SPnet私服保安入門


        
4.立ち合い負けするな

 




万引き犯は、声かけした私服保安の心の内を読み取る。

事例22がよい例である。
事例22.声かけ後、商品を戻されて誤認逮捕

万引き犯に声かけしたときに私服保安に「臆するところ」があると、相手は一気に押し返してくる。

犯人が犯罪慣れしていればしているほどこの技術を持っている。

声かけ・逮捕は「相撲の立ち合い」と同じだ。

一瞬の気後れが命取りになる。

立ったら、思いっきりぶちかまさなければならない。


(1)立ち合い負けの例


・事例23.『こんな“アヤをつけられた”ものなんかいらん!』 一瞬の気後れを読まれる


私服保安研修生は、最初にベテラン私服保安に付いて実務研修を受ける。

研修終了前になると、各店の指導私服保安の下で仕上げをしていく。

私は独り立ちして半年位だったが、私の担当店にも研修終了前の私服保安がやってきた。


研修生には実際に万引きを検挙して見せることが一番よい。

「慎重な目・検挙度胸・事後手続の流れは」実戦の中でこそ身につくからである。

私の下での研修は三日間。その日が最終日だった。

しかしこの二日間、私は検挙どころか不審者も見つけていない。

私は「今日は何とか検挙しなければ…。」と焦っていた。


・現認


20時頃。

私は研修生と分かれて2F玩具売場にいた。

玩具売場の向かいには紳士下着売場がある。

ここに30歳くらいの男がやってきた。


男はカゴ置き場から店内カゴを取り、高額下着コーナーに行った。

“二枚入り”やハンガーに掛かっているような安物下着ではない。
一枚一枚が包装され、それらしき横文字の名前がついている値の張る下着である。


男は半袖下着の棚から無造作に4袋をカゴに入れた。

「愛用の下着か…。」

しかし、あまりにも無造作である。

私は男を監視することにした。


男が同じ銘柄のブリーフ4袋をカゴに入れる。

これも無造作だ。

「盗るかも知れない…。」


私は研修生を呼び寄せることはしなかった。

「もう少し確実になった段階で連絡しよう。」と思ったからである。

男は下着の入ったカゴを持って台所・風呂用品売場へ向かった。

そこで、ブランドスポーツタオル3枚をカゴに投げ入れた。

そして、小型のバスマットを棚取りし「二つに折って」カゴの上に置いた。


「?」


男は今まで下着やタオルを無造作にカゴに入れていた。

なぜバスマットだけていねいに二つ折りしたのだろう。

「それでカゴの中の商品を隠している」ようである。


男の歩くスピードが遅くなった。

レジに行く様子はない。


私はここで研修生に連絡した。

しかし、電話がつながらない。

なぜか“ここ一番”のときには研修生と連絡がつかないのが通常だ。


・店外


男が台所用品売場から通路に出た。

そして、右手に商品の入ったカゴを下げて平然と2F専門店街出入口に向かっていく。

男がスーパーマーケットゾーンを出て専門店街へ入った。


専門店街に入ると、すぐ横にエレベーターと階段がある。
このショッピングセンターでは1F・2Fが店舗、3Fから上は立体駐車場となっている。

男はカゴを持ったまま階段を上がっていく。

上に店舗はない。3Fの立体駐車場だ。


私は男を追って声かけした。

彼はまだ階段を5段くらいしか上がっていなかった。


私『チョット待って!あんた、金を払ってないやろ!』

男はカゴを持ったまま振り向いた。

男『なんや?お前は。』

私『この店の保安係や。』

男『俺はまだ買い物の途中やゾ。』


私はこの言葉で「店外10mに達してなかったか…。」と思った。

男はこの私の「一瞬の不安」を見抜いた。


男『なんや!こんな“アヤをつけられた”ものなんかいらんワ!』

男は商品の入ったカゴを私に押しつけた。

男はそのまま階段を上がっていく。

私は男に渡されたカゴを持って、後を追いながら大声で叫ぶ。


私『おらっ!待たンかい!ここまで来たら立派な万引きじゃっ!△□△◇!』

男は私を無視して立駐へ出た。

そして、すぐ近くに停めてあった車に乗り込んだ。


私『おい!車のナンバーを控えたぞ!警察に連絡するからな!』

しかし、男は平然と車を発車させた。


今ならこんなヘマはしない。

男が立駐に出るまで待つことができる。

「店外10mに達しないでも」犯人を言い負かすことができる。

また、犯人からカゴを受け取ることもしないし、車に乗り込もうとした男を組み伏せて捕まえることもできる。


しかしこのときの私と男では、男の方が“上”だったのである。

私は立ち合いで一瞬の気後れをした。

男は私を仕切り線から後ろへ押し下げた。

そして「押し切れる」と感じ、一気に私を土俵外へ押し出したのである。


これは「立ち合い負け」の事例であるが、次の事例は「立ち合い負け」というより「立てなかった」場合である。


つづく

 





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