SPnet私服保安入門
捕まえた万引き犯人のバッグやポケットからは、私服保安の現認していない商品がいろいろと出てくる。
私服保安が現認する前に犯人が盗ったものである。
犯人がロッカーのキーを持っていると、そのロッカーから盗品がたくさん出てくる。
犯人の盗った商品は「私服保安が現認したもの」だけではない。
これらを発見し被害回復をするのも私服保安の仕事である。
忘れてはならないのが犯人の車である。
そこにたくさんの盗品が載せられていることがある。
・事例39.『そうだったのか!通りで…。』 収穫は半分
夏。私は独り立ちして1年が過ぎていた。
・以前に見送った女性
20時25分。
男性下着売場で20歳後半の女性を見つけた。
一カ月くらい前に別の店で“見送った”女性だ。
このとき女性は単行本三冊をショルダーバッグに入れた。
しかし、現認不足だったのだ。
女性はそのときと同じ赤いショルダーバッグを肩にかけている。
「万引きの手口とカバンは変わらない。」
女性はすでに男性下着2~3点を手に持っていた。
それを肩のショルダーバッグにためらわずに入れた。
「盗っているな。」
・棚取り現認
女性は玩具売場横の催事場に移った。
そこでは、水着・水遊び玩具のセールが行われていた。
女性が商品の「黄色の透明ビニールバッグ」を手に取った。
商品棚の陰でそのビニールバッグに貼られている値札シールを剥いでいる。
うまく剥げないようだ。爪で擦り落としている。
やっと値札シールを擦り落としたようだ。
この値札シールは回収できない。
女性は黄色ビニールバッグを持って催事場を出た。
そして、エスカレーター横の休憩場所に行った。
ここには自販機やベンチがある。
女性はベンチに座り、赤いショルダーバッグの中からパッケージ入りの商品を取り出した。
最初に見た、既に女性が手に持っていた男性下着である。
そして、そのパッケージを破り値札をちぎってごみ箱に捨て、中身をショルダーバッグに入れた。
ここまで堂々とやると、誰も「彼女が万引き犯人だ」とは思わない。
万引きは堂々とやればやるほど怪しまれないのだ。
女性が赤いショルダーバッグと商品の黄色ビニールバッグを肩にかけて立ち上がった。
そして、エスカレーター前のランファンに入った。
“ランファン”とは「ランジェリーファンデーション」の略である。
ワコール・トリンプなどのブランド女性下着売場である。
私は女性がいた休憩場所のごみ箱から、その中のゴミをポリ袋ごと取り出した。
ゴミの中に女性の捨てたパッケージや値札が入っている。
それは紳士下着のものである。
女性がランファンで不自然な動きをしている。
下着を盗っているのだろう。
しかし、私が“ハデハデ下着売場”に入ることはできない。
私はランファン全体を見渡せる子供服売場に移動した。
ここからでも女性の不審行動が分かる。
女性は下着を手に取ってはかがみ込んでいる。
私の位置からでは、棚取り現認・入れる現認はできない。
しかし、黄色ビニールバッグを現認している。
値札を剥いだので、盗っていくつもりだろう。
女性が黄色ビニールバッグを持っている以上、彼女を検挙できる。
45分ほどして、女性がランファンから出てきた。
肩の赤いショルダーバッグが大きく膨らんでいる。
現認した黄色ビニールバッグも肩にかけている。
あとは店外だけである。
・エレベーターへ
女性がエレベーターに向かった。
先ほどから私の監視活動を見ていた売場係員が、女性の行く先を指さす。
私はそれに頷いて女性を追った。
エレベーターのドアが開く。
女性が乗り込む。
私も駆け込んだ。
彼女は3Fのボタンを押した。3Fは立体駐車場だ。
3Fに着いた。
女性が降りない。
私が私服保安であることに感づいたようだ。
女性は『間違いでした。上です。』と言って、Rボタンを押した。
Rは屋上駐車場である。
エレベーターが屋上に着く。
女性は降りない。
彼女は完全に気づいている。
こうなると厄介である。
私はなかばヤケになって女性に言った。
私『降りないのですか?』
女『いや、1Fでした。』
私『じゃあ、1Fへどうぞ。』
1Fに着いた。
女性は心配そうな顔をしてエレベーターを降り、食品売場前のベンチに座った。
膨らんだ赤いバッグと黄色ビニールバッグを膝の上に抱えている。
「このまま店外したら捕まる。商品を売場に戻そうとしてバッグから商品を出しても捕まる。」
女性は「抜き差しならない状態」になってしまったのである。※「店外10m」までは店内。
もっとも、女性は紳士下着と黄色ビニールバッグのパッケージ・値札を捨てているので、それらを戻しても捕まる。
女性下着については戻しても捕まらない。
私は検挙条件を分析した。
・女性が捨てた紳士下着のパッケージは回収したが、紳士下着の棚取り現認がない。
・女性はランファンで女性下着を赤いショルダーバッグに詰めたようだが現認不足。
しかし、赤いショルダーバッグはランファンに入る前より確実に膨らんでいる。
・黄色ビニールバッグの現認はOK。
これらとエレベーターでの女性の態度を考えれば、彼女は紳士下着も女性下着も盗っているだろう。
しかし、確実現認は黄色ビニールバッグだけである。
黄色ビニールバッグの値札シールが回収できていたら、店内でも女性を検挙できる。
しかし、値札が回収できなかったので「女性が値札を剥いだこと」が証明できない。
結局、女性が店外しない以上、現認確実な黄色ビニールバッグで検挙することはできない。[※第三章-Ⅰ-(2)-(ロ)]
・声かけ
しばらく待ったが女性は動こうとしない。
私は彼女に“助け船”を出すことにした。
もちろん、彼女にとっては“助け船”ではなく“ドロ舟”だ。
私は女性に近づいて、彼女にごみ箱から回収したポリ袋を見せた。
私『すいません、この店の保安係です。
あなたは2Fエスカレーター横で、商品のパッケージを破りごみ箱に捨てましたね。
これはごみ箱から回収したものです。
この件について事情をお聞きしたいのですがよろしいでしょうか?』
女『…。』
私『保安室で事情をお聞きしたいのですが、よろしいでしょうか?』
女『…、はい…。』
保安室で彼女に尋ねた。
私『その黄色いビニールバッグはどうしたのですか?』
女『盗りました…。』
次に、赤いショルダーバッグを開けてもらった。
女性がチャックを開けると、中のものが「ドバッ」とはみ出してきた。
赤・青・黄・紫…のブラジャーやショーツだ。
それはマジックショーのようであった。
私『これはどうしたのですか?』
女『…。みんな盗りました…。』
黄色ビニールバック(1000円)。ブラジャー・ショーツ・紳士下着60点。合計195900円。
被害点数が多いので「後日、書類作成」となった。
警察官が簡単な被害品リストを作った。
・続きがある
警察官が女性に尋ねた。
警『車で来たの?』
女『…ハイ…。』
警『今から交番へ行って事情聴取をします。
それが終わったら、身柄引受人と一緒に帰宅してもらいます。
でも、それが終わるのは24時を越えるよ。
その頃にはこの店の駐車場は閉まっているから、あなたの車は出せなくなるよ。
乗ってきた車を交番まで持ってきた方がいいンじゃないの?どこに停めたの?』
女『…。3Fの立体駐車場です…。』
警『あなたの車にこの警官と一緒に乗って交番まで来てよ。』
女『…。車は明日取りに来ます。
明日まで、私の車をこの店の駐車場に停めさせておいてください。』
警『あなたがそうしたいのなら、それで構わないけど…。』
常駐警備員は念のために、女性の車の車種・色・ナンバーをメモした。
女性は二人の警察官に連れられていった。
彼女は私に何度も頭を下げた。
女性の表情は盗っていたときの自信に満ちたものから、心細い悲しげなものになっていた。
私服保安の一番嫌な場面である。
私は彼女に静かに頭を下げた。
ここからが、本論である。
翌朝、常駐警備員が駐車場巡回で女性の車を見かけた。
警「これが昨夜の女性の車か…。」
警備員は何気なく車の中を見た。
後部座席にペッシャンコの大きなバッグが二つ置いてあった。
警「もしかして、このバッグにも詰めるつもりじゃなかったの…。」
警備員は助手席を見た。
そこには、パンパンに膨らんだ大きな黒いバッグが置いてあった。
だから彼女は自分の車を置いていったのである。
私はこれ以来、犯人が自分の車に到着するまで声かけしないことにした。
そして声かけ後、『悪いけど車の中を見せてもらえる?』と付け加える。
犯人はこれに渋々同意する。
トランクや車内から新品の商品が出てくる。
『これは、どうしたの?』と強く問いただす。
ほとんどが盗ったものである。
被害品が一気に多くなる瞬間だ。
もちろん、犯人に車の中を見せるように強制することはできない。
しかし、万引きで捕まった犯人は弱い立場に置かれている。
ほとんどが、私服保安の“依頼”を承諾する。
たまに『そんな権限はあんたたちにないはずだ。』と拒否する強者(つわもの)がいる。
そんな相手には、
『ほぉ~っ。詳しいじゃない。嫌なら別に構わないよ。』とひき下がる。
そして、警察官が到着したら警察官にこう言う。
『なんかねぇ…。車の前で捕まえたときに、「車の中も見せてくれ。」と言ったら、「見せる必要はない!」と息巻いていましたよ…。
見せたくないものでもあるのかなぁ…。』
警察官は犯人を連れて、犯人の車の所へ飛んで行くはずである。
★2020.05.追記
この場合は、女性を検挙できるのは
・①.女性がエレベーターに乗ってエレベーターが動いたとき
・②.エレベーターが3F立駐に着いたとき。
・③.エレベーターがR屋上駐車場に着いたとき。
・④.エレベーターが1Fに着いたとき。
・⑤.女性がエレベーターを1Fで降りたとき。
どれも、「支払意思がないこと」の証明になる。
※エレベーターの中で現行犯逮捕できる
しかし、当時はまだ一人立ちして1年で保安リーダーの職人ウーマンの言いつけ通り「建物外10m」を厳守していた。
現在なら、⑤で迷わず逮捕する。
これは、「建物外10m」を厳守して、犯行後1時間を過ぎてしまえば現行犯逮捕ができなくなることも関係している。
※建物外と現行犯逮捕の時間・場所制限
もし、店内での逮捕に気が引けるのなら、事例のように「事情を聞きたい」と保安室へ同行すればよい。
もっとも、身体を実力で拘束せず、任意での同行であっても
犯人から言わせれば、また外見的にみれば「実力による逮捕」と同じである。
私服保安は姑息な逃げを使わずに、真正面から一本を取りにいけばよい。
それには、「法律上何ができるのか・どこまでできるのか」をしっかりと理解しておかなければならない。
師匠から弟子に言い伝えられてきた「私服保安ルール」は今一度検証されなければならない。
※伝承された私服保安ルールを次の世代へ
つづく