SPnet私服保安入門
場数を踏んでいない新人私服保安は「認めさせる・同意させる」がうまくやれない。
そんなときには、私に電話がかかってくる。
保『山河さん!犯人が食ってかかってきます。
「盗っていない。」「保安室へ行く必要はない。」と動きません!』
私『犯人に代われ。』
電話の向こうで、新人私服保安が犯人に言っている。
『上役からや、ちょっと電話に出てくれ。』
犯人が電話口に出る。
私『○×△!△○□×!×△□×!分かったか!』
犯『…。スイマセン…。盗りました。保安室へ行きます…。』
ものの30秒もかからない。
新人私服保安は驚くが、私にも不思議である。
たぶん新人が「犯人になめられている」だけだろう。
・事例38.『俺は私服保安の頭(かしら)じゃ!』
その日の勤務は私とB。
Bは新人のギャル私服保安だ。※事例19.
Bが9時~18時、私が14時~23時。
13時30分。
担当店に向かっている私にBから電話が入る。
B『山河さん。もう着きますか?』
私『後15分くらいかかる。どうかした?』
B『食品で男の子が三人、菓子とパンを袋に入れて店外します。』
私『小者だけど練習になるから捕まえておけ。ゴチャゴチャごねたら電話してくれ。』
B『分かりました。』
Bはもう相当数の万引きを検挙している。
研修中に、私の「人垣ができる検挙」を二度経験している。
「軽くやれるだろう。」
暫くして、Bから電話が入る。
私は車を路肩に停めた。
私『もう捕まえたか?』
B『…、言うことを聞きません!コラッ~!降りろぉ~!自転車から降りろぉ~!』
電話が切れた。
「若い女の子だから、相手が言うことを聞かないンだな。」
私はBに電話をかけた。
私『大丈夫か?どうなった?』
B『逃げられました…。スイマセン…。』
私『菓子とパンだろう?たいした額じゃないから気にするな。』
B『あっ!一人がこっちに戻ってきます!』
私『そいつは“ブツ”を持っているのか?』
B『何も持っていません!』
Bと相手が言い争う声が聞こえる。
「少々マズイことになったな。」
逃げた万引き犯人が盗った商品を捨てて戻ってくる。
そして『万引き扱いしたな!』と文句をつける。
商品を持っていないから、この文句が通ってしまう。
このパターンである。
犯人はBが若い女の子だから甘く見たのだろう。
B『山河さん…。「どうしてくれる!」と言っています…。』
私『分かった、そいつを電話に出せ。』
犯人が電話に出る。
犯『…。』
私『オイッ!万引きか!俺は私服保安の頭(かしら)じゃ!すぐそこへ行く。
万引きのくせにゴチャゴチャぬかすな!
俺の可愛い私服保安に指一本でも触れたら、ただでは済まんゾ!
俺が行くまでに、他の二人を連れてこい!
盗った商品も残らず持ってこい!分かったか、このボケがぁ~!』
犯『…。すいません…。』
15分後。
私は担当店の警備室に着いた。
常駐警備員が『来ていますよ。』と保安室に目を向ける。
保安室には三人の若い男がいた。
彼らは机の向こうで、窮屈そうに座り首をうなだれていた。
私はどやしつけてやろうと思っていたが拍子抜(ひょうしぬけ)をしてしまった。
机の上にスナック菓子の空袋とパンの袋の切れ端が置いてある。
暫くして警察官が到着。私は事情を説明した。
警『山河さん…。いくら犯人たちが自白していても、袋だけではしょうがないなぁ…。』
私『分かっています。
事件にしなくても、ちょっと“お灸”を据えてもらえばいいんですよ。』
警『了解、了解。今から交番に連れていって、彼らの会社の上司に連絡して謝りに来させるよ。』
三人は警察官にこっぴどく叱られ、連れられていった。
私はBに尋ねた。
私『電話の後、食ってかかってきた男はおとなしかったの?』
B『急におとなしくなってしまいました。
それから他の二人をケイタイで呼び寄せて、保安室でビビリまくっていました。
可哀相なくらい怯おびえていましたよ。山河さん、電話で何を言ったのですか?』
私『自己紹介をしただけだよ。
それはともかく、君は“男の子三人”と言わなかったか?』
B『“オ・ト・コ・の・コ”じゃないですか!』
私はBとのジェネレーションギャップを感じた。
夕方、男たち三人が上司と一緒に謝罪に来た。
商品代金は自己申告で支払ってもらった。
(5) 自白して保安室への同行を認めたら何も話すな・何もするな
犯人を逮捕した後は言葉使いにも注意しなければならない。
私服保安の不用意な発言が犯人の人権を侵害することがあるからである。
他警備会社のことである。
私服保安が万引き犯を捕まえた後、『お前、いつもやっているだろう。』と言った。
これを犯人が「人権侵害だ」と騒ぎだした。
『盗ったことは悪いが、そんなことを言われる筋合いはない。』と言うのだ。
「盗人(ぬすっと)猛々(たけだけ)しい」との感もあるが、犯人の人権は大切である。
これは店を巻き込んでの大問題に発展した。
少々荒い言葉を使っても構わない。
しかし、犯人の人権を侵害するような言葉を使ってはならない。
それが私服保安と犯人との間だけで交わした言葉なら、『そんなことは言った覚えがない。』と逃げられる。
しかし、衆人(しゅうじん)環視(かんし)の下(もと)で言ったとしたら逃げることはできない。
名誉棄損罪が問題となる。
周りに人がいるときには特に注意が必要である。
注意が必要なのは言葉だけではない。
これも他警備会社私服保安の起こしたものである。
逮捕後、逮捕現場で犯人のバッグを開けさせたことが問題となった。
私服保安にとって、「現認した商品を犯人が持っているかどうか」は最大の関心事である。
犯人が盗ったことを認めても、盗った商品を持っていなければ誤認となってしまうからだ。
私服保安はそれを確認しなければ安心できない。
もちろん、犯人の同意がなければ、バッグを調べることはできない。
私服保安は『バッグを開けてもらえるか?』と犯人にバッグを開けさせる。
しかし、この私服保安はそれを一般人が見ているところでやったのである。
「犯人の同意を得て、犯人自身がバッグを開けた」のだから刑法上の問題はない。
しかし、犯人の家族が文句をつけた。
『公衆の面前でそんなことをさせたのは“さらし者”にしたことだ。それは人権侵害だ。』
そして、店を巻き込んでの大問題に発展した。
新人私服保安は万引き犯人を捕まえると興奮してしまう
そして、ついつい問題になることを言ってしまう。
『犯人が自白して保安室へ行くことに同意したら、何も言うな。何もするな。』
これを徹底させなければならない。
つづく