で合図して男の後を追った。
このスポーツショップはショッピングセンターの一番端にある。
スポーツショップから出れば、すぐにショッピングセンターの建物出口だ。
男はケイタイを耳に当てたまま建物出口を出た。
そして10m進んだ。
私服保安は男を呼び止めた。
保『チョット、チョット!お客さん。
見え見えじゃないですか!お金を払っていないでしょう?』
男『…。あんた、誰?』
保『私はスポーツショップの保安係ですよ。
あなたはジャージ上下をそのスポーツバッグに入れたでしょう?
お金を払っていないじゃないですか!そのバッグも払っていないでしょう!』
男『あっ!そうだった、そうだった。ゴメン、ゴメン。すぐに戻って払うから。』
保『そんな言い訳は通りません!もうここまで来たら立派な万引きです。とにかくチョット来てください。』
男『分かった、分かった。おっかないなぁ。行けばいいんだろう…。』
私服保安と男はスポーツショップのレジに戻ってきた。
レジ係がこちらを見ている。
「男が出ていく」のを見たレジ係だ。
私服保安はそのレジ係に頷いた。
レジ係も事情を察して頷いた。
男はレジの前でこう言った。
『ここで払えばいいンだろう?』
保『お金を払うのは手続が済んでからです。事務所の方へ来てください。』
男『なぜそんな所に行かなければならないの?』
保『あんた、いい加減にとぼけるのは止めなさいよ。
店のジャージを店のバッグに詰めて金を払わないで出ていったら、誰が見ても万引きだよ!
ケイタイをかけるふりなんかして、見え見えだよ!』
男『さっきから「盗った、盗った」と言うけれど、俺はケイタイをかけるために建物の外に出ただけだよ。
店内で友達に電話をかけたら、つながらなかったンだ。
それで、電波のよく届く所に出ただけじゃないか。
そんなことをしただけで万引きになるのか?』
私服保安と男は水掛け論。
私服保安は警察に連絡。
警察官が来ても男の主張は変わらない。
警察官は「男の出ていくところを見た」レジ係に事情を聞いた。
レジ係『たしかに、その男の人はケイタイを耳に当てて店を出ていきました。』
これで男が有利になった。
「ケイタイをかけるために店外した」という言い訳が真実味をおびた。
「男がバッグのエフ・値札をつけたまま店外したこと」も有利になった。
盗るつもりなら、値札やエフは取り外してしまうからである。
私服保安は警察官に「男のケイタイの発信履歴を調べてくれ」と頼んだ。
「男はケイタイをかけるふりをしていた」だけだからだ。
しかし、警察官にそれをする権限はない。
警察官は現行犯逮捕のあと、犯人の持ち物を令状なしで捜索・押収・検証することができる。
しかし、それは被疑事実に関するものだけである。[※第八章-Ⅰ-(4)-(ハ)-⒝]
男のケイタイは万引きには関係ない。
もし警察官がこの男を万引きで逮捕しても男のケイタイを調べることはできない。
※憲法35条1項「「住居侵入・捜索・押収に対する保障」と刑訴法218条1項「令状による捜索・差押・検証・身体検査」
その例外・刑訴法218条2項・刑訴法220条(選任のための法律知識第1講)
この事案で警察官の出した判定は…。
『私服保安が誤認逮捕をした。』というもの。
私服保安と店長は男に謝罪し、誤認逮捕事案として関連警備会社に報告された。
私服保安に「喝」!
・言い訳を通し切った男の度胸に「あっぱれ」!
「男がケイタイをかけて店外した」のを、単なるカモフラージュと甘くみた私服保安の負け。
男の“隠し玉”を予測できなかった私服保安が未熟。
この場合は、男が車に乗り込もうとするまで待てばよかったのである。
そんなことよりも「こんな万引き犯に押し切られた私服保安」が弱すぎる!
つづく