SPnet私服保安入門
・事例41.先生は仲間の名前を聞き出した。しかし、仲間は謝りに来なかった。
18時頃。
私は食品売場で中学生男子五人組を見つけた。
部活の帰りだろう、各々が制服姿でスポーツバッグを持っている。
彼らが菓子を手に取って別の通路に入っていく。
「盗っているな…。しかし、小者をかまっている暇はないから放っておこう。」
と思ったけれど、彼らの表情を見て気が変わった。
主犯格の男子が「どうだ?簡単だろう。万引きなんかチョロイもンだ。」という表情をする。。
副主犯格もいきがっている。
あとの三人は浮ついている。
「大人をなめたらあかんゾ…。」
私は売場に入った。
・入れる現認不足
盗っているのは主犯格と副主犯格の二人である。
チョコレート,スナック菓子,カツ丼弁当を棚取りし、イチゴ大福3個を鷲掴わしづかみにした。
しかし他の三人が壁を作るので“入れる現認”ができない。
私は「彼らが店外して商品を出す」のを待つことにした。
※中断をつなげられる場合
副主犯格が仲間から離れてレジに行き、ニタニタしながら割り箸をもらう。
五人は生意気な表情をして、パンの方から食品売場を出て園芸コーナーから店外した。
私は五人の後についた。
五人はショッピングセンターの建物沿いに歩いていく。
ショッピングセンターの前は広い駐車場だ。
100mくらい進んだだろうか、主犯格がポケットから何か取り出しその包装を捨てた。
棚取り現認をしたイチゴ大福の包装紙だ。
私はそれを回収した。
五人は駐車場にある“植え込み”の前で一列に並んで座った。
主犯格がカツ丼弁当をバッグから取り出し、副主犯格から割り箸をもらって食べ始めた。
副主犯格はバッグから菓子を取り出して皆に配っている。
友達との楽しい語らいだ。
しかし、これで「入れる現認不足」が補えた。
・声かけ
私は彼らに声をかけた。
私『こんばんは…。』
その瞬間、五人は蜘蛛(くも)の子を散らすように別々の方向に逃げた。
この瞬時の判断と反応のよさ。さすがは中学生である。
特に主犯格と副主犯格の逃げ足は速かった。
私は逃げ後れた一人を捕まえた。
そして、現場に散乱する食べかけのカツ丼弁当や菓子を回収した。
捕まえた男子のポケットからチョコレート菓子1箱が出てきた。
「もらったもの。」だそうである。
とにかく、保安室で事情を聞いた。
この男子は壁を作っていたが、盗ってはいない。
もらったのもチョコレート菓子だけだから、反省文を書かせて警察扱いにはしなかった。
・学校連絡
そのかわりに学校へ連絡した。
担任の先生がすぐにやってきた。
先生は男の子を叱り、一緒にいた者の名前を言わせた。
私は先生を警備室の外へ呼んだ。
私『他の者が持っていた商品は彼らがすでに処分しているはずです。
私が回収した「食べかけのカツ丼弁当や菓子」は犯人の手を離れていますので証拠になりません。
だから、警察扱いにできないのです。』
先『あの子の証言があるじゃないですか。』
私『大した被害額でないので、学校から子供たちに注意してもらえばそれでいいのです。』
先『こんなことを教師が言うのは変ですが…。
あの主犯格と副主犯格は、これまでにもいろいろな問題を起こしているのです。
我々教師が手を焼いている生徒なのです。警察扱いになれば彼らも反省すると思うのですが…。』
私『先生方にもいろいろ事情はあると思います。
しかし、犯人の手から“盗ったもの”が離れたら警察は相手にしません。
あの子だけを警察渡しにするのはちょっと可哀相ですよ。あとは学校で彼らを上手く指導してください。』
先『…。分かりました。』
先生は、男の子を連れていった。
その後、残りの四人は謝りに来なかった。
主犯格・副主犯格は盗った商品の代金を支払いに来なかった。
あの先生はどんな指導をしたのだろう。
2カ月後、私は店の許可を得て冷凍保管しておいたカツ丼弁当と菓子類を廃棄した。
★2020.05.追記・説明
この事例で「捕まえた中学生」は盗ってはいなかったが「壁を作っている」。
だから、窃盗罪の幇助犯や共謀共同正犯で事件とすることができる。
また、事情を知って盗品をもらったのだから「盗品等に関する罪」も使える。
※幇助犯
※共同正犯・共謀共同正犯
しかし、その証拠収集には大きな労力が必要である。
殺人や強盗ならいざ知らず、たかが少額の万引きでは警察は動かない。
「刑法や刑訴法とその解釈論」はそのまま実務に適用されるわけではない。
しかし、私服保安にとってそれを知っておくことは必要である。
「何が犯罪になるか、何ができるか、どこまでできるか」を知っていなければ、自分が犯罪を犯すことになるからだ。
つづく