SPnet私服保安入門


(5)犯人を自白させる方法

 




万引きはしょせん“コソ泥”である。骨のある者は多くない。

犯人は「盗ったこと」を簡単に認めてしまう。

しかし中にはしぶとい者がいる。

そんな犯人を自白させる(落とす)のにはコツがある。


①.否認し続ける犯人には次のように言う。


『あんたが否認するのはあんたの勝手や。
   でもな、わしらはプロの私服保安や。
   確実にあんたを警察に送れる証拠を固めたから、あんたを捕まえたンや。

   「この商品が売れたものか盗られたものか」はバーコードを調べればすぐに分かる。
   わしらはこれから警察であんたについて事情聴取を受けるンや。
   そのときに「あんたが素直に認めたかどうか」も聞かれるンや。
   「あんたが素直でなかった」と警察に分かると、あんたが不利になるンや。

   素直に認めれば、検察送りにならへんかもしれやン。
   検察送りでも、起訴されへんかもしれやン。
   起訴されても、情状酌量で執行猶予がつくかもしれやン。

   窃盗罪の最高刑は10年の懲役ヤ。
   あんた、刑務所で10年つとめてくるンか?

   あんたのためを思って聞いとるンや。
   あんたの口から言ってくれるのを待っているンや…。』


威厳を持って淡々と話さなければならない。

ここで、犯人の表情が真剣になる。


今度は、犯人に優しく言う。

『どうなんや…。』


犯人の唇がかすかに震える。


すかさず、両手で机を叩いて大声で怒鳴りつける。

盗ったンやろ!


これで、犯人はあっけなく落ちてしまう。


警備室にいる者はこの瞬間を楽しみにしている。

「そろそろ、山河さんの大声が響きわたるぞ…。」

美人の女性従業員が私の大声にビックリして、『キャッ!』と叫んで警備員にしがみついたそうだ。

私の“説得”はそんな余祿もあるらしい。


②.犯人が“盗ったらしい商品”を「自分のものだ」とバッグに入れようとしたらこう言う。


『あんたネェ…。「素直にしないと、ややこしくなる。ドンドン立場が悪くなる。」と言ったでしょう?
   これだけたくさんの商品を盗っているンだよ。
   今さら一つや二つ隠しても何にもならないよ。

   今から警察官がここへ来るけど、警察官も同じことをやるよ。
   警察官は何倍も怖いよ。警察官に分かったらそれだけ罪が重くなるよ。

   それに「盗ったものかどうか」はバーコードを調べればすぐに分かるンだよ。』


ここまで言えば、机を叩く必要はない。

犯人はバッグに戻すのを止めてしまう。


②-2.明るいバージョンもある


『これで盗ったものは全部なンだね?

   分かった、分かった。じゃあ、これらの商品で書類を作るよ。

   あっ、念のために言っておくけど、どこかに盗った商品を入れ忘れていないだろうネ?
   警察官が来て詳しく調べるけど、そのときにそれが見つかると大変なことになるよ。

   もう一度いろいろチェックしてみたら?

そんなに待てないけど、あと1~2分なら待ってもいいよ。』


女子高生たちがあわてて、あちらこちらから盗った化粧品を取り出してきたことがある。


ちなみに、バーコードを調べても「盗ったものであるかどうか」は判らない。

これは犯人に内緒である。


警察官の中には万引き事案を面倒がる者もいる。

多忙だからである。

彼らはここまで犯人を自白させる努力をしない。

そんな警察官が来ることもあるので、「できるだけ多くの商品について、犯人に自白させておく」ことが必要なのだ。

次には、犯人が否認(?)した、おもしろい例を紹介しよう。


★2020.06.追記


私は当初①の方法でどやしたり、机を叩いたり、机を蹴飛ばしたりしていた。
そして、それを楽しんでいた。

しかし、ある嫌疑で警察の任意取り調べを受けたことがある。
担当の中年警察官は「私が万引き犯人を事情聴取するのと」まったく同じだった。

利益誘導,ウソ,だまし。
そんな手に乗らない私にしびれをきらして、最後には『お前を、逮捕してもエエンやゾ!』と脅した。

当然、逮捕状はないし、「逮捕の必要性がない」ので逮捕などできるはずはない。

私はその警察官に静かに言った『ほう、私を逮捕できるのですか? それともそれは脅かしですか?』

その警察官は「ビクッ」としたが、取り調べ室の天井に向かって大声で『それは、すまなんだノウ!』と言い放った。
そして、そのまま自分の机に戻って両腕で頭を抱えてしまった。よほど腹が立ったのだろう。

取り調べを交代した若い警察官が『あの人はイケイケだから…』ととりなす。

任意取り調べが終わって帰るときに、イケイケ警察官はまだ自分の机で頭を抱えていた。

私は彼に姿勢をただし、大声でアイサツした。

本日は、逮捕していただかなくてありがとうございました!

彼は顔を上げなかった。


これ以来、私は万引き犯人へのウソやだましや恫喝を止めた。

それは、万引き犯人が私のようであれば、私がこのイケイケ警官のようになってしまうからではない。
それが「刑事ゴッコ」を楽しんでいるだけのように思えたからである。

もちろん、今でも多少のウソやだましは使う。
しかし、それはいたってやんわりとした友好的なものである。

「北風と太陽」の逸話のように、私は「お日様」となって万引き処理手続をしている。

「盗っていない」と否認すれはそれでよい。
実際には盗った商品を「これは他の店で買ったものだ」と言えばそれでよい。
黙秘は犯人の権利であるし、宣誓していない以上「ウソを言うこと」は犯罪とならない。

万引き犯人を取り調べるのは警察官と検察官である。
そして、その罪を決めるのは裁判官である。

私服保安は万引きを捕まえて、犯人と証拠品を警察に引き渡すのが仕事である。
警察官や検察官のまねをしたり、裁判官のまねをしたりする必要はないし、するべきではない。

①は「禁じ手」である。
もし、これを使っている私服保安がいたら「格好が悪いので止めた方がよい」と助言したい。


※現行犯逮捕した万引き犯人への私服保安の事情聴取の限界 → こちら


つづく

 





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