SPnet私服保安入門
2.各手続での注意点 -「犯人の身の安全」と「すべて強制できない」
それでは処理手続のあちらこちらにある“落とし穴”を説明しよう。
私服保安はこれに落ちないように注意しなければならない。
犯人は「私服保安がこの落とし穴に落ちる」のを待っているかもしれない。
(1)犯人はウソを言う
犯人がウソの住所・氏名等を書くことがある。
免許証などで確認できない場合は、もう一度言わせたり電話番号を逆に言わせたりして確認しなければならない。
『身柄引受人がいない・来られない』というのもほとんどウソである。[※事例48]
・事例43.突然、母親が娘に大声を上げた
ある店で、ベテラン私服保安が女子高生を捕まえて保安室へ連れてきた。
私は別の用事で保安室に来ていた。
女子高生は化粧品数点を盗っていた。
女子高生はしょんぼりとして反省しているようだ。
「盗ったこと」を素直に認め、自分の氏名・住所・保護者名もすらすらと書いた。
母親がやって来た。
母親は女子高生と一緒に店に来て同じ化粧品売場にいた。
娘が私服保安らしき人に連れられていくのを見て、心配になって警備室に来たのである。
私服保安が女子高生の隣に席を勧める。
そして、商品と書類を見せて事情を説明し始めた。
突然、母親が大声を上げた。
母『あんた!なんで、こんなことをするのヨ!恥ずかしくないの!』
私服保安が母親をなだめる。
保『お母さん、娘さんは充分反省していますよ。ちょっとした出来心ですから…。』
しかし、母親の怒りは収まらない。
母『ここに書いてあるのは何なの!友達の名前と住所じゃない!
そして、保護者は友達のお父さんじゃない!』
女子高生は氏名・住所・保護者名に自分のではなく友達のものを書いていたのだ。
犯人の“しおらしさ”に騙されてはいけない。
(2)犯人の自傷・逃亡・攻撃
a.犯人の身の安全は私服保安の責任
犯人を捕まえるときに犯人が怪我をしたら私服保安の責任が問題となる。
私服保安が犯人に実力行使をしたからである。
それでは、保安室で犯人が自分で自分を傷つけたり自殺したりした場合はどうだろうか?
警察が犯人を逮捕した場合のように強制的に犯人を拘束しているのなら、犯人の管理責任も問題となるだろう。
しかし、犯人は自由意思で保安室に来て保安室にいるのである。
強制的に拘束していない犯人が、勝手にやったことにまで私服保安が法律上の責任を問われることはないだろう。
しかし、法律上の責任を問われなくても社会的・道義的責任が問われることになる。
私服保安は犯人逮捕に引き続いて犯人を保安室へ連れてきている。
それが犯人の自由意思によるものとはいえ、一般人の意識からすれば「犯人は私服保安の支配下に置かれている」ことになる。
私服保安には「支配下に置いた犯人の身の安全を確保する」社会的・道義的責任がある。
また、犯人が保安室で自傷・自殺すれば、「保安室でやり過ぎがあったのではないのか?」と疑われてしまう。
それがスキャンダルとなれば店の信用・ブランドが傷つくことになる。
私服保安は職務を遂行する上で店に損害を与えないようにしなければならない。
私服保安の不注意で犯人が自傷・自殺し、店の信用・ブランドを低下させたら店に対して職務上の責任を果たしていないことになる。
このような点から、私服保安は犯人の身の安全を確保しなければならない。
私服保安の犯人の身の安全に対する責任は犯人を警察官や保護者に引き渡してはじめて終わる。
犯人を独りで帰してしまい、そのあと犯人が家出したり自殺したりしたら私服保安は責任を果たさなかったことになる。
では、犯人を捕まえるとき・犯人を保安室へ同行しているときに犯人が逃げ、
そのあと犯人が家出したり自殺したりしても私服保安の責任が問われるだろうか?
この段階では「私服保安が犯人を支配下に置いた」と一般人は思わない。
私服保安にやり過ぎや違法行為がない以上、責任を問われることはないだろう。
b.「この世の末」と思う犯人
万引きは大した犯罪ではない。
初犯なら警察官にこっぴどく叱られて終わりである。
警察から勤務先や学校に連絡することはない。
しかし、『もう、この世の末だ!』と思ってしまう者がいる。
中年男性に多い。
・泣き叫ぶ。土下座をして哀願する。興奮し過ぎて過呼吸になる。
・保安室から半狂乱になって逃げ出したり、自殺を図ったりする者もいる。
ずっと前の話であるが、どこかの店で犯人が保安室の窓から逃げ出した。
しかし、保安室は4Fにあった。
犯人はそのまま転落してしまった。
「この世の末」と思っている犯人は自傷・自殺・逃亡するだけではない。
私服保安に危害を加えて逃げ出そうとするかもしれない。
万引き犯人に殺されたのではたまったものではない。
犯人が何をするかは予測できない。
ある警備会社では、私服保安が万引犯人を事情聴取するときに必ず制服警備員を立ち会わせる。
以前は私服保安一人で事情聴取していた。
しかし、ある私服保安が万引犯人に出刃包丁で首を切りつけられてから、制服警備員が立ち会うことになったそうだ。
私服保安は細心の注意をもって“犯人の身の安全”と“自分の身の安全”を守らなければならない。
・事例44..私服保安がふと顔を上げると…
その日はAさんが9時から勤務、私が14時から勤務。
私が入店すると、警備員が小声で言った。
警『大変だったンですよ…。』
保安室ではAさんが書類作成をしていた。
机の向こうにで、青白い顔をした50歳くらいの男が首をうなだれていた。
通常の万引き処理である。
私はAさんを呼んだ。
私『何かあったの?』
A『大騒動でしたよ…。』
Aさんば事情を話した。
男は紳士用品数点を盗った。Aさんが声かけした。
男は『許してくれ。警察へは言わないでくれ。』としきりに頼んだ。
私服保安がこんな頼みを聞くわけがない。Aさんは男を保安室へ連れてきた。
Aさんは男の所持品検査・身元確認をして店の担当者を呼んだ。
担当者がやって来た。
男は『何とか警察へ連絡するのは止めてほしい。』と手を合わせて懇願した。
よく見られる光景である。
担当者は『そんなこと言われても…。万引きするからいけないンでしょ?警察渡しにして!』と言って戻っていった。
Aさんは机の向こうに男を座らせて書類を書き出した。
暫くして「何か気配がおかしいな…。」と顔を上げた。
Aさんの目の前で、男が白目を剥いて舌を噛んでいる!
警備室内は大騒動になった。
警備員が男を引っ張り出す。
男は体を痙攣(けいれん)させる。
皆で男を押さえつけ、口をこじ開けて濡れタオルをねじ込んだ。
すぐに救急車を呼んだ。
店の者が付き添って男を病院に運んだ。
男は舌を少し切っていただけだった。
簡単な手当の後、男は保安室へ戻されてきた。
何が起こるか分からない。
つづく