SPnet私服保安入門


(6)犯人が『トイレに行かせてくれ』と言ったら

 




a.「犯人をトイレに行かせるな」という鉄則


保安室へ連れてきた犯人が、「トイレに行かせてくれ」と言うことがある。

緊張の糸が切れたのか、それとも興奮しているのか。

自衛隊OBは『極度の興奮状態にあれば、便意や尿意を感じない。そのまま出てしまう。』と言う。


私服保安の鉄則に「犯人をトイレに行かせるな。」というものがある。

「犯人がトイレ内で自傷・自殺する危険がある」からである。

そんなことが起これば私服保安の責任が問題になる。


しかし、「犯人をトイレに行かせない」ことは重大な人権侵害となり、
私服保安は法律的にも社会的にもより大きな責めを負わなければならない。

犯人からトイレ要求があった場合、私服保安はこれを拒んではならない。

しかし、犯人の身の安全に最大限の注意を払わねばならない。

しかも犯人の安全を確保するあまり、犯人の人権を侵害するようなことがあってはならない。

これらを説明しよう。


b.トイレに行かせないのは犯罪


排泄行為は人間の基本的な生存行為である。

眠ること・食べることと同列のものである。

これをさせないことは人権の不当な侵害である。


犯人を強制的に拘束している警察、受刑者の自由を奪っている刑務所ででも、彼らに排泄行為をさせないことは許されない。

「私服保安が犯人をトイレに行かせない」ことはどのようにしても正当化されるものではない。


犯人をトイレに行かせなかった私服保安は刑法では強要罪となり、民事では人権侵害による損害賠償責任を問われる。

そんなことよりも、犯人が失禁でもしたら大スキャンダルとなってしまう。


c.このようにして犯人をトイレに行かせる-人権侵害と犯人の身の安全に充分注意


犯人からトイレ要求があった場合は次のようにする。


・できるだけトイレに行かせない


まず、説明する。

保『警察官が来るまではトイレに行かせないことになっているンだ。
     トイレの中で自殺でもされたらこちらの責任になるからね。
     もうじき警察官が来るから、ちょっと我慢してくれないか?
     警察官が来たらすぐにトイレに行ってもらうから…。』

できることならトイレに行かせないのが一番よい。


・所持品検査を済ませる


これでダメなら、所持品検査を急いでやってしまう。

保『分かった、分かった。トイレに行く前に、持っているものを全て机の上に出してよ。』

本当に便意・尿意のある犯人なら、急いで協力してくれるはずである。

これで、商品を隠し持っていてもトイレに流されなくて済む。


・必ず付き添う


トイレに行かせるときは必ず付き添っていく。

犯人の身の安全を確保と逃亡を防ぐためである。


他社で私服保安経験のある者が私のチームに入ってきた。

その私服保安と私は同じショッピングセンターの別々の店に勤務していた。

その私服保安から「万引きを捕まえたので書類作成を手伝ってほしい」と連絡が入った。

私がその店に行くと、店先でその私服保安と店の店長がトイレの方を見ている。

私『犯人はどこにいるの?』

保『事務所に来てもらったンですが、「トイレに行きたい」というので行ってもらったンです。
     もうトイレから戻ってくるはずなンですがなかなか戻ってこないンですよ…。』

私『犯人が戻ってくるはずがないじゃないか!』

保『でも、盗った商品は置いていきましたから構いませんね…。』

私「そんな問題ではないでしょう!」

犯人に逃げられれば、最悪は誤認扱いとなるのだ。


・付き添うことを了解させる


トイレに付き添うときには「付き添うこと」に犯人の同意を得なければならない。

犯人はその自由意思で保安室にいる。

「私服保安の監視下で用を足さされた」ということが、「犯人を強制的に保安室へ止とどめていた」と判断されてしまうのだ。


保『それでは一緒にトイレについていくけど構わないね。
     こちらもあんたの身の安全を守る責任があるからね。』

これにゴチャゴチャと文句をつける犯人は「トイレに行きたい」のではなくて「逃げたい」のである。

犯人の逃亡を防ぐのは逮捕行為に含まれる。

その点を犯人に説明すればよい。

保『アンタを疑っているわけではないンだけど、アンタに逃げられたのでは現行犯逮捕をした意味がなくなるンだよ。
     こちらも仕事だからトイレまでついていくよ。』

これで逃げようとはしないだろう。


・二名で付き添う


できれば常駐警備員にも付き添いを頼んで二名で付き添う。

こうすれば「トイレ内で人権侵害がなかったこと」を証言してもらえる。

犯人が逃げようとしたり、自殺しようとしたりしても協力してもらえる。


・トイレ内に入ってはいけない


犯人が小便をするときに付添人がトイレ内に入ってはいけない。

人権侵害だと騒がれるからである。

付添人が“連れション”をするのは構わないが、犯人に逃げる隙を与えてしまう。

犯人が大便をするのなら、個室の前で待てばよい。


・犯人の様子をうかがう


しかし、常にトイレ内の様子をうかがって「犯人の自傷・自殺の兆候」を関知しなければならない。

外から犯人に話しかけるのもよいだろう。

保『大丈夫?腹の調子が悪いのか…。お互いに、健康には注意しないとなぁ…。ペーパーはちゃんとあるかい?』


犯人のトイレ要求は断ることはできない。

しかし、犯人に自傷・自殺されてはいけない。逃げられてはいけない。

しかも、監視が強すぎると「人権侵害」の落とし穴に落ちてしまう。

犯人のトイレは私服保安にとって厄介なことである。


A『山河さん…。
     警察官が到着したときに、犯人が脂汗をかいて前を押さえていたことがありませんでした…?』

私『そんなことをするわけがないじゃないか!』


つづく

 





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