SPnet私服保安入門
・事例46.酔っぱらって寝込んでしまった老人が
老人はとぼけるのが上手い。こちらもついつい引っかかってしまう。
ある老人男性。70歳は越えていた。
私がいろいろ尋ねると、耳の後ろに手のひらを当てる。
老『はっ?はっ?…、何を言っているのかな?聞こえない。はっ?』
一向に手続が進まない。
そこで、私は今まで通りの声で言った。
私『仕方がないなあ…。じゃあ、おじいさんは万引きをしていないンだね?』
老人は目を輝かせてこう言った。
老『そうなンだ。盗るつもりなんかまったくなかったンだ!』
しっかりと聞こえているのである。
それでは、「酔っぱらい老人」を紹介しよう。
20時頃。
婦人服売場から連絡が入る。
『酔っぱらった老人が、わめきながら売場を歩いています。対処してください。』
男性私服保安の仕事は「店内の安心・安全を確保すること」である。
万引き検挙はその中の一つだ。
当然「酔っぱらいの保護」もやらなければならない。
「転んで怪我をしないように、他の客に迷惑をかけないように」するのである。
私はすぐに男を見つけた。
野球帽をかぶった身なりのさえない、65歳くらい・初老である。
1F婦人服売場の通路を「オットット…」と足元をふらつかせて歩いている。
鼻唄を口ずさみ、何やらブツブツ言っては商品を触っている。
相当酔っているが、警察に保護を頼むほどの“酔いつぶれ”ではない。
私は男を見守ることにした。
男は婦人服から売場を一巡して紳士服売場にやって来た。
紳士服の先は専門店街出入口だ。
男がここを出てしまえば、私の管轄外となる。
専門店街を管轄している“ショッピングセンター警備室”に男の監視を引き継げばよい。
「早く出て行ってよ…。」
男が商品の野球帽を触っている。
自分の野球帽を脱いで商品をあれこれ試している。
気に入った帽子があったようだ。
男は自分のかぶっていた帽子を棚に置き、値札の付いた帽子を手に持って歩き出した。
私は“彼の帽子”を棚から回収した。
男はブツブツ言いながら、持っている帽子の値札をちぎって捨て、その帽子をかぶった。
「なんだ、盗るのか。」
私は値札を回収して男の後についた。
“単品”で“酔っぱらい”だから、万引きとして検挙するつもりはない。
しかし、商品は返してもらわなければならない。
男が専門店街に出て、ショッピングセンターの建物外に出た。
私は声をかけようと背後から近づいた。
しかし、男は立ち小便の最中だった。
こんなときに声かけしたら大変だ。
男がそのままこちらを向くからである。
私は男の大量の小便が終わるのを待った。
そして、男がズボンのチャックを上げた後に声をかけた。
私『オトウサン!ご機嫌なところを悪いンだけど、帽子を間違えたよ。
オトウサンが頭にかぶっているのは“店の商品”。オトウサンの帽子は“こっち”だよ。』
男『△×□…。□△×…。』
私の説明が分からないようである。
男は「商品と自分の帽子を取り替えたこと」を覚えていないようだ。
とにかく男を保安室へ連れて行く。
所持品検査では、クシャクシャに丸めたティッシュだけで不審な物はなかった。
財布の中は空で、競艇の外れ券が3~4枚入っていた。
競艇帰りでヤケ酒をあおってきたようだ。
そのうちに、保安室の机に上体をうつ伏せてグーグーと寝込んでしまった。
住所氏名も分からない。身柄引受人にも連絡できない。
私は交番に連絡して事情を説明し、男を保護してもらうことにした。
暫くして警察官が到着。
警察官は男を起こしていろいろと尋ねた。
男はしどろもどろ。
警察官が『かぶっていた帽子は店のもの。こちらがあんたの帽子。』と説明する。
男のかぶっていた帽子は“男の所持品”である。
男の同意がない以上、男から取り上げて店に返却することができない。
警察官がやっと男を納得させた。
そして、店の帽子を男から取り戻してくれた。
警『山河さん。これでいいだろう?交番へ連れていって保護するよ。』
私『商品が戻ればそれでいいンですよ。
「万引き扱い」にするつもりは初めからありませんから。迷惑をかけますね。』
男が警察官に連れられていく。
男はボソリと言った。
男『悪いことはできンのぉ…。』
つづく