SPnet私服保安入門


        
(2)声かけしたら商品を手放させるな

 




犯人が盗った商品を捨てるのは、逃げるとき・逃げている途中だけではない。

声かけされたときや保安室へ同行してときにも捨てることがある。


たとえば、

・犯人の車の前で声かけする。
  いろいろ言い合っているとき、犯人が持っていた商品を車の下に捨てる。
・おとなしくなった犯人が、保安室へ行く途中で商品を捨てる。

これらを私服保安が気づかないことがある。

私服保安が保安室で「犯人が商品を持っていない。」と気づいても“後の祭り”である。


私服保安と犯人は次のような押し問答となる。

保『あんた、俺が捕まえたときにはちゃんと盗った商品を持っていたし、それを盗ったことも認めたじゃないか!』

犯『俺は盗ってもいないし、そんなことも言っていない。
    あんたが「盗った、お前が盗った。」としつこく言うので、身の潔白を証明するためにここへ来たンじゃないか!
    さあ、どこに俺の盗った商品があるンだ!』

こう開き直られたら、私服保安の負けである。

犯人が開き直らなくても、被害品がなければ警察は相手にしてくれない。


警察が問題にしないのなら、犯人の態度はでかくなる。

私服保安と店は犯人に謝って、犯人の機嫌を損ねないようにしなければならない。

犯人が許してくれた(?)としても、店に頭を下げさせた私服保安は「お役御免」となってしまう。

犯人が許してくれなければ、誤認逮捕や人権侵害問題に発展してしまう。


『実際にはそんなことは起こらないだろう。そんな“図々しい万引き”はいないだろう…。』

こう思われている方に実例を紹介しよう。


・事例22.犯人に商品を戻されて誤認逮捕となった私服保安


Fは独り立ちして間がない男性私服保安であった。

男性私服保安には「外見上の怖さ」が必要である。
ゴツイ体・悪い人相・ドスの効いた声…。

これらは持って生まれたものもあるが、歳をとればそれなりに備わってくる。
また、場数を踏めば犯人をしり込みさせる凄味も漂ってくる。

気の毒なのは「坊ちゃん顔」の若い新人私服保安である。

Fはそんな私服保安だった。


Fは2F玩具売場で50歳過ぎの男に目をつけた。

「もし、飲み屋街ですれ違ったら、目を合わせてはいけない」ような男だ。

しかし、Fは先輩私服保安の言葉をかみしめていた。
『私服保安はどんな相手にも臆してはならない。』

それに、Fは「独り立ち」してからまだ検挙がなかった。

「今日が初手柄になるかもしれない。」

彼の気持ちは高ぶっていた。


・現認


男がぬいぐるみコーナーから、大きな白い熊のぬいぐるみを手に取った。

この商品は今日入荷したばかりである。
Fは「店員がそれを売場に並べる」のも見ている。

また、男の取り上げた白い熊には商品エフ・値札が付いている。

「ハメコミ」の危険はない。


男はその熊を両手に抱えて、平気な顔をして玩具売場から出ていった。

通路を平然と歩く男。その後をFが追う。

男が紳士服売場まで来た。


紳士服売場の先には立体駐車場への出口がある。

Fは考えた。
「男はこの先の出口から立体駐車場に出て、車で逃げるのだな。」

Fの思った通り、男はその出口へ向っていく。


Fは紳士服売場に身を隠した。
「落ち着け。男に気づかれると商品を戻される。男に見つかってはいけない。」

男は辺りを窺うかがって、店外するチャンスを待っている。

Fはワクワクしていた。
「初検挙だ。」

もうFの中から「コワモテノ男への恐怖心」は吹き飛んでいた。


・店外


出口の自動ドアが開いて男が立駐へ出た。

Fが男の後を追う。

男は熊のぬいぐるみを抱えたまま、15mくらい先に停めてある車へゆっくりと歩いていく。

男が車に到着した。


Fは男に声かけをした。


F『お客様、すいませんが…。そのぬいぐるみのお代金をまだいただいていないのですが…。』

男が振り向いた。


男『何のことや?お前は誰や?』

F『私はこの店の保安係です。これが身分証明章です。』

「マニュアル通り」にことが進んでいく。

Fはほっとした。
「そんなに怖がることもなかった。案外、簡単にいったな。」


・逆襲


しかし、男はFを観察していた。
「こんな“あまちゃん”なら押し切れるな…」


男『このぬいぐるみのことか?』

F『その通りです。お客様はそれを玩具売場で手に取って、ここまで抱えてこられました。』

男『その通りや。それがアカンのか?』


F『お代金をいただいていませんので…。そんなことをしていただくと困るのです…。』

男『金は今から払うンや!俺は車の中の孫にこれを見せにきただけやないか!』

F『…。でも…。お車の中には誰もいませんよ…。』

男『孫と娘を待たしとったンや!そんなことワシが知るか!』


F『…。そんなことをおっしゃられても困ります。とにかく、私と一緒に保安室まで来てください。』

男『なんで、そんなところへ行かナならンのヤ!お前、俺を万引き扱いするのか!』


F『…。』

Fは男の大声に戸惑った。

こんな事態を想定していなかったからだる。


男はFの動揺を読み取った。

男『そうか、そうか。それは悪かったのう。熊を返せばええンやろ!』

F『そ、そんなことはできません。』

男はFに構わずに、熊を両手に抱えて店内入り口へと歩いていく。

Fはどうしていいのか分からない。

男の後から『待ってください。待ってください。』を繰り返す。


男は店内に入り、通路をドンドン歩いて玩具売場へ行き、ぬいぐるみコーナーに抱えてきた熊を戻した。

そして、後ろで困っているFにこう言った。


男『おい!お前!俺を万引きだと言ったな?どこにそんな証拠があるンや!』

F『でも…。…。お客さんは…、熊のぬいぐるみを両手に抱えて…、駐車場に出たじゃないですか…。』

男『お前!夢でも見とったンと違うか?俺はそんなことをしていないゾ!』


売場係員が騒ぎに気づいて店長を呼んだ。

店長が駆けつけてくる。

男が店長に食ってかかる。

男『何もしていないのに、コイツが俺を万引き扱いした。』

Fは必死に言い訳をする。

F『このお客さんが、ぬいぐるみを棚から両手で抱えて駐車場の車の所まで運んでいったンです…。』


店長はFの言う通りだと思うのだが、男の方に分がある。

男はぬいぐるみを持っていないからだ。

これ以上男を怒らせると問題が大きくなる。

店長は男に謝り。Fにも謝らせた。


しかし、これだけでは済まなかった。

男が騒いだので「誤認事件」に発展してしまった。

結局、警察OBが間に入って男は矛を収めた。

もちろん、Fはこの店から外された。


※備考

Fは研修期間を終えただけの新人私服保安である。
研修期間終了の新人私服保安には
「万引きを捕まえる前に指導私服保安に状況を説明して検挙許可を得る」というルール(※事例5)は、
私がリーダーになってからのことで、当時は新人私服保安にこの検挙制限はついていなかった。

しかも、この事例は単品である。

それよりも、問題はFが男を店内に戻したことである。
男が店内に戻ろうとしたときに、『なにを言うとんジャッ、ボケ~ッ!』と男を組み伏せて逮捕すればよかったのである。
すくなくとも「そんな事態になるぞ」という気迫が足りなかったのである。


つづく

 





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