SPnet私服保安入門


        
(2)女性私服保安はたいへん

 




『声かけした以上、何が何でも捕まえろ。絶対に逃がすな。逃がしたら誤認となるゾ!』

私はこのことを研修生に徹底的にたたき込む。


犯人を逃がすと、商品を取り返すことができない。

犯人が逃げるときに怪我をしたり事故にあったり、一般客に怪我をさせたりする危険がある。

それだけではない。

逃げた犯人が『万引き扱いされた。』と文句を言ってくる。


私服保安が万引き犯に声かけする。

犯人に逃げられる。

翌日、その犯人が『万引き扱いされた。』と文句を言ってくる。

子どもは、「万引きしたこと」が発覚するのを恐れて親にウソを言う。

それを親が真に受けて文句を言ってくる。


商品を持っていった犯人は文句を付けてこない。

文句を付けるとヤブヘビになるからだ。

商品を持っていけなかった犯人が文句を付けてくる。

「盗れなかったこと」が悔しいのであろう。


電話で文句を言ってくる“弱虫”も多い。

商品を持って逃げ、それをどこかに置いて戻ってきて文句を付ける図々しい犯人もいる[※事例38


犯人を捕まえていないのだから、「犯人が万引きをした」ことの証拠も証人もいない。

逃げた犯人が文句を付けてきたら、それが通ってしまう。

犯人に声かけしたときは絶対に捕まえなければならないのである。


また、犯人は抵抗するときに物凄い力を出す。

75歳の老女が若い私服保安を突き倒すこともある。

警察OBから助言をされたことがある。

『捕まえるときは相手の2倍の力が必要だ。』


犯人を捕まえることは、屈強な男性私服保安でも「それ相応の覚悟」が必要となる。

ましてや、体力に劣る女性私服保安は「決死の覚悟」ある。


ある女性私服保安は太ったオバサン万引きの腹にしがみついて、引きずられても絶対に離さなかった。

その女性私服保安は、食ってかかる女性万引きを大声でどやしつけた。

そして、それを見ていた店関係者に「あそこまでする必要はないのではないか。」と店内会議で非難された。

A『そんなこと、ここで言わなくてもいいじゃないですか…。』


女性私服保安はブルテリアやスッポンでなければならない。

食いついたら絶対に離れないのだ。


・事例25.“150㎝女性私服保安”VS“180㎝・90㎏男”


Eは独り立ちしたばかりの女性私服保安である
事例9.「中断のあったこと」を忘れている新人

「身長150㎝・体重40㎏程度」のメガネをかけた小柄な女性である。


その日は同じショッピングセンターに私・Aさん・Eが勤務していた。

私は1F北端のスポーツ店。Eは2Fの書店。Aさんは南端のスーパーマーケットである。


Eから私に連絡が入る。


E『前に漫画単行本をシャツの下に入れていった男が来ました。』

要注意人物としてマークしている男である。
以前にEと私が現認不足で見送ったこともある。

男は40歳前。
「怠け太り」のようだが、180㎝・90㎏くらいはある。


私『一人で捕まえるのは苦労するから、現認したらすぐに連絡して。』


5分後Eから連絡。

E『前と同じように単行本5冊をシャツの下に入れて店を出ました。』

私『すぐに行くから男を追え!』


私はスポーツ店から出て2Fの書店に走った。

書店近くにEの姿はない。

前に男を見送ったときには、男は書店を出てエスカレーターで3F立駐に出た。

常習万引きの手口と逃走経路は変わらない。

私は書店の近くにあるエスカレーターで3F立駐に急いだ。

しかし、ここにもEと男はいなかった。


私はEに連絡した。

私『逃げられたのか?』

E『今!今!エスカレーターで1Fに降ります。走って逃げています!』

「スーパーマーケットのエスカレーターのことだな。」

私はスーパーマーケットの1Fに急いだ。

しかし、そこは平穏だった。


再びEに連絡。

Eのケイタイに出たのはAさんだった。


私『捕まえたのか?』

A『今、皆で保安室に連れてきました。』

私はスーパーマーケットの保安室へ向かった。


保安室の机をはさんで、例の大男とEが座っていた。

男はうなだれ、Eは「運動会帰り」のように上気していた。


私『ブツは?』

A『犯人が逃げるときにシャツの下から落としたそうです。』

私『すぐにサービスカウンターに電話して、落とし物として届いていないか確認!』

「男が盗った商品」がなければ誤認逮捕となってしまう。


商品はサービスカウンターに届いていた。

Aさんがサービスカウンターから「単行本5冊・靴の片方・壊れたメガネ」をもらってきた。


私はAさんに尋ねた。

私『この靴は何?』


Eが答えた。

E『私の靴です!』


Eの足元を見ると、片方の足に靴がない。


私『すると、このメガネもそう?』

E『そうです!』


・状況


状況は次のようなものだ。


・男は書店を出て、Eの尾行に気づいて走り出した。

・Eは追いかけた。

・男は専門店街2Fからスーパーマーケット2Fに逃げ込んだ。
  そして、スーパーマーケットのエスカレーターで1Fに逃げた。

・Eは1Fで男に追いついた。

・ちょうどそこにスーパーマーケット担当のAサンがいた。



Aさんの目撃談である。

『物凄い立ち回りでしたよ。

・Eさんは男を掴んで離さない。男はそれを振り回す。

・Eさんのメガネが飛んでいく。

・振り回されたEさんが男のジャージズボンにしがみつく。

・男は逃げようとEさんを引きずっていく。

・Eさんの靴が片方飛んでいく。

・男の生尻が半分見える。

・半ケツ男が必死になってズボンを上げる。

・それでもEさんが男のズボンを離さない。


Eさんには悪いけど、笑いだしてしまいました。

制服警備員がやってきて、皆で男を取り押さえました。

そのあと、Eさんを男から引き離すのに苦労しました。』


Eは右手の人指し指を捻挫していた。

強盗傷害罪だが、Eの配慮で窃盗罪として警察に連絡した。

男はEの治療費とメガネ代金を支払うことを約束した。


私はEに注意しておいた。

『犯人や一般客が怪我をしなくても、我々私服保安の方が怪我をしてもいけない。
  それがスキャンダルとなれば、店のブランドや信用を下げることになる。深追いは絶対にしてはいけない。』

しかし、私は内心でEに拍手を送っていた。


つづく

 





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