SPnet私服保安入門


(7) 逮捕から警察連絡までは30分

 




「犯人を捕まえてから30分以内に警察連絡しなければならない」という私服保安の鉄則がある。

これを説明しよう。


a.なぜ“30分”か?-30分なら現行犯逮捕の中に含まれる


犯人を逮捕した後の手続はすべて「犯人の自由意思」でやらなければならない。

保安室に来るのも、保安室にいるのも犯人の自由意思である。

犯人の同意があれば、犯人の自由意思によるものとなる。

しかし、犯人が「同意なんかしなかった・無理やり同意させられた・同意せざるをえない状況だった。」と言い出したら
「強制した」と判断されてしまう。

そのために、「逮捕から警察連絡までは30分以内」とされているのである。


・なぜ“30分”?


「30分なら強制でない」のではなくて「30分なら強制できる」のである。


私人が犯人を現行犯逮捕するときにできるのは、「犯人の逮捕」と「犯人の警察官への引き渡し」だけである。

この二つは犯人の意思に関わらず強制的にできる。


犯人を警察官に引き渡す方法は「犯人を交番に突き出す」か「警察官を現場に呼んで犯人を引き渡す」かのどちらかである。

それまでは犯人の身柄を強制的に拘束していておかなければならない。


では、犯人をどのくらい強制的に拘束できるのだろう?

「警官を現場に呼んで犯人を引き渡す場合」で考えよう。


・逮捕後のスッタモンダもある。
・犯人を落ち着かせて事情を聞かなければならない。
・犯人に盗るつもりがあったのか、警察沙汰にするかどうかも判断しなければならない。
・逮捕現場の近くに電話がないこともある。

・そして、法律が私人に「犯人を警察に引き渡すこと」だけしか認めなかったのは
  「被害者などが犯人に私的制裁を加えることを防止するため」である。

これらのことから常識的に考えれば、犯人を強制的に拘束するのは逮捕後30分くらいなら充分に許される。

つまり、「私人でも逮捕後30分くらいなら犯人の身柄を強制的に拘束できる」ことになる。

この拘束は「法律で認められたもの」である。犯人の同意など必要ない。

犯人が「同意なんかしなかった・無理やり同意させられた・同意せざるをえない状況だった。」と言い出しても問題ないのである。


「警察連絡まで30分以内」はこのような理由から求められている。

だから、「30分を越えたらすぐに違法になる」わけではない。

犯人の同意があったことを証明できればそれ以上でも構わない。

“30分”はあくまで目標である。

実務では45分~60分が限度とされている。


なお「警察へ連絡してから警察官が到着するまでの時間」は関係ない。

警官の到着に1時間かかろうと2時間かかろうと、そのことで私服保安の責任が問われることはない。

犯人を“警察渡し”とせずに“保護者渡し”とする場合も同様である。

逮捕から30分以内に保護者に連絡するのが目標である。

      
b.説教し始める店関係者に注意


「逮捕から警察連絡まで30分が目標」。

私服保安は大忙しとなる。

・興奮する犯人、否認し続ける犯人、土下座をして懇願(こんがん)する犯人。
・所持品検査、氏名等の聞き出し、被害品の確定、被害額の算出。
・周りの者は『何があったの?』『どこで盗ったの?』『どれくらい盗ったの?』と興味本位で聞いてくる。
・犯人は『トイレに行かせてくれ。』と言う。

こんなことに一々構っていたのでは軽く30分を越えてしまう。

私服保安はテキパキと事後処理をやらなければならない。


厄介なのが「店担当者が万引き慣れしていない」場合である。

犯人が中高生だと、自分の息子・娘とダブるのだろう。

担当者が「警察渡しにするか保護者渡しにするか」を迷うのである。

『本人から話をよく聞いてから決めます。』と、生徒指導の先生のように話し込んでしまうのだ。


もっと厄介なのが「激怒する担当者」である。

専門店の店長にこのような人が多い。

日頃の万引き被害への鬱憤(うっぷん)を犯人に爆発させるのである。

犯人の態度や受け答えが悪いと、エスカレートして延々と猛り狂ってしまう。


こんな担当者には『30分以内に警察に連絡しないと違法逮捕になる危険がありますから。』と遮さえぎらなければならない。

店の担当者に遠慮していたのでは、店を危険にさらすことになる。

      
c.現行犯逮捕していなくても30分


私服保安の声かけには二種類ある。

施設管理権の行使と現行犯逮捕である。


・施設管理権による声かけ


店には施設管理権がある

「店の建物・従業員・商品を正しく機能させて業務運営を円滑にする。」という権利である。[※事例27]

私服保安も店の施設管理権を代行している。

万引き犯人が店の商品を盗った場合、その犯人を呼び止めて事情を聞くのは施設管理権の行使としてやれるのである。


・私服保安が万引きを現認した。
・犯人がレジで支払わずに店の外に出た。
・私服保安が、『お客さん、お支払いはお済みですか?』と尋ねた。

ここまでは施設管理権の行使としてやることができる。

・私服保安が声かけしたら、犯人が『すいません。』と盗ったことを認めた。
・私服保安は犯人の同意を得て保安室に来てもらった。
・犯人から事情を聞いて「犯人が盗ったこと」がはっきりしたので警察に連絡した。

これは犯人の同意があるから「現行犯逮捕後の拘束」のようなものではない。
あくまで、犯人の自由意思による保安室への同行・滞留である。

このように施設管理権の行使として声かけすれば、現行犯逮捕を使う必要はない。


しかし、施設管理権では犯人を捕まえることができない。

私服保安が犯人に声かけしたあと、犯人が「盗っていないよ・払ったよ」と言って歩きだしても犯人を捕まえることができない。

犯人の盗った商品を取り返すのが限度である。[※自救行為と成立要件]


・現行犯逮捕による声かけ


現行犯逮捕では実力行使をして犯人を捕まえることができる。

その代わりにいろいろな制限がある。

私服保安がその制限を越えると犯罪になったり人権侵害で損害賠償を請求されたりする。


そこで、私服保安の声かけを施設管理権の範囲内でやらせている警備会社もある。

しかし、これは危険である。

犯人に「施設管理権による声かけ」をしたあと、
犯人の自由意思で保安室に来てもらい、犯人の自由意思で警察官が来るまで保安室で待ってもらった。

ところが、犯人が「同意なんかしなかった・無理やり同意をさせられた」と言い出したら、不法逮捕・監禁と判断されてしまう。

現行犯逮捕であれば逮捕後30分くらいは犯人の同意がなくても強制的に犯人を拘束できるので問題にならない。

しかし、「施設管理権による声かけと犯人の自由意思による保安室への同行と滞留」は不法逮捕・監禁となる危険がある。

だから、この場合も「警察連絡まで30分」を守り、
犯人が「同意していない」と文句をつけたら、「あれは現行犯逮捕だったのですよ」と逃げればよい。


そもそも、私服保安は現行犯逮捕で万引き犯人と正面から渡り合うべきである。

制約があるから犯人の人権を守れる。強制力を使えるから店を守れるのである。

私服保安は「法律というルールのもとで万引き犯と五分の勝負ができる」からやりがいを感じるのだ。

      
(8)浮ついていると人権侵害・制限時間オーバー


新人私服保安は万引き犯人を捕まえたことが嬉しくてたまらない。

周りの尊敬の目,驚きの表情,賛辞の言葉、自己満足感と犯人に対する優越感。


・『たくさん、盗ったものだな。』・『俺が見ていたのが分からなかったのか?』と犯人をからかう。
・周りの者に被害商品を見せびらかす。
・勝ち誇ったようにニヤニヤ笑いながら事後処理をする。


私はこんな新人私服保安をよく叱りつけた。

私『私服保安のすることは「万引きを捕まえて警察に引き渡す」ことだけだ。
     犯人を弄(もて)あそんで楽しむな。
     犯人はもうKOされている。それを上から叩いて何になる。
     捕まった犯人の気持ちを考えてやれ!』


私は新人私服保安の人間性を叱っているだけではない。

浮ついた気持ちで犯人に接すると、ついつい不用意な発言をしてしまう。

それが犯人の人権侵害問題や個人情報の漏洩ろうえい問題に発展してしまうからである。


たとえば、

・『お前はこの前も盗っていっただろう?』
・『お前は親から満足に小遣いももらっていないのか?』
・『保護者に連絡する方法がないだって?お前の家には電話もないのか!』
・『この前捕まえたヤツもお前と同じ高校だったぞ!』

こんな発言を犯人が問題にすれば大変なことになる。


また、余計なことをしていると「警察連絡まで30分」をクリアーすることができなくなる。

私服保安は事後処理に専念しなければならない。

犯人を捕またら必要なこと以外は何も話すな。事務処理に集中せよ。


つづく

 





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