SPnet私服保安入門
・事例40.先に店外した母親は『私は関係ない!』と言い張った
16時。
私は警備室の防犯カメラで H&BC(化粧品・薬売場)を監視していた。
化粧品コーナーに中学生くらいの女の子とその母親らしき女性がいる。
女の子はカートを押している。
カートには食品の入ったレジ袋が四つ載せてある。
母親はカートの傍で化粧品を見ている。
「夕食の食材を買ったあと、母娘で化粧品を見ているのか…。」
「?」
女の子が手に取った化粧品をカートのレジ袋の間に入れた。
母親も手に取った化粧品をカートのレジ袋の間に入れる。
「盗るのか!」
私は傍にいる常駐警備員にカメラ操作を頼んだ。
私『この二人は盗るだろう。今から現場に行くので、二人をカメラで追っていてほしい。』
私はH&BCに向かった。
・現認
H&BC 向かいの婦人服売場に到着。
母親と娘はまだH&BCにいる。
私は警備室に連絡した。
私『あれからレジに行っていないよね?』
警『行っていないよ。あれから化粧品を合計3点カートに載せたよ。』
私は二人の監視を始めた。
母親と娘が化粧品を1点ずつ、カートに載せた。
さらに母親は赤色のシャンプーを2本手に取り、娘に手渡した。
それを娘がカートに載せる。
カメラを見ている警備室から連絡が入る。
警『化粧品とシャンプーは現認した?』
私『OK。』
警『このまま出るね。』
私『だろうね。』
・店外
母親が先にH&BCを出た。
そして、スーパーマーケットゾーンから専門店街へ出てトイレに向かった。
暫くして、娘がカートを押してそのトイレに向かった。
私は、トイレ近くのベンチに腰掛けて二人の出てくるのを待った。
5分後、二人がトイレから出てきた。
母親がカートを押している。
カートの上には母親の着ていた上着がかけてある。
私は二人を尾行した。
二人はそのままショッピングセンターの建物外に出た。
私は声をかけた。
私『いま、化粧品やシャンプーをカートに載せてトイレに持ち込みましたよねぇ…。それらをどこに置いてきたのですか?』
二人『…。』
カートの隙間から赤いシャンプーが見えている。
私『すいませんがその上着をどけてください。』
母親が上着をどけた。
私の現認した赤いシャンプー2本と化粧品数点がある。
私『まだ持っていたのですか。それなら万引きですね。来てもらえますか?』
二人は頷(うな)ずいた。
保安室で、化粧品7点と赤いシャンプー2点を確認。
娘が「盗ったこと」を認めた。
娘は中学2年生で14歳を越えていた。
・母親の反論
一応、母親の持っていたバッグも開けてもらった。
不審な物は出てこなかった。
ここで母親が私に食ってかかった。
母『私は娘が盗っていたとは知りませんでした。私は万引きではありません。私は娘が盗った商品とは関係ないじゃないですか!
なぜ、こんな所で調べられなければならないの!』
私『あなたも自分で化粧品をカートに載せていたじゃないですか?
この赤いシャンプーはあなたが娘さんに手渡していましたよ。カメラ映像を見せましょうか?』
母親が微妙に主張を変えた。
母『私は娘にレジ清算を頼んで、先にトイレに入ったンです。娘が支払ってきたと思っていたンです。』
私『それでは、あなたは化粧品等がそのままカートに載せてあることに気づかなかったのですか?』
母『全然知りませんでした。』
私『おかしいですねぇ。カートの上にはあなたの上着がかけてありましたよ。上着をかけるときに分かるはずでしょう?』
母親が言葉を詰まらせた。
彼女は『暑いので上着を脱いでカートに載せただけじゃない。カートに何があるのか一々見ないわよ!』と言い張ればよかった。
しかし、そこまで「しらを切る」ことができなかった。
「真実と異なることを言い張る」のは凡人にとって難しいことなのだ。
それでも、母親はまだ頑張った。
母『おかしいと思いましたよ。娘が買ったはずの化粧品がレジ袋にも入っていないから…。それで、私は娘に問い質したのです。
すると、娘が「支払っていない。」と打ち明けたのです。』
私『それなら、トイレから出てレジに行くべきでしょう?あなた達は店の外に出ていきましたよ。』
母『それでも、盗ったのは娘です!私ではありません!』
私は娘の方に尋ねた。
私『お母さんの言う通りなの?』
娘『…。』
・盗品等に関する罪
私は母親に説明した。
私『万引きされた商品だということを知って、それを運んだ場合は“盗品等に関する罪”が成立します。
これは、窃盗罪と同じ10年以下の懲役・50万円以下の罰金ですよ。』
母『…。』
私『そんなことはともかく、母親なら自分の子供が悪いことをしたときにそれを諫いさめるのが当然でしょう?
それに、自分の娘が万引きで捕まって事情を聞かれているンですよ。
一緒にいて、娘を叱ったり支えてやったりするのが親の役目じゃないのですか?』
母親は黙ってしまった。
警察官到着。
母親と娘は別々に事情聴取された。
娘は「母親は無関係」と言い切り、母親も「自分は無関係」と言い張った。
私と常駐警備員は顔を見合わせてあきれていた。
警察官が私の傍に来て小声で言う。
警『…。母親を事件にすることは無理だなぁ…。』
私『“盗品等に関する罪”でやれるじゃないですか。』
警『「万引きされた商品と知っていた」ということを翻(ひるがえ)すに決まっているから…。』
私『だったら、「盗る相談をしていた」として共謀共同正犯でやったらどうですか?』
警『勘弁してよ…。娘の万引きだけでやらせてよ…。』
私『こっちは別に構いません。母親の態度が気に入らないだけだから。』
警『母親には充分言って聞かせるから。じゃあ、娘だけでいいね!』
二人が警察官に連れられていく。
娘は泣きはらした目をしていた。
しかし、母親は私を睨み付けて出ていった。
★2020.05.追記・説明
この事例では娘も盗っているので、
娘がカートを押してスーパーマーケットゾーンを出たときに逮捕できる。
しかし、娘は中学生くらいで刑事未成年の可能性がある。
※刑事責任能力がなければ犯罪とならない(刑法41条)
娘が14歳未満なら娘の窃盗罪は成立しない。
母親は「知らなかった」と逃げきる。
そして、商品を返したり買い上げしたりして事件にならない。
母親は自信を持って、同じことを繰り返す。
私はこの母親を捕まえようとあえてトイレ中断を選んだのである。
もちろん、中断があるので「商品をどこに置いてきたの?」という合法“カマかけ”を使った。
なお、私服保安はこちらも参考に読んでもらいたい。
※選任のための法律知識・第12講.間接正犯と「子供に万引きをさせる親」
つづく