SPnet私服保安入門
(4)万引き犯へのお願い「商品を戻しても捕まらないよ!」
万引き犯が店外して慎重に辺りを窺(うかが)う。
「ゲッ!私服保安がいるぞ。」
私服保安が風除室からライオンのような眼を向けていたのだ。
a.商品を袋やバッグに入れるから戻しにくい
このあと万引き犯はどうするだろうか?
三つのタイプに分けられる。
・①.店内に戻ってレジで支払う。
・②.店内に戻って商品を棚に戻す・そのまま売場に放置する。
・③.店内に戻って私服保安に見つからないように商品を戻そうとする。
その場に商品を置いてそのまま逃げて行く者や、
『逃げろッ!』と商品を持ってダッシュする者はほとんどいない。
※事例2 はアッパレ
①,②,③ のどれをするかは、「商品が外から見えているか、見えていないか」によって決まる。
「商品が外から見えている」とは「商品をカートや店内カゴに現物のまま入れている」場合である。
「商品が見えていない」とは「商品をポケットやバッグに入れている」・
「商品をレジ袋や段ボール箱に詰めて、それをカートに載せている」場合である。
商品が見えている場合は ① か ②。
商品が見えていない場合は ③ である。
なぜ、こうなるのだろうか?
それは、
商品が見えている場合は、商品を戻したりレジへ行ったりしても「盗ろうとしていた」ことが分からない。
商品が見えていない場合は、商品を戻したりレジで支払ったりするためには、商品をポケットやバッグから取り出さなければならない。
商品をポケットやバッグから取り出したら、「盗ろうとしていた」ことが分かってしまうからである。
商品を売場に放置する場合も同じことが言える。
店内カゴやカートに商品を現物のまま入れている場合は、それを売場に放置しても「盗ろうとしていた」ことは分からない。
そんな客はたくさんいるからである。
たとえば、
・『やっぱり買うのは次にしよう。商品をいちいち元の所へ戻すのは面倒だな…。ここに置いておけば店員が元の所に戻すだろう。』
・『あっ!財布を車に忘れてきた。取ってこなければ。カートを押して車まで行ったら万引きになってしまう。
少しの間だからここに置いておこう。』
しかし、商品を入れたバッグ放置したり、
レジ袋や箱に詰めた商品をカートに載せたまま放置したりすると、「盗ろうとしていた」ことが分かってしまう。
『なぜ買ったものを売場に置いていくの…。
えっ?もしかして、あの中に買っていない商品が入っているの?』と思われてしまうからである。
だから、万引き犯が「商品を見えなくして」店外しようとしたが、私服保安の尾行に気づいた場合は大変である。
犯人はピッタリと私服保安に尾行されている。
商品を取り出して戻すことはできない。放置することもできない。
商品を取り出せないからレジで支払うこともできない。
万引き犯は必死になって私服保安を巻こうとするのである。
次の事例で犯人の「困った状態」を感じてほしい。
なお、この場合に「万引き犯はどうすればよいのか」については下のアドバイスに従おう。
・事例17.『お客さん!忘れ物ですよ!』を必死に否定する男
22時頃。食品売場の客はまばらであった。
「ん?」
商品棚の前で、作業服姿の男が通路に背を向けてゴソゴソしている。
私は後から覗き込んだ。
男は店内カゴを床に置いて、その中の商品をクシャクシャのレジ袋に詰めている。
私は現認していないので、男がこのまま店外しても捕まえることはできない。
「それにしてもトロイ万引きだなぁ~。ちょっと驚かせてやるか。」
私は男のすぐ後に立った。
男は商品を袋に詰め終わり、それを持って立ち上がった。
そして、後にいる私の気配を感じた。
男が振り向く。
そこには、「キスをする位置」に私の顔がニッコリとしていた。
『ギャア~!』
男は手に持っていた袋をその場に落とし、足を絡ませて逃げ出した。
ここで終わらせないのが意地悪な私である。
私は男が置き去りにした「商品を詰めたレジ袋」を拾って彼を追いかけた。
そして、男の後から大声で叫んだ。
『お客さん!お客さん!忘れ物ですよ! いま、お客さんが袋に詰めていた商品を忘れていますよ!』
男は後を振り向いて、自分の顔の前で「違う!違う!」と手を横に振る。
私は叫びながら男を追い続ける。
店内の客が我々に好奇の目を向ける。
男は食品売場から 50~60m 離れた靴売場出口まで、必死に「違う!違う!」を繰り返して走り出ていった。
男の置き去りにしたのが、店内カゴに入れた現物のままの商品だったら、こんな意地悪をされなくて済んだのである。
b.店外10mまでは店内
私服保安から見れば、犯人が商品をレジで支払っても、商品を売場に戻したり放置したりしても同じである。
その評価はまったく変わらない。
私服保安にとって、「店外10mまでは店内」だからである。
店内であれば、客が手に取った商品を戻すのは自由である。
また、客が商品をレジに持っていく方法に制限はない。
手で持っていこうと、ポケットやバッグに入れて持っていこうと自由である。
「店外10mまでは店内」だから、
犯人が商品をポケットやバッグから取り出しても、それを売場に戻しても、私服保安は文句を言わない。
戻す場所が分からないのなら、売場のどこかに置いておけばよい。
それを元の所に戻すのは店員の仕事である。
「盗るつもりだった」のだから、無理して買わなくてもよい。
レジで支払っても、「これから先“要注意人物”としては私服保安にマークされる」のは同じである。
「盗るつもりだった」から、高価な商品・たくさんの商品を選んだのだろう。
お金も充分に持っていないはずだ。
不必要なものを仕方なく買ってもらっても、「お客様第一」の店としては嬉しくない。
万引き犯は、変な気をつかわずに商品を戻していけばよいのである。
ただ、売場に置き去りにされた商品には、売場に戻せるものと戻せないものがある。
放置されたことによって品質が落ちている可能性があるし、異物混入の危険があるからだ。
どの店でも、放置された野菜・肉・惣菜・パン・菓子等などはすべて廃棄となる。
つまり、放置された食品のほとんどが廃棄されるのである。
また、パッケージが壊れている場合は、商品価値がなくなるので廃棄しなければならない。
廃棄すれば店の損失となる。
このような点から、万引き犯が商品を放置しようとしたときに、
店員から『後でお買い上げされるのなら、取り置いておきましょうか?』と声をかけられることがある。
そんな場合は、『すぐ戻りますから、いいです。』と答えておけばよい。
店員はそれ以上のことは言わない。
ただし、私服保安はそんなことを絶対に言わない。
私服保安がそれを言えば、相手から『万引き扱いをした。』とクレームをつけられるからである。
万引き犯が私服保安に見つかったときは、安心してその商品を売場に戻したり放置したりすればよいのである。
c.厄介な“気の小さい万引き犯”
万引き犯は上に説明した「私服保安の本心」を知らない。
そこで、「店内に戻って私服保安に見つからないように商品を戻そうとする」のである。
これは、万引き犯が売場で商品をポケットやバッグに入れた後、私服保安の監視に気づいた場合も同じである。
私服保安にとってこのような万引き犯が一番厄介である。
それは、私服保安には「万引き犯が、商品を戻していくのか盗っていくのか」が分からないからである。
それが分かるまで、尾行・監視を続けなければならないからである。
「商品を戻せばそれで終わり」なのに、
万引き犯は「商品をポケットやバッグから取り出したら、捕まってしまう。このまま店を出ても捕まってしまう。」と思い込んでいる。
そして、抜き差しならない状態になるのである。
私服保安の方が面倒くさくなって、万引き犯に『商品を戻していったら?』と言う場合がある。
しかし、この言葉に安心して商品を戻してはいけない。
私服保安が万引き犯に声をかけたら、絶対にそのままでは終わらない。
犯人をそのまま帰したのでは、後から『万引き扱いされた。』とクレームが来るからだ。
犯人が私服保安の『戻したら?』に安心して商品を戻すと、保安室へ連れて行かれ、万引き処理手続をして「警察渡し」どなる。
だから、私服保安が『戻したら?』を言う前に、盗った商品を戻さなければならない。
『なあ~ンだ!見つかったのね♡』と商品をポケットやバッグから取り出して置いていけばそれでよい。
私服保安は笑顔で見送ってくれるはずだ。
なんやかと言ってくる私服保安がいたら『俺万引き扱いするのか?責任者を呼べ!』と噛みついてやればよい。
そんな「アマチュア私服保安」に私服保安を名乗る資格はない。
ただし、その商品の外箱やパッケージを破って商品価値をなくした場合は別である。
その場で器物損壊罪の現行犯で捕まってしまう。
器物損壊罪に「店外10m原則」は適用されない。
店外10m原則は「スーパーマーケットの代金清算システム」から考え出された「窃盗故意立証」のためのものである。
器物損壊罪とは関係ないのである。
このような場合は、買っていくしかないだろう。
次では、ポケットやバックの中から商品を取り出せない「気の小さい万引き犯」の方のために、「したたかな置き去り」を紹介しよう。
つづく