SPnet私服保安入門
犯人を捕まえる時には2倍の力が必要である。
しかし、私服保安にとって有利なことがある。
それは、犯人に不意打ちを与えられることだ。
誰でも、突然後から掴まれて引っ張られたら引き倒されるだろう。
しかし、これを計算に入れても、自分より体力のある者を制圧することは難しい。
南米系男性がそうである。
彼らの身長は日本人とあまり変わらない。
しかし、胸板が日本人の2倍ちかくあり、プロレスラーのような体をしている。
徴兵制があるので軍隊の格闘訓練も受けている。
彼らは「不意打ち」で制圧できる相手ではない。
こんな犯人は、応援を呼んで多人数で捕まえなければならない。
しかし、応援が間に合わないこともある。
次はそんな場合の事例である。
・事例26.『ともだち、トモダチ!』 暴れん坊外国人をペースにはめる
私の担当店に相撲取りのような南米系万引きがいた。
この男は女性と一緒にやってくる。
盗るのは女性である。男は女性のボディガード(?)だ。
私服保安が彼らを監視していると、男が目を剥いて向かってくる。
『ナニ!ナニ!』と大声で叫び、私服保安がひるんだ隙に女が盗る。
そして、二人で楽しそうに出ていく。
この二人が食品売場で「カゴ抜け」をしようとしたことがある。
制服警備員が牽制のために姿を見せると、男が警備員に商品を投げつけて暴れ出した。
警備員が二人から離れると、食品を満載したカートを押して出ていった。
彼らのやることは、「万引き」と言うより「強奪」に近いのだ。
事例24の“こわもて私服保安D”は、この男と目が合って追いかけられた。
※事例24.三人は万引き犯の後をついていった
Dは店外へ逃げ、スロープを屋上駐車場まで必死に走って男を巻いた。
これでは「どちらが万引きなのか」分からない。
・現認
その日は私とAサンが勤務していた。
Aさんから連絡が入る。
A『あの“暴れん坊外国人”が2Fに来ています。』
私は2Fに急いだ。
子供服売場に“ギョロ目の大男”がいる。
いつもの女性と一緒だ。
女性は布製のバッグを持っている。
男が怖い顔で周囲を監視している。
私はAさんに尋ねた。
私『女は何かバッグに入れたの?』
A『女児の水着を2点入れました。』
私『やれやれ、盗っているのか…。』
我々は二人を監視する。
女性が子ども下着3点を棚取りしてバッグに入れた。
二人は2F専門店街出入口から専門店街に出て、女性服専門店に入った。
私は重い腰を上げた。
私『さあ…。捕まえるか…。Aさん、骨は拾ってもらうよ。』
・声かけ
私とAさんが二人に近付く。
男がギョロ目を私に向けた。
私は男に手を振った。
私『ゲンキ? ゲンキ?』
男『…?…?…。』
私は笑顔で、男の右手を両手で握手した。
これで男はポケットからナイフを取り出せない。
体をくっつけているから、男が暴れても一気に倒せるのである。
私は笑顔のままで話し続ける。
私『アナタ、イイヒト!オカネ、イッパイモッテル!カイモノアリガトウ。アナタ、イイオキャクサン!』
男はポカ~ンとしている。
だんだんと、男のギョロ目が和らいできた。
私は女性のバッグを指さして言った。
私『オクサン、ダメ・ダメ!オカネ、マダ・マダ!イイオキャクサン、オカネハラウ。』
Aサンも私の傍でニコニコしている。
男がやっとしゃべった。
男『オカネ、ハラウ。』
私『トモダチ、トモダチ。アナタ、イイヒト。オカネ、ハラウ。』
男『オカネ、ハラウ。』
男がこちらのペースにはまった。
男と女は我々と一緒にスーパーマーケットに戻った。
二人がレジの方へ行こうとする。
私『ソチラ、チガウ。アナタ、コチラデハラウ。トモダチ、コチラデハラウ。』
私は二人を売場からバックルームを通って保安室に案内した。
保安室に入れたらこちらのものだ。
男が暴れ出しても皆で制圧できる。
警察連絡。
警察官が到着したので、私とAサンは別の所で書類作りを始めた。
保安室から男と警官の大声が聞こえてくる。
A『大丈夫でしょうか?』
私『警官はピストルを持っているから大丈夫だろう。』
男と女はオーバーステイ。
「二人は入国管理局に送られて国外退去になった」と聞いた。
★2020.05.追記
最近は食品スーパーからの保安依頼が多い。
最近は「万引きが小者化」してカゴ抜けなどの「アッパレ万引き」がほとんどない。
家計を楽にしようと主婦万引き、身寄りも年金もない老人、食い詰めた失業者、
「何か一品」の盗癖老人、コンビニで万引きして捕まるようなトロイ男。学校をさぼっている中学生。
盗るのはたかだか二千円程度。
こんな万引きを捕まえるのに力はいらない。
また、無用な力を使う必要はない。
最近の「声かけ」はいつもやんわりとしている。
・『お客さん、お金を払ってもらわないとコチラは商売になりません。
お金を持っていないなら後でもいいし、戻せる商品なら戻してもいいですよ。』
・『たくさん買っていただいてありがとうございます。でも、支払ってもらっていない商品が混じっていますよ。
残りを支払ってくださいネ。』
・『オイオイ、若いのが昼間ッからブラブラして仕事は休みかい?
腹がすくのはわかるけど、お金をはらっていかないと万引きになるよ。』
同行するときも世間話で気持ちを和らげる。
犯人は苦笑いしながら事務所までやって来る。
事情聴取のときもやんわりが変わらないから、隣で店長が「ムッ」としている
万引き犯人を逮捕するのに力はいらない。
「代金を払えばよい」・「商品を戻せばよい」・「警察に引き渡されない」・「犯罪にならない」・「許してもらえる」
そう思わせればよい。
罪を憎んで人を憎まず。
これも一期一会。
警察官に引き渡すまでのふれあいなのです。
『あのぉ…。「お金を払っていかないと万引きになるよ」と言いませんでした?』
『そうだよ。だから「万引きになる」と教えたんだよ。』
「お金を払えば万引きにならない」とは言っていないのだ。
つづく