SPnet私服保安入門

       

・事例37.深夜の張り込み こんなおもしろい仕事も回ってくる

 




この事例は従業員ルール違反を使ったものではない。

従業員万引きに関するものだから紹介しておく。


春先だった。


ある店の総務課長から私に直接電話が入った。

課『山河さん。店長命令で極秘でやってもらいたいことがあるンだが…。』


総務課長の要請は次のようなものだ。

・「47歳の男性アルバイトが店の商品を持ち出している」との情報があった。
・明後日から三日の間にやる可能性が高い。
・この三日間で検挙してほしい。


そんなことを急に言われても困ってしまう。

私も目一杯私服保安として現場に入っているのだから…。

しかし、顧客から頼まれたら断ることはできない。

私は私服保安のシフトをやり繰りしてその任務を引き受けた。


私は一つ条件を付けた。

私の協力者にその店の警備副隊長Jを指名した。

Jが男の顔を知っているからである。

総務課長はこれを了承した。

彼は警備員のシフトを変更させてJを私の協力者とした。


店内犯罪を摘発するときには一切が秘密にされる。

容疑者と通じている者が店関係者にいるかもしれないからである。

今回の作戦を知っているのは店長・副店長・総務課長だけである。

その店に勤務している私服保安にも秘密である。


もっとも、その店の警備隊長だけには知らせておいた。

その警備隊長は信頼できる人間である。
彼には男の動向を教えてもらうことにした。


総務課長との打ち合わせも極秘で行われる。

店内や喫茶店などでは行わない。

暗い建物の陰で決められた時間に会い、ぼそぼそと打ち合わせをする。

課『男の勤務時間は19時30分~23時30分。
    男は従業員駐車場に車を停めず、お客様駐車場に車を停めて入店する。
    だから、お客様駐車場の方から従業員出入り口にやってくる。

    男は仕事中に商品搬入口から商品を外へ持ち出し、退店した後でその商品を持ち去る。
    今までに相当数を持ち出している。

    共犯者がいるかどうかは分からない。

    これが男の写真だ。』


与えられた情報はこれだけである。


・張り込み開始


雨。

18時30分。私とJはお客様駐車場で落ち合った。

私は弁当と飲み物を食品売場で買った。

顔見知りのレジ係が私に尋ねる。

レ『今日は休みですか?』

私『たまには休むさ。』


私とJはスモークフィルムを貼った私の1box車で店の裏手に向かう。

私は商品搬入口の10m手前に車を停めた。


従業員出入り口はこの商品搬入口のさらに10m先にある。

我々の車から従業員出入口は見えない。

しかし、男はいつも商品搬入口の前を通って従業員出入り口へ向かう。

男は我々の車の横を通るはずである。


作戦開始。


男の勤務開始時刻の19時30分になった。
しかし、まだ男は車の横を通らない。

「男が入店したかどうか」を警備室に問い合わせることはできない。

隊長以外の者が電話にでるかもしれない。

そして、その者が男の仲間かもしれない。


男が車のそばを通らないことにJが焦る。

私は『そのうち、商品搬入口に姿を見せるさ。』と弁当を食べ始めた。

商品搬入口のシャッターが上がり、アルバイト達が動き出した。


Jは曇った窓を拭きながら男の姿を探している。

しかし、男を見つけられない。

J『今日は休んだのでしょうか?』

私『まあ、待てばいいさ。』


21時30分。

Jがしびれを切らして車を降りた。

そして、商品搬入口に近づいて男を探している。


Jが息を弾ませて車に戻ってきた。

J『います。います。男がいます。』


雨が降っていたので、男はいつもの経路を通らなかったのである。

我々の車の横を通らなかったのはそのためだ。


・待つ


私『男が動いたら起こしてくれや。』

私は居眠りを始めた。

しかし、Jが商品搬入口の様子をライブで報告するので、居眠りもできない。


さらに、Jが興奮して後部座席でゴソゴソと動くので車が揺れる。

微妙に揺れる我々の車のそばを退店した従業員が通りすぎていく。


私『じっとしていろ。「アベックが車の中で変なことをしている。」と通報されたどうするンだ!』

やっとJが静かになった。

私は浅い眠りについた。


22時40分。

Jが私を揺さぶった。

J『山河さん!山河さん!男が何かを持ってきました!』


Jの指さした方を見ると、男が商品搬入口横の非常階段の下に段ボール箱を運んでいる。


・確認


23時。

アルバイト達の仕事が終わり、商品搬入口のシャッターが降りた。


23時10分。

私とJは車から降りて非常階段の下を調べた。

そこには「ネスカフェ・エクセラ250g・12本入り」の段ボール箱があった。

男が運び出した段ボール箱だ。

後は、男がこのネスカフェを持っていくのを待つだけである。


私とJは車に戻り、段取りを決めた。

・Jは警備隊長に連絡をとり、男が退店したら連絡してもらう。
・Jと私で男を挟み打ちにする。
・共犯者が現れることも考えられるので、私が男を確保したらJは私の背後を護る。


23時25分。

そろそろ男が退店する時間だ。

私とJは車から降りた。


・声かけ


23時32分。

警備隊長からJに連絡が入る。
隊『男が従業員出入口から退店した。持ち物はバッグだけ。』

私とJは離れて物陰に隠れた。
ネスカフェ箱の置いてある非常階段を少し過ぎたところにJ,そして一番手前に私。


男が小走りでやってきた。

男は非常階段の下に入り、ゴソゴソやっている。

男が両手で何かを持ってルンルン気分で我々の方へ向かってくる。

カチャカチャと音が聞こえる。

彼は「30秒後の悪夢」を予測していない。


男がJの前を通りすぎて私の方に近づいてきた。

男は暗闇の中で背後をJに、前方を私に挟まれている。


私は男が持っているのがネスカフェであることを確認した。

暗い物陰から私が男の前に姿を見せた。

すでに男の両肩は私に掴まれていた。

彼は「何が起こっているのか」を理解できない。


私『保安係じゃ!これは店の商品だろうが!』


暗闇でも、男の表情が変わるのが分かる。

Jが警備室に連絡している。

J『容疑者を確保しました。』


私『チョット来い!』

私は男を20m先の従業員出入口まで引きずっていった。

男はネスカフェの段ボール箱を持ったままである。


私は男を警備室に放り込んだ。

そこには、店長・副店長・総務課長が並んで待ち構えていた。


警備室の前をアルバイトや従業員が退店していく。

「何の騒ぎなの?」


三役の前で私の事情聴取が始まった。

私に言い訳が通用するはずがない。

男はすべてを自供した。


私は男の許可を得て、男の車を客用駐車場から従業員出入り口の前に持ってきた。

トランクを開ける。

インスタントコーヒー1ケース、濃縮コーヒー、小皿など多数の販売促進景品が入っていた。

なぜか、折り畳まれた段ボール箱がたくさん入っていた。


被害品ば

・ネスカフェ・エクセラ250g×12(898円×12=10776円)
・ネスカフェゴールドブレンド100g×24(598円×24=14352円)
・ネスカフェ・アイスクール8個入り×12(291円×12=3492円)
・合計28620円


店内犯罪の場合、「警察渡しにしない」のが通例である。

しかし、店長は警察渡しを選んだ。

やってきた警察官は、今回のネスカフェ・エクセラだけで事件を処理した。

店長は警察官か余罪を追及しないことに不満顔だった。


0時30分。作戦終了。


・その後


一週間くらい経って、私はJに電話した。


私『あの後、どうなったの?』

J『男は店に三度も呼び出され、店長の事情聴取を受けました。
    そして、過去の持ち出しを自供させられ、全額支払いで決着しました。
    もちろんクビです!』


この事件の後、私には困ったことが起きるようになった。

私が休みの日にその店の食品売場で買い物をすると、レジ係がこう言うのである。

レ『今夜も極秘捜査ですか?』


つづく

 





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