SPnet私服保安入門
・万引き犯人を捕まえた後で「盗った商品」を取り上げるのが違法になる理由
(読者からの質問)
・万引き犯人を捕まえた後で「盗った商品」を取り上げるのは違法なのですか?
その商品は「犯人のもの」ではなくて「店のもの」だから取り上げてもいいのではないですか?
・それがダメでも正当防衛として取り上げられるのではないですか?
a.窃盗罪の保護法益
まず、「窃盗罪は何を保護しているのか?」を説明します。
立場は二つあります。
①.窃盗罪は「財物に対する所有権」を守るためのものである。
②.窃盗罪は「財物に対する事実上の支配」を守るためのものである。
①1の立場では被害者が犯人から「盗られたもの」を取り返すことは「窃盗罪」にあたりません。
私服保安も「店の施設管理権」を代行しているのですから、
被害者と同じように「犯人が盗ったもの」取り返しても「窃盗罪」にはならないでしょう。
②の立場では「犯人が盗ったもの」には犯人の事実上の支配ができ上がっていますから、
被害者や私服保安がこれを取り返すと「窃盗罪」となります。
・通説・判例の変化
①の立場が通説・判例(大審院判例)でした。
しかし、最高裁はまる②の立場を取り大審院判例を変更しました。(最S34.8.28)
現在、学説は②の立場が主流になってきています。
それは資本主義が発展して物に対する権利関係が複雑になってきたからです。
複雑な権利関係の中で物に対する所有権を守るためには、まず物に対する事実上の支配を守らなければならないからです。
ただ②の立場でも、犯人と被害者のように「事実上の支配と所有権」が真っ向から対立する場合は
被害者が「犯人の盗ったもの」を取り返しても原則として「窃盗罪」にならないとするのが有力です。
この立場から言えば、店の施設管理権を代行している私服保安が犯人の盗ったものを取り返しても、それ自体は違法でないでしょう。
b.正当防衛・自救行為は関係なし。
また②の立場で「犯人の盗ったものを私服保安が取り返すことが窃盗罪になる」としても、
それが正当防衛・自救行為なら窃盗罪とはなりません。
しかし、正当防衛は犯人の犯罪が完成した後では行えません。
犯人を捕まえたときには犯人の犯罪は完成しているので正当防衛は関係ありません。
また、自救行為は「警察に頼んでいては被害の回復ができない場合」でさらに「犯行完成直後」でなければなりません。
私服保安が犯人を捕まえたのなら「警察に頼んでいては被害の回復ができない場合」ではないでしょう。
また、犯人の盗った商品を私服保安がスキャンテストのために売場に持ち出す場合は「犯行完成直後」ではありません。
だから自救行為も関係ありません。
c.私服保安の窃盗故意
もちろん窃盗罪が成立するためには故意が必要です。
窃盗罪の故意の内容には争いがあります。
私服保安が「犯人の盗った商品」を取り返したりスキャンテストのために売場に持ち出したりすることに
窃盗故意が認定されなければ窃盗罪とはなりません。
しかし、認定される余地は充分にあります。
d.刑事訴訟法が「一般私人が犯人を現行犯逮捕したあと証拠物などを捜索・押収すること」を禁じていること。
①の立場で私服保安が犯人から「盗った商品」を取り返すことは窃盗罪にならないとしても、
刑事訴訟法は「一般私人が犯人を現行犯逮捕したあと証拠物などを捜索・押収すること」を禁じています。
これは犯人のプライバシーを守るためのものですから、その対象は犯人の持っている「店の商品以外のもの」でしょう。
私服保安が犯人が盗った商品を犯人から取り返しても「証拠物などを押収したこと」にはならないでしょう。
ただ、犯人に「違法押収を争う余地」を残すことになります。
また、犯人から取り上げたものの中に「他の店の商品」が混ざっていると「違法押収」が問題となります。
さらに、「店の商品」が入っているバッグのまま取り上げると①の立場でも「窃盗罪」となります。
窃盗罪や違法押収にならなくても、
犯人が「違法押収を争ったり民事上の損害賠償請求訴訟を起こしたりするとスキャンダルとなります。
スキャンダルとなれば店の信用・ブランドを傷つけることになります。
以上の点から、安全のために
「私服保安が犯人を逮捕したあと被害商品を勝手に取り返したりスキャンテストのために勝手に売場に持ち出したりすると違法になる」と説明しました。
なお商品を「売場戻し」にする場合、警察官は犯人に店の商品を任意提出させ、そのあとで店に引き渡し(還付し)店から受領確認を取ります。
書類は任意提出書・還付書・還付物受領書の三枚になります。
このようにするのは、犯人の持っている「盗った商品」に対する犯人の事実上の支配が法律上守られているからです。
安易に「盗った商品は犯人のものでないから取り上げても構わない」と考えるのは危険です。
あとあと面倒なことにならないように、「犯人の同意」を得ておかなければなりません。
つづく