SPnet私服保安入門


        
7.私服保安の裏技-盗った商品を出させる“カマかけ”

 




(1)“カマかけ”とは-自信のないときに使う“ずるいやり方”


私服保安には裏技がある。

ときと場合によっては、この裏技を使わなければならないことがある。

これにまんまと引っかかって捕まった万引き犯もいるだろう。


しかし、これは最後の手段である。

こんな“引っかけ技”に頼っていたのでは、私服保安の腕はいつまでたっても上がらない。

初心者私服保安はまず正攻法をマスターしなければならない。

「こんな方法もあるのか!」と参考にするだけにしてほしい。


万引きを検挙するには、「棚取り現認・入れる現認・中断のないこと・単品禁止・店外10m」の条件を揃えなければならない。

“カマかけ”は「検挙条件が揃わない場合・検挙条件を備えたが自信のない場合」に使われる。

犯人はこれに引っかかって、盗ったことを認めたり盗った商品を出したりする。

私服保安はそれを確認して犯人を逮捕するのである。


(2)『商品をどこに置いてきたの?困るんだなぁ…、売り物にならないから…。』


一番使われるカマかけである。

入れる現認が不十分な場合や中断があった場合に使われる。


・事例27.「コートのポケットに入れたな…。」 しかし、入っていなかったので


春先のことである。

私は片道2時間以上かかる店に入っていた。

この店を担当している若手私服保安に急用ができたのだ。

こんなことでもなければこの店に来ることはないだろう。

「久しぶりに店を掃除するか!」


万引きは都市に近づけば近づくほど多くなる。

その理由は「人口が多いこと」だけではない。

「住民の出入りが頻繁で地域意識が薄い」ことも関係している。
「旅の恥はかき捨て」という心理が働くのだろう。

そして万引きが多ければ、そのタイプは多種多様となる。


地方の町では、住民が「私たちの町」という意識を持っている。

そこにあるスーパーマーケットも「私たちの店」と考えている。

また、知り合いが多くかっこうの悪いことはできない。

それだけ万引きは少なくなる。


万引きが少なければ、そのタイプは代表的なものとなる。

それは中高生と食品常習である。

その店もそうだった。


・マーク


15時頃。

70歳過ぎの男性が食品売場に入ってきた。

黒っぽいコートを着ている。

「古い町の常習万引き老人」の雰囲気だ。


男は空カゴを持って、野菜から豆腐コーナーへ。

そこで「カップ納豆3個入り」をカゴに入れた。

そしてすぐに隣の通路に入った。

食用油・調味料の通路である。


「買い物の順番が違うゾ…。」


男が通路から出てきた。

カゴの中に納豆がない。

入れたな。」

私は彼に狙いを定めた。


・追尾


男は豆腐コーナーに戻り、魚、肉、惣菜、弁当と食品売場の外周を歩く。

これが普通の買い物順番だ。

老人男性の食品万引きは「調理しなければならないもの」は盗らない。
すぐに食べられるものを持っていく。

男は弁当コーナーでおにぎり2個を、パンコーナーでフルーツケーキとアンパンをカゴに入れた。


そして、外周から一つ中の通路に入った。

この通路にはレジ近くに酒が置いてある。

「次はワンカップだな…。」


私は男の入った通路の酒コーナーを覗いた。

しかし、男は酒コーナーではなく、その反対側の乾物コーナーにいた。

そこはレジから遠く離れた場所である。

人通りの少ない「万引きの仕事場」だ。


男が背中を向けて何やらゴソゴソしている。

足元には、すでに空のカゴが置いてある。


しまった!入れるところが見えなかった。」


“入れる現認”は「犯人が商品をどこかに入れるところ」を見なければならない。

私が酒の方を見ている間に、男はカゴの中の商品を入れてしまったのだ。

「男が仕事場でゴソゴソしていたこと・カゴの中の商品がなくなっていたこと・近くにその商品が置いてないこと」では現認不足である。


男が空カゴを置き去りにして食品外周通路に出た。

私は男を追った。


男が野菜の方から食品売場を出ていく。

私は男の5m後を歩きながら男を観察した。

コートの両ポケットが膨らんでいる。

ポケットに入れたンだな…。」


・声かけ


男が店外した。

私は背後から男を呼び止めた。


私『オトウサン…。あんなことをされては困るンだよ…。』

男『…。』

私『今、納豆・おむすび・ケーキ・アンパンを変なところに置いたでしょう?
    あんなことをされると、売り物にならないンだよ。』

こう言いながら、私の“左手の甲”が、男のコートのポケットに“触れた”。
「自然と触れた」のであり、「わざと触れた」のではない。

ゲッ!入っていない!


私は少し焦りながら話を続けた。

私『商品を元の所に戻さないとダメなンだ。置いた場所を教えてくれる?』

男『…。スイマセン…。』

私『じゃあ、店の中に戻ろうよ。』


今度は私の“右手の平”が、男のコートのもう一つのポケットに「自然と触れた」。

しかし、そこも柔らかかった。

「ポケットに入っていない!本当に置いてきたのか!」


・施設管理権の行使-商品を別の場所に置かれたら売れない


ここで私のやっていることを説明しよう。

もちろん、手の甲や手の平が男のポケットに自然と触れたことではない。

男を呼び止めていることについてである。


店には施設管理権がある。

「店の建物・従業員・商品を正しく機能させて、業務運営を円滑にする。」という権利である。

店の従業員や警備員は店の施設管理権を代行している。

私はこの権利に基づいて男を呼び止めて質問しているのである。


男が「商品を別の場所に移動させた」ことは確かである。

彼は納豆やおにぎりなどを棚から取って別の場所に行った。

そして、そこから出てきたときにはそれらを持っていなかった。

だから「そこに置き去りにした」ことになる。


商品が所定の場所になければ売り物にならない。

これを戻すのは店として当たり前のことである。

私は男に「納豆やおにぎりなどを置き去りにした場所」を聞いているだけである。

彼を万引き扱いしているわけではない。


ここで注意しなければならないことがある。

その者が本当に商品を別の場所に置き去りにした場合の処置である。

その者に商品の置いてある場所を教えてもらっても、その者を帰してはならない。

後で、その者が『万引き扱いされた。』と文句を言ってくることがあるからだ。

商品を見つけたら、売場mgrを呼んで事情を説明する。
そして、その者に謝罪させてその商品を売場mgrに渡さなければならない。

このようにして、その者のしたことについて証人を作っておくのである。
そうすれば、文句を言ってきてもそれを跳ね返すことができるのだ。


・そこにあったの!


話を戻そう。


私は食用油コーナーで男に納豆を“置いた”場所を尋ねた。

男は『どこだったかなぁ~。』とはっきりしない。

次にパンコーナーでおむすび・ケーキ・アンパンの置き場所を尋ねた。

男は私を酒コーナーに連れて行く。
そして、『この辺に置いたと思う…。』と言った。


置き去りにされた商品が置き去りにした場所にあるとは限らない。

他の客がそれを買っていったり、店員が元の場所に戻したりすることがあるからだ。

置き去りにした商品がそこになくても、男がそれを盗ったとは断言できない。

しかし、男が私を酒コーナーに連れてきたのはおかしい。

彼は酒コーナーには来なかったからである。


私はこの点をついて男に心理的圧迫をかけた。

私『オトウサンは酒へは来なかったでしょう?
    おむすびとケーキとアンパンをカゴに入れて、そちらへ行ったじゃない。』

私は「男がゴソゴソしていた場所」に彼を連れて行った。

私『で、ここのどこに置いたの?』


男が白旗を上げた。

男『…。ここにあります…。』

彼はコートの下のシャツの中からおにぎりを取り出した。

私『なぁ~ンだ、持っていたの!それならそうと早く言ってくれればいいのに!』


もちろん、これで無罪放免となるのではない。

この時点で現行犯逮捕となる。


保安室で男はシャツの下から納豆・ケーキ・アンパンを取り出した。

私『これだけの物が、そんな所によく入ったものだなぁ!』

男は3カ月前に、他店で少額の万引きをして捕まっていた。

彼は警察官にこっぴどく叱られていた。


“カマかけ”のやり方が理解できただろうか?

要するに、犯人を心理的に追い込んで自白させるように仕向けるのである。

善良な万引き犯ほどこれに引っかかってしまう。


しかし、私服保安は教師や牧師ではない。

万引き犯の善良な心については何も評価しない。

犯人が自白すれば、その場で捕まえてしまうのだ。

どんな場合でも「自白して得になることはない」のである。


つづく

 





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