SPnet私服保安入門


          
d-3.犯人と一緒にいた仲間の取り扱い例③

 




・事例42.『被害届という手があったのか!』 困ったら警察に相談


日曜日。私とAさんの二人態勢。

15時頃、Aさんから連絡が入る。


A『ヤンキー娘が三人。2Fで女性下着をバッグに入れました。三人がエスカレーターで1Fに下ります。』

私は1FでAさんと合流。

三人娘は H&BC へ向かう。


16、7歳であろうか、やんちゃ盛りの娘たちだ。

三人の中の一人が大きなベージュ色のショルダーバッグを持っている。

我々は H&BC 向かいの婦人服売場で三人を監視する。


・現認


娘たちはフレグランス棚の前に座り込んだ。

この棚は通路に面している。三人は通路の端に座っているのだ。

真ん中の娘の前にショルダーバッグが置かれている。

真ん中が主犯格、左が副主犯格、右が“お供”のようだ。


フレグランスは“香り見本”だけが外に出ている。

商品は透明ケースの中に入っている。

しかし、このケースには鍵がかかっていない。

透明ケースを手前に引っ張れば、手を入れて商品を取り出すことができる。


主犯格と副主犯格が透明ケースを手前に引っ張っている。

主犯格がケース中に手を入れ、商品を取り出して自分の前に置いた。

さらに商品を取り出そうとしたが、商品に付けられている防犯タグが鳴った。

副主犯格が『ちょっと、スイマセ~ン!』と H&BC 係員を呼ぶ。

副『商品を触ったら鳴りましたよ?』

係員が防犯タグを解除して戻っていく。


主犯格と副主犯格は、さらにケースから商品を取り出し自分たちの前に置いた。

二人が取り出したフレグランスをバッグに詰め込む。

三人の背後では、たくさんの客が行き来している。
そんな状況で堂々と盗っているのだ。

万引き慣れしているからか、若いからか。とにかく見上げたものである。

フレグランス6箱を現認。


・店外


三人は立ち上がって専門店街出入口の方へ向かった。

そして、1Fスーパーマーケットゾーンを出た。


私は犯人が女性の場合、スーパーマーケットゾーンを出た所で声かけする。

犯人が近くの女子トイレに入ると面倒だからである。

しかし、今日はAさんがいる。

三人がトイレに入ってもAさんがトイレに入れる。

また、三人がコインロッカーへ行くようだったら、そのロッカーの中にもたくさんの盗品があるだろう。

堂々とした盗り方から考えると、今から専門店街でたくさん盗るかもしれない。

乗ってきた自転車にたくさんの盗品があるかもしれない。

現認確実だからいつでも捕まえられる。

私服保安は二人だ。

私は欲を出した。


もう少し泳がせてみよう。」


三人はエスカレーターで専門店街2Fに上がっていく。

私とAさんが後に続く。

2Fに着いた三人がエレベーターに向かう。

「なんだ、もう盗らないのか。」


私はAさんに『一緒に乗り込むように。』指示した。

私が乗り込むと「私服保安であること」が気づかれてしまうからである。

三人とAさんがエレベーターに乗った。

私はエレベーターが上へ上がるのを確認した。

2Fの上は3F立体駐車場と屋上駐車場だ。

私は階段を駆け上がった。


・実行犯の逮捕失敗


屋上駐車場の方でAさんの大声が聞こえる。

私が屋上駐車場で見たものは、


・女の子二人を乗せて疾走するバイク。
・そのバイクを追いかけるAさん。
・そして、Aさんの後ろで、バイクを追いかけるもう一人の女の子。

バイクはマフラーから白い煙を吐いてスロープを走り下りていった。

商品の入ったバッグも一緒である。

取り残されたのは“お供”の女の子。

その女の子を保安室へ連れていく。


しかし、彼女は商品に触っていない。盗られた商品も残っていない。

何とか、彼女から逃げた二人の名前と住所を聞き出した。

主犯格とケイタイがつながった。

私はどやしつけた。

主犯格は『商品は全部返す。すぐ戻る。』と約束した。


しかし、次の連絡では『ガス欠になった。ガソリンを買う金がない。』と戻る気配がない。

当然である。

逃げた二人が戻ってきて得なことは何一つないからだ。


結局、“お供”の女の子に反省文を書かせて、警察に彼女を引き取ってもらった。

もちろん、逃げた二人と商品は戻ってはこなかった。


二週間後。

中年万引きを検挙したときに、やってきた顔見知りの警察官にこのことを話した。


警『山河さん。そこまで分かっていたら被害届を出せばよかったのに。』

私『えっ?犯人を捕まえなくても被害届を出せるの?』

警『被害届は「盗られたこと」が証明できれば出せるよ。
     それだけたくさんの商品がなくなったのだし、私服保安二人が現場を見ているンでしょう。
     それに、仲間の女の子も認めているから、それで充分だよ。
     被害届があれば、警察は逃げた二人を呼び出して調べるよ。』

私『その手があったンだ!じゃあ、いまから被害届を出すよ。』

警『もう遅いよ。二週間も経ったら「処罰意思」がなかったと判断されるからネ。』

現行犯逮捕ばかりで仕事をしていると、こんなことにも気がつかないのである。


Aさんが私に言った。

A『あのとき、三人がエレベーターに乗る前に捕まえてもよかったンですよね?』

私『いま考えるとその通りだよ。でも、あのときはそんなこと全然考えなかったよ。』

A『「エレベーター中断だ!どうする?」で頭が一杯だったンでしょうね。』

私『それにしても、Aさんの走りは凄かったネ。』

A『脚には自信があるンです。一人を追い抜きましたものね。』


★2020.05.31.追記・説明


読者諸氏はもう気付いているだろうが、この事例では三人がスーパーマーケットゾーンを出たときに逮捕すればよかったのだ。

コインロッカーや彼女たちが乗ってきた自転車に他の被害品があっても、逮捕した後でそれを確認することができる。
私服保安がそれをできなくても警察官ならできる。

「まだ盗るだろう、被害品を増やせるだろ。」という「私服保安の欲」が災いしたのである。

また、Aさんの言う通り、彼女たちがエレベーターに乗った時点で逮捕すればよかったのである。
なぜ、そうしなかったのか私にも不思議である。

多分、新人のときから教え込まれてきた「建物外10m」が潜在意識にあったのだろう。

「師匠から弟子へ、それを守るように伝承されてきた私服保安の虎の巻」のせいである。


つづく

 





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