SPnet私服保安入門

        

(9)この“カマかけ”は違法!

 




・事例35.『僕は今日からタバコをやめるンだ。だから…。』 それは違法捜索!


この後、Dはさらに“カマかけ”を進化させていた。

Dが私に会うと、しきりにそれを匂わすのである。


D『今度の“カマかけ”は大丈夫。
    僕は誰にも化けていないもの。
    でも、山河さんに教えると叱られるから…。でも、教えようかな…。』

私『どうせへんてこりんな手だろう。聞きたくもない。』


しかし、Dが新人にそれを教えると困る。

私は一応聞くことにした。

Dが嬉しそうに説明する。

その手を使って、2~3日前に常習万引きを捕まえたそうである。


その日、Dはスーパーマーケット勤務であった。

その店には70歳くらいの常習万引き男性がいる。

私もその男を知っている。

Dがこの男を2F女性下着売場で見かけ、監視を始めた。


男が安売りセールのワゴンに近づいた。

ワゴンには女性用ショーツが現物のまま積まれている。

男は白いショーツ二枚を手に取ると、それを丸めて上着の右ポケットにねじ込んだ。

Dが現認。


・店外


男はエスカレーターで1Fに下りそのまま店外した。

Dは自分のポケットから“タバコの箱”を取り出して男を追った。

そして、男に声かけした。


D『オイチャン、オイチャン。僕は今日からタバコを止めることにしたンだ!
    だから、このタバコをオイチャンにやるよ!』

Dはタバコを持った自分の手を男の右ポケットに突っ込んだ。


そして、男の右ポケットにショーツが入っていることを確かめ、こう言った。

D『僕はこの店の保安係や。オイチャンはいまこのショーツを盗っただろう?』

男は盗ったことを認めた。


・私の表情が曇った。


Dはそれを見てこう言い訳した。

D『僕は犯人を捕まえる前に、ちゃんと「自分が私服保安であること」を話しましたよ!
    僕は“種を買いに来た客”にも化けていないし、
    高校生たちに手本を見せる“万引きオイチャン”にも化けていませんよ!』


私『…。』


D『山河さん。何か怖いなぁ…。

    あっ!こう思っているンでしょ!
    「犯人がたばこを吸わない者だったらどうするンだ!」と…。

    そんなことは充分承知していますよ。
    そんなときのために、僕はアメ玉も用意しているンだから!』


私のカミナリがDに落ちた。

私『お前のやっていることは違法行為なンだぞ!』


・この点を説明しよう。


私服保安は「一般私人」として万引き犯を現行犯逮捕している。

現行犯逮捕で一般私人に認められているのは、
「犯人の身体を一時的に拘束すること」と「犯人を警察官に引き渡すこと」だけである。


警察官には「犯人を逮捕した後に被害品等を捜索すること」が認められている。

もちろん、一般私人である私服保安にはこの「逮捕後の被害品等の捜索」は認められていない。


ところが、「犯人を逮捕する前に被害品を捜索すること」は警察官にも認められていないのである。
「令状による捜索・差押・検証・身体検査」とその例外・刑訴法218条2項・刑訴法220条

Dが男のポケットに手を突っ込んで被害品のショーツを確かめたのは、「現行犯逮捕をする前の被害品の捜索」に該るのである。

これは警察官でもできないことなのである。


Dは「被害品がポケットに入っているかどうかを確かめるために」男のポケットに手を突っ込んでいる。

「たばこをプレゼントする」ことはその言い訳にすぎない。

Dの行為は違法行為になる。

男が騒げば、大問題になったであろう。


私服保安は「万引き犯を捕まえること」だけに腐心してはならない。


「誤認しない」のは当たり前。
さらに、法律を守り、犯人から一切のクレームをつけられない。
目の覚めるような“きれいな一本勝ち”をしなければならない。

それがプロであり、職人私服保安である。

私はDに『どんな“カマかけ”も使ってはならない。』と命じた。


つづく

 





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