SPnet私服保安入門


       
(8)いろいろなものに化ける“カマかけ”-日々改良をくわえる私服保安

 




検挙条件すべてが完全に揃っていれば“カマかけ”など使う必要はない。

そもそも私服保安は「検挙条件すべてが完全に揃った場合」にしか、犯人に対してアクションを起こしてはならないのである。

“カマかけ”は、あくまで「どうしようもないときの最後の手段」なのである。

そしてそれを仕方なく使う場合には、その危険性を充分に知っていなければならない。


しかし、隊員の中に“カマかけ”を常用している男性私服保安がいた。

事例24で応援に来て何もできなかったDである。
事例24.三人は万引き犯の後をついていった

彼は“カマかけ”の改善・工夫を続けているという。

そして、それを新人私服保安に勧めたり仲間に自慢したりしているという。

次に挙げる3例はDが実際に使っていたものである。


・事例33.『この店で野菜の種を買いたいのだけど… 』と、客に化ける


その日、Dはホームセンターに入っていた。

事例29.『ちょっと、待って!』の店である。

Dは野菜種コーナーの前にいる70歳位の男に目をつけていた。

男は作業服上下を着て手ぶらである。


男が「大根の種二袋」を手に取って出口に向かった。

そして、レジを素通りして歩きながら上着のポケットに入れた。

男が駐車場の軽トラックに近づいた。


Dが声をかける。


D『オイチャン、オイチャン…。僕はこの店で野菜の種を買おうと思っているンだ。
    この店の種はよいかなぁ?
    オイチャンはいま種を買ってきたみたいだね。チョットその種を見せてよ。』

男はポケットからDが現認した大根の種袋を出した。

Dは男を捕まえた。


私はDに言った。

私『そんな回りくどい言い方をしないでも、普通の声かけでいいじゃないか?』

D『だって、商品が小さかったから「ポケットに入っているかどうか」心配だったもの…。それに、“単品”だから…。』


私『単品は見送らなければならないし、現認に自信がなければ見送ればいいだろう?そんなことをしていると誤認するぞ。』

D『だから声かけを工夫したンですヨ!
    もし誤認しても、「僕が私服保安であること」が相手に判らなければ誤認とならないでしょう。
    僕は「種を買いに来た客」なンだから!』


私は開いた口がふさがらなかった。


・Dは新人私服保安にもこの手を教えていた。


犯人が店外する。私服保安が犯人に声をかける。

・『ちょっと、ちょっと、あんた。ダメじゃないあんなことをしたら!
    私はこの店でバイトをしていたことがあるから、私が謝ってきてあげる。
    だから、いまカバンに入れた商品を出しなさいヨ…。』

相手によって、教師になったり、元万引き犯になったり、お節介オバサン・オジサンになったりするのだそうである。


こんなことをして何の得があるのだろうか?

私服保安自身は「私服保安だと分からない」と思っているが、
声かけされた万引き犯には「それが私服保安であること」がはっきりと分かるからである。

       
・事例34.『俺が、手本を見せてやる!』と、万引きに化ける


その日もDはそのホームセンターに入っていた。

高校生らしい男子二人が出口近くにあるカー用品売場にやってきた。

二人は原付バイクのプラグを2個ずつ棚取りし、それをズボンのポケットに入れた。

Dはカー用品売場向かいの洗剤コーナーからこれを現認した。


高校生二人はカー用品コーナーの奥を回って、出口の方へやってきた。

Dは彼らを1分程度見ていない。

ポケットに入れたプラグを売場に捨てるのには充分な時間である。


高校生二人が出口を出た。

Dが後を追う。


二人は駐輪場のバイクの前に座り込んだ。

Dが声をかける。


D『ニイチャン達、うまいこと盗ってきたなぁ!感心したよ。
    どれ、オイチャンに盗ってきたものを見せてくれ。』

二人『見ていたの?でも何か怖くなって、ポケットからプラグを出して売場に置いてきたよ。』

彼らは、Dの見ていない(中断)1分の間に盗った商品を手放したのだ。


Dは二人にこう言った。


D『ニイチャン達は若いのに根性がないなぁ!
    いまから俺が万引きの手本をみせてやる。いまから俺が盗ってくるからな!』

二人『…。』

D『オイッ!ニイチャン達。このことを店の者にチクルなよ!』


私は呆れながらDに言った。

私『今度は“万引きオイチャン”に化けただけじゃないか。
    大根種のときからあまり進歩していないじゃないか。』


Dは自慢げに言った。

D『今度は“万引き犯”に化けたことが大切なンですよ。
    だって、万引き犯は万引き犯に心を開くでしょッ!』


私は馬鹿らしくなって話を変えた。

私『それで、プラグは売場に置いてあったの?』

D『それが、ちゃんと置いてあったンですよ。
    よかった!僕が私服保安だと分かったら誤認になったからね!』


・この話には“後”がある。


数日後その店で、この高校生二人が別の男性私服保安に捕まった。

事情聴取のとき二人がこう言った。

二人『今日の私服保安は“あのときのオイチャン”と違うのか。
      この前の私服保安は訳の判らない芝居をしていたよ。』

何に化けても、相手はお見通しなのである。


私は隊員全員に次のように指示した。

『「自分が私服保安でない」と錯覚させるような声かけをしてはならない。』


つづく

 





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