SPnet私服保安入門
8.従業員万引き-防犯カメラは従業員と警備員の方を向いている
いま大きな問題となっているのが「店関係者を装った窃盗」と「店関係者の窃盗」である。
万引きも窃盗であるが、これはそんな“かわいい”ものではない。
作業服を着て昼間堂々とバックルームに入り、保管してあるTVをカートに積んで盗っていく。
バックルームの商品が大量になくなる。
レジから売上をかすめる。
何年間も店の商品を持ち出す。
警備員が深夜の店内巡回で商品を盗る。
私服保安が同僚私服保安の犯罪を摘発することもある。
愛社精神がなくなったのか、道徳観念が薄くなったのか、プロ意識がなくなったのか。
今や防犯の主眼は一般客ではなく、店関係者に置かれている。
店の防犯カメラはバックルームと従業員・警備員に向けられている。
しかし、ここでは、そんな大きな問題には触れない。
私服保安が「店関係者万引き」を捕まえる方法を紹介する。
もちろん、検挙条件は一般客に対しても店関係者に対しても同じである。
しかし、店関係者には“従業員ルール”がある。
これが使えるのである。
・従業員ルール
“従業員ルール”とは、
出入り業者・来訪者・従業員・テナント従業員・警備員など、仕事で店内に入る者すべてが守らなければならない“店の規則”である。
このルールの中に次のものがある。
・「仕事で店に入る場合は、従業員出入口から入って従業員出入口から出なければならない。
・店を出るときには警備員の所持品検査を受けなければならない。」
これは、店関係者の不正持ち出しを防ぐためのものである。
・このルールにより、「店関係者は仕事中、従業員出入口以外のところから店外に出てはいけない」ことになる。
・逆に、「店関係者が従業員出入口から出たら、一般客として売場に入ることはできるが売場以外の区域に入ることができない」ことになる。
売場以外の区域とはテナント店内・バックルーム・従業員休憩室・更衣室・事務所などである。
そしてこのルールには次のことも定められている。
・「従業員や警備員が従業員ルールに反した者を見つけた場合、その者に質問をすることができる。」
警察官の職務質問のようなものである。
・事例36.『疑っているわけではないけれど、従業員ルールだから…。』
私服保安を長くやっているとやり方が固まってくる。
特に同じ店に長年勤務していると見方が偏かたよってくる。
それに比べ新人私服保安や研修生は“新鮮な眼”を持っている。
ときどき、その店の担当私服保安が見落としていたことを発見することがある。
その日、私は研修生Iを連れて担当店に勤務していた。
19時頃。Iから連絡が入った。
I『変な動きをしている男が食品にいます。』
私は食品売場に行き、Iに事情を聞いた。
I『いま、男はバックに入っています。しかし、ときどき売場に出てきて商品をバックに持ち込むンです。』
“バック”とはバックルームのことである。
バックルームとは売場から奥に入った区域である。
そこには入荷して売場に出されていない商品がたくさん保管されている。
食品売場の調理室・作業場もそこにある。
食品売場には弁当・惣菜・肉・鮮魚などを販売する専門店(テナント)が入っている。
このテナントの調理室もバックルームにある。
Iが目をつけた男は、食品売場のテナント従業員であった。
テナント従業員は調理室で調理やパック詰めをし、それを売場内の自店商品棚に並べる。
また、自店商品棚にある商品を引き上げたり調理のために調理室に持ち込んだりする。
その男が自店商品棚の商品を調理室に持ち込んでも不思議なことではない。
私『その男は何を持ち込んだ?』
I『テナント調理室ドアの近くにあるシューマイです。』
そこはその店の商品棚ではない。
男が持ち込んだシューマイはスーパーマーケットの商品である。
私とIは暫くそのテナントを監視した。
しかし、男はその後不審な行動をしなかった。
それから1カ月くらいが経った。
私は別の研修生Dを連れて担当店に勤務していた。
あの、“カマかけ”のDの研修時代だ。
※事例33.客に化ける,事例34.万引きに化ける,事例35.『タバコを止めるからやるよ!』
・現認
20時半頃。
私は食品売場で例のテナント男を見かけた。
男はテナントから遠く離れたパンコーナーにいた。
「遅い夕食でも買うのかな?」
男はサンドイッチ2パックとパック入り弁当を手に取った。
そして、それらを持てレジ列の前を歩き自店商品棚にそれらを置いた。
この商品棚は冷蔵ケースになっている。
私はDを呼び寄せた。
私『いま、テナント従業員がスーパーマーケットのサンドイッチと弁当をテナント冷蔵ケースに置いた。
もちろんレジで支払っていない。
その男は1カ月くらい前にI君が見つけたヤツだ。
私は男に顔を知られている。あの冷蔵ケースに行って確認してきてくれ。』
Dが確認して戻ってくる。
D『ありました。ケースの隅っこにサンドイッチ2パックと弁当が重ねて置いてありました。』
私『あの商品を調理室に持ち込むはずだ。さらに別の商品をあそこに持ってくるかもしれない。』
「盗るつもりの商品を一カ所に集め、それをまとめて袋に入れていく」のは定番の万引き手口である。
私とDは農産から男を監視した。
男が自店のパック入り商品を持って調理室から出てきた。
それを自店冷蔵ケースに置いた。
次に、自店調理室ドアの近くにあるスーパーマーケットの商品棚からシューマイを手に取った。
以前にIが見たシューマイだ。
そして、男はシューマイを自店冷蔵ケースに持っていき、
すでに、冷蔵ケースに置いてあったサンドイッチ・弁当と一緒に調理室に持ち込んだ。
私はDに指示した。
私『盗るぞ。ちょっと男の様子を見てきてくれ。』
Dが調理室の中を覗き込んで戻ってくる。
D『調理室で何やら袋詰めをしていますよ。』
私はDと調理室前に行き、ガラス越しに中を覗き込んだ。
男は背を向けてゴソゴソしている。
しかし、何をしているのか分からない。
私はDに言った。
私『男は持ち込んだ商品を持って従業員出入口から出る。
そのときに警備員の所持品検査を受ける。
男がサンドイッチ・弁当・シューマイを持っていればそこで逮捕だ。』
・退店
21時を過ぎた。
男が店じまいをして調理室から出てきた。
肩にショルダーバッグをかけている。
私とDは男より先に警備室に戻った。
男が警備室前にやってきた。
男は警備員の所持品検査を受けた。
しかし、バッグの中には男の私物だけしか入っていなかった。
男が調理室に持ち込んだ商品はまだ調理室に置いてあるのだ。
男は従業員出入口から出ていった。
私はDに耳打ちした。
私『男は従業員出入口から一旦出て、客として売場に入ってくる。
そして、売場からテナント調理室に入り持ち込んだ商品を持っていくつもりだ。』
私とDは警備室から食品売場に戻って男を待った。
案の定、正面出入口から男が食品売場に入ってきた。
そして、何食わぬ顔をして売場から調理室に入り、膨らんだレジ袋を持って出てきた。
私とDは男に見つからないように、食品売場の隣にある薬売場に身を隠した。
男が我々の目の前を通りすぎた。
男の持っている半透明のレジ袋から、サンドイッチか弁当かシューマイが透けて見えるはずだ。
しかし、それらは別のパックで囲まれていた。
男がレジ袋の中にサンドイッチなどを入れていることが確認できないのだ。
男が専門店街に出ていく。
Dが残念そうに言った。
D『サンドイッチと弁当とシューマイの棚取り現認はありますが、それを男が持っていることが確認できませんでしたネ。』
私『だから?』
D『男は売場から調理室に入りました。
しかし、我々は男がそこで何をしたのか見ていません。中断があります。
男は調理室に持ち込んだサンドイッチ・弁当・シューマイを持っていないかもしれません。
見送りですね。』
私『検挙条件が分かってきたね。しかし、今からやることをよく見ておくンだよ。』
・声かけ
男が専門店街から建物外に出た。
私は男に声をかけた。
彼は私が私服保安だということを知っている。
私『やぁ、もう仕事は終わったの。』
男『今日も結構きつかったよ。あんたら私服保安は楽そうでいいね。』
私『そうでもないよ。最近、店から「従業員ルールを徹底させろ。」とうるさく言われてね。』
男『内部の人間を信じられなくなったら終わりだね。これもご時世かな…。』
私『ところでさぁ。あんた従業員出入口から出た後、売場からテナント調理室に入ったよなぁ?』
男『ああ、忘れ物を取りに行ったンだよ。
いつも、テナントで売れ残った商品をもらっていくンだ。
それを忘れたンだよ。
このレジ袋に入っているヨ。』
男は持っている膨らんだレジ袋を私の方に突き出した。
私は話を続けた。
私『従業員ルールで「一旦従業員出入口から出たらテナント調理室に入れないこと」を知っているよね?』
男『悪い、悪い。従業員出入口から出て忘れ物に気がついたンだ。
それで、つい売場から調理室にはいったンだ。これからはしないよ。』
私『内部の人間を信じなくて悪いンだけど、その袋の中を見せてくれないかなぁ?これも我々の仕事だから…。』
男はこれを拒むことはできない。
男の持っているレジ袋の中身はまだ警備員の内容検査を受けていないからである。
男は渋々袋を開けた。
袋の中に現認したサンドイッチ・弁当・シュウマイが入っている。
男は色々見苦しい言い訳をしたが、私には通用しない。
男は保安室で盗ったことを認めた。
内部犯罪なので店は警察扱いにしなかった。
男は店から「出入り禁止」を言い渡された。
その後、他店のそのテナントで男が働いているのを見た。
「また、やるだろうネ。」
A『研修生Dって、あの“カマかけ”Dさん?』
私『この頃は、原則に忠実だったンだけどネェ。
今なら、どんな“カマかけ”をつかうやら…。』
つづく