SPnet私服保安入門
・事例18.:常習犯は平気でここまでやる
新人の頃の話である。
その日は担当店とは別の店に入っていた。
15時。私は「遅い昼食をとろう」と食品売場に弁当を買いに行った。
肉コーナーに、カートを押した35歳位の女性がいた。
その女性が冷凍チキンを何袋か「ドサッ」と店内カゴに入れた。
「寮の賄い(まかない)でもしているのかなぁ…。」
女性は、次にパック入りハムを何袋か無造作にカゴに投げ入れた。
ハムは奥の方から取った。
「奥の方にある製造年月日の新しいものを選ぶのは買う気があるからだ。」
こう教えられていたが、値段を確認せずに無造作にカゴに入れるのが気にかかった。
女性を暫く観ていると、あちらこちらで「ドサッ、ドサッ」を繰り返す。
私は弁当を諦めて、彼女を尾行することにした。
女性は、農産出口からカートを押して食品売場を出た。
そして、レジ列に沿って進み「お客様用段ボール箱置き場」でカートを止めた。
どこの店でも食品レジに「使用済み段ボール箱」が積み上げてある。
客は、必要ならこの箱に商品を詰めていくのである。
女性はここで大きな段ボール箱を手に取り、近くの“サッカー台”にカートを着けた。
“サッカー台”とはレジの外にある「商品を詰める台」である。
彼女はカートの中の食品を段ボール箱に詰め出した。
“カゴ抜け”である。
私は3m離れた写真屋で品定めのふりをして女性を監視する。
彼女はトレーのラップを破って、中身をサッカー台に備え付けてあるポリ袋に入れていく。
手慣れた様子で中身をポリ袋に詰めては、それを段ボール箱に放り込む。
不要になったトレーはサッカー台のごみ箱に投げ入れる。
女性がカートの食品を全て段ボール箱に入れ終えた。
そして、その段ボール箱をカートに載せてサッカー台を離れた。
彼女が出口に向かっていく。
出口までは15m。
私は女性が店外するのを待った。
出口一枚目のドアが開き、彼女は風除室に入った。
私は2m離れたタバコ自販機の前にいる。
「もう一枚のドアを通れ!」
しかし、女性は風除室で立ち止まった。
私には気づいていないはずだ。
私の気配を感じたのだろうか。
女性は風除室から店内にカートを押して戻ってきた。
そして、足早にレジ列に沿って食品売場を抜けた。
「まだ大丈夫。気づかれていない。」
私は慎重に後を追った。
女性は、H&BC 前のバレンタイン催事場に入った。
そこで、チョコレートを品定めするふりをする。
私は彼女の近くの棚に隠れた。
ここで女性が私に気がついた。
彼女はカートをその場に置いて催事場を離れた。
多分、女性は戻ってこないだろう。
しかし、戻ってきてカートを押して店外するかもしれない。
私はここを離れることができない。
私は警備室に連絡して、サッカー台のごみ箱から女性の捨てたトレーを回収してもらった。
そして、彼女が戻ってくるのを待った。
10分しても彼女は戻ってこなかった。
私は総務課長に指示を仰いだ。
総務課長は食品mgrと相談して、置き去りにされた商品を冷蔵庫へ一時保管した。
私は、催事場係員に次のように頼んでおいた。
『置き去りにしたカートを取りにきた客がいたら、
「冷凍食品や生ものがあったので、保管してあります。」と告げて、すぐに警備室に連絡してほしい。』
そして「万引き未遂」として書類を作った。
チキン・ハム・ボイルホタテ等、56点・24422円。
もちろん、女性は戻ってこなかった。
翌日、商品はすべて廃棄された。
・追加説明
私の対応を不思議に思うだろう。
・女性がトレーを破って、その中味をサッカー台備え付けのポリ袋に詰めた。
・そして、トレーをごみ箱に捨ててその場を離れた。
・それならその時点で「支払う意思なし」と判断できるじゃない。
・「店外10mを待たないで捕まえられる」場合じゃないの?
その通りである。
しかし、私は私服保安になったばかりであった。
その当時のリーダーは“叩き上げ”の職人女性私服保安で、『何が何でも“店外10m”!』と指示していた。
私はその指示に忠実に従って「女性が店外する」のを待っていたのである。
この事例の後、私は「店外10m原則」に疑問を感じた。
そして、これを法律的に見直した。
今なら、女性が店外するのを待たずに「女性がサッカー台を離れたとき」に捕まえたであろう。
★2020.05.追記
「釣り落とした魚は大きい」と言うが、この事例と 事例11.オバサンが突然消えた は今でも残念である。
昨今の「万引きのいつまでたっても小蠅化」・「骨のある万引きの絶滅」、20年前とは大違いである。
私服保安稼業は「大きな万引きがいて」こそやりがいがある。
メダカしかいない釣り堀に糸を垂れていても面白くもなんともない。
ハマチやカジキを釣り上げていた頃はもうし戻ってこないのか?
つづく