SPnet私服保安入門
第五章 保安室での処置-「一発大逆転の落とし穴」が待っている-
犯人をやっと保安室へ連れてきた。
『さあ、これからは思う存分料理してやる。』
私服保安の気が緩むときである。
しかし、まだまだ落とし穴が待っている。
これに落ちたら「一発大逆転。満塁さよならホームラン」となってしまう。
兜(かぶと)の緒(お)を締めなければならない。
犯人を警察官に引き渡すまでは気を抜いてはならない。
キーワードは“犯人の安全”と“すべて任意”である。
1.保安室での処理手続の流れ
まず、保安室での処理を簡単に説明しておこう。
それらを行う上での注意点は後で詳しく説明する。
(1)犯人を保安室の奥に座らせる
・入り口に近い方に座らせると逃げられる。
・とにかく、座らせて犯人の興奮を静める。
・犯人の逃亡・自傷・攻撃に注意[※2-(2)]
(2)犯人の持ち物検査
・持っているものすべてを出してもらう。
・犯人にやらせる。私服保安は手を触れない。[※2-(4)-a]
a.盗った商品を入れたバッグや袋
・『中身を全部出してくれる?』と依頼する。
私服保安が開けたり、中身を取り出したりしてはいけない。
・それら、すべてを机の上に置かせる。
b.バッグの中から出てきた化粧ケースや小さなポーチ
・中身を全部出してもらう。
・出てきたものはすべて机の上に置かせる。
c.ポケット
・『悪いけど、ポケットのものも全部出してもらえるかな?』と依頼する。
私服保安は犯人のポケットに触ってはいけない。
・ポケットを裏返してもらって全部出したかどうか確認する。
d.財布
・入っている金額を尋ねる。
・入っている金額が少なく「万引きした商品を買える額でない」なら、「盗るつもりであった」ことを補強できる。
e.身分を証明するもの
・『免許証か何かありますか?』
『チョット預からせてもらいますよ。いいですね?』と同意を得て私服保安の手許に置く。
・これで犯人は逃げようとは思わない。[※2-(4)-a]
(3)盗った商品の確認
a.犯人の私物をバッグに戻してもらう
・犯人の持っていたものすべてが机の上に置かれている。
・そこから犯人の私物を選ばせる。
『この中から、あなたの物を選んでバッグに戻してください。』
b.新しい商品・パッケージ入りの商品を私物として戻そうとしたら確認する
それらのほとんどは盗ったものである。
c.「盗ったこと」の確認
・机の上に残った商品について、
『この商品はどうしたのですか?』と尋ねる。
・「盗ったこと」を再度認めさせて、確実に犯人をギブアップさせる。
・自白させる方法。[2-(5)]
(4)集計表の犯人欄に、氏名・生年月日・住所・勤務先などを書いてもらう
・“集計表”とは被害商品のリストである。
ここに犯人についての欄がある。
・犯人の氏名・住所・生年月日は警察連絡のときに必要となる。
・私服保安が聞き取って代筆しても構わない。
・犯人が書くことを拒んだ場合は無理やり書かせてはいけない。
・氏名などを明らかにしない場合はそのままにしておく。
・氏名・住所などを預かった免許証などで確認する。
・免許証などはすぐに返却する。
ずっと私服保安の手許に置いておくと、違法押収・差押となってしまう。
・犯人はウソを書くので注意する。[※2-(1)]
(5)店の事務所に連絡して、担当者に保安室へ来てもらう
・総務課長・副店長・フロア責任者・売場mgrが、この順番で万引き担当者となっている。
・店長への連絡は避ける。
万引き程度の事案を店長に持ち込んではいけない。
保『保安係です。いまリフターに保安室へ来てもらっています。保安室までお願いします。』
・犯人の人権を尊重して“万引き”という言葉は使わない。
店によって各々隠語がある。
・犯人が女性の場合は女性の立ち合いを頼む。[※2(3)]
保『リフターが女性なので、誰か女性の立会をお願いします。』
(6)担当者に犯人と商品を見せ、状況を簡単に説明して「犯人の処分」を決める
・犯人が常習であったり質(たち)の悪い者だったりして、
私服保安が「警察送りにした方がよい」と判断した場合は、あらかじめ担当者に告げておく。
・「警察送り」が決まっていても、犯人の前で私服保安が担当者に尋ね担当者に答えてもらう。
保『どうされます?いつも通りに警察送りにしますか?』
担『いつも通りでお願いします。』
保『分かりました。』
(7)担当者に「被害商品の処理方法」を尋ねる
被害品の処理方法には、“買い上げ,売場戻し,廃棄”がある。
・“買い上げ”とは犯人が商品を買い取ること。“買い取り”とも呼ばれる。
・“売場戻し”とは商品をそのまま売場に戻すこと。
・“廃棄”とは店の負担で商品を捨てること。
・私服保安はこれら処理方法について口をはさんではいけない。[※2-(11)-c]
鮮度が必要な食品・汚したり、着たりした衣服・パッケージが破れた商品は“買い上げ”となる。
売り物にならないからである。
しかし、犯人に買い上げる経済力がなければ“廃棄”となる。
これら以外の場合が“売場戻し”である。
担当者はここで帰ってしまう。
犯人が女性の場合は、女性立会人に警察官が来るまでいてもらう。
(8)警察へ連絡する
a.「被害商品の点数と合計額」を大雑把に算出する
警察は「犯人が未成年者の場合は被害総額5000円以上」、
「成年者の場合は被害総額10000円以上」を“正式な事件”として扱う。
5000円未満・10000円未満の万引きは“微罪処分”となり簡単な手続で終わる。
警察官は微罪なら簡単な書類で済む。事件ならたくさんの書類を作らなければならない。
警察官はこの点を知りたがるので、「大体の合計額」を算出しておかなければならない。
b.「犯人の氏名等」が書いてある集計表を準備する
警察官が予め犯人の前歴を調べてくるので必要となる。
犯人が黙秘している場合はその旨を告げる。
・まず、管轄の交番へ連絡する。
交番不在の場合は管轄の警察署に連絡する。警察署から近くのパトカーに連絡してくれる。
保『○○警察署ですか?私は○○店の保安係の○○です。
万引き犯を捕まえましたのでお願いします。』
店の隠語である“リフター”などを使っても警察官には分からない。
「犯人の氏名・住所・生年月日・被害点数・金額」を聞かれるからこれに答える。
この“警察連絡”が「警察官への犯人引き渡し」となる。
保護者引き渡しの場合も、保護者への連絡が「引き渡し」となる。
犯人逮捕から警察連絡・保護者連絡までを30分以内に行わなければならない。
1時間を越えると問題が生じる。[※2-(7)]
(9)商品のスキャン・値段調べ
商品リストを作るために、商品の売価が必要となる。
被害商品を売場か事務所に持ち込んで、“スキャンテスト”をしてもらう。
レジスターから出てくるレシートを各商品にテープで貼り付けておく。
書類作成が楽になる。
スキャンは事務所に持ち込むのが一番よい。
売場レジやサービスカウンターに持っていくと、忙しいので嫌がられる。
快く応じてくれても、客が優先されるので時間がかかる。
携帯用の商品管理端末でも商品の売価を調べることができる。
スキャンはできるだけ従業員にやってもらうようにする。
日頃から信頼関係を作っておくと、『終わったら知らせます。』と協力してくれる。
私服保安の負担がそれだけ軽くなる。
商品は証拠品である。
警察官到着までは売場に戻してはいけない。
商品をスキャンテストで持ち出すのには犯人の同意が必要である。[※2-(4)-a]
(10)集計表・顛末書の作成
私服保安が作る書類は2種類。
被害商品リスト(集計表)と顛末書(てんまつしょ)である。
集計表を参考にして、警察官が正式な被害届を作成する。
顛末書とは「こんな事がありました。状況はこうでした。」と事件の様子を書いたものである。
簡単な“私服保安(目撃証人)の供述書”である。
用紙は警備会社が作成して保安室に備えつけてある。
被害商品の数が多いと集計表を作るのに時間がかかる。
後から警察へ FAX送付しても構わない。
集計表も顛末書も刑事手続上の正式な文書ではない。
集計表はあくまで被害届作成の資料にすぎず、顛末書も正式な供述書ではない。
犯人が送検・起訴となれば、警察官がやってきて正式な供述書を取ったり、警察署・検察庁に呼ばれて供述書を取られたりする。
警察官が犯人を逮捕する(私服保安の現行犯逮捕を引き継ぐ)と、私服保安はすぐに警察署で供述書を取られる。
「送検は逮捕から48時間以内にしなければならない」からである。
2~3時間で済むがもっとかかることもある。
朝方までかかった私服保安もいた。
もちろん時間外労働として賃金に加算される。
顛末書を作成し、警察官・検察官から供述書を取られるのは“犯人に声かけをした者”である。
ベテラン私服保安と新人私服保安が二人で犯人を追っている場合、新人私服保安が“声かけ”をやらされる。
これは「新人に経験を積ませてやりたい」という親心からである。
ベテラン私服保安が「後々、警察や検察に呼ばれることを嫌がっている」からではない。
(11)警察官が犯人と私服保安から事情を聞く
警察官が到着すると警察官は犯人から事情を聞く。
持ち物検査・ポケットの検査・氏名等の確認・盗ったことの確認などをする。
まだ“任意取調べ”の段階なので、私服保安がやったのと同じように行う。
参考のために見ておくとよい。
次に、警察官は私服保安に犯人を捕まえたときの状況を聞く。
「私服保安の現認が確かであるか・現行犯逮捕が違法でないか」を確認するためである。
このあと、警察官は犯人に「動機・その日の動向・仕事ぶり・家族の状況・身柄引受人の有無など」を聞く。
そして、警察官は「犯人の反省の度合い・店側の要望」などを総合判断して「犯人をどう扱うか」を決める。[※2-(10)]
(12)証拠写真・現場写真の撮影
a.証拠写真
「犯人の前に商品を並べて、犯人がそれを指さしている」写真を警察官が撮る。
私服保安には関係ない。
b.現場写真
集計表(被害品リスト)に書いてあるすべての商品について、「この商品はここで盗った」という証拠写真を警察官が撮影する。
犯人が連れ回されることもあるが、通常は私服保安が犯人役をする。
私服保安は一般客の前で「商品を指さしている写真」を撮られることになる。
ニコニコしていないと万引き犯人と思われてしまう。
必要な場合には、後日警察官が犯人を連れて詳しく現場検証をする。
開店前に行われるのが通常である。
これに、私服保安が立ち会わされることがある。
(13)警察官が犯人を連れて行く
以上が終わると、警察官は集計表・顛末書・被害商品を持って犯人を連れていく。
警察官の書類作成に被害商品が不要な場合は被害商品を置いていく。
後で述べるが、残された被害商品は事務所に引き渡さなければならない。
(14)保護者引き渡しの場合
どの店でも「犯人の年齢・被害額に関わらず警察渡し」が原則である。
犯人と事件を警察に引き継げば、後々ややこしい問題が生じないからである。
しかし、ほんの出来心で盗った場合・犯人が年少の場合は、
警察沙汰にしないで犯人を保護者(身柄引受人)に引き渡すことがある。
後で述べるが、「私服保安の逮捕が弱い場合」もこうする。
・保護者とは「20歳以上の者」であれば友達でも同僚でも構わない。
・保護者になかなか連絡がつかない場合・保護者がすぐに引き取りに来られない場合は警察渡しに変更する方がよい。
保護者に連絡がつかないでモタモタしていると“30分の制限時間”を越えてしまうからである。
た、保護者の引き取りまでに時間がかかると、それまで犯人の安全について責任を負わされるからである。
・“保護者渡し”の場合も私服保安が作る書類は“警察渡し”の場合と同様である。
・但し、後々の争いを避けるために、保護者から一筆取っておく必要がある。
集計表の下欄に次のように書いてもらう。
『以上の事実を認め、○○(犯人)の身柄を引き受けます。
今後このようなことをしないようにしっかりと監督・指導をいたします。
年月日・住所・氏名』
犯人にも同様のことを書いてもらう。
『以上の事実を認め、今後このような事をしないことを誓います。年月日・住所・氏名。』
・なお、保護者の住所・氏名等を免許証などで確認することを忘れてはならない。
身元を証明できない保護者に犯人を渡してはならない。
・なお、犯人を独りで帰してはならない。[※2-(9)]
ここまでやるのに、少なくても1時間、場合によっては3時間以上かかってしまう。
一日に小者ばかり4事件を処理したことがあるが、食事の暇などまったくなかった。
つづく