SPnet私服保安入門
・事例48.『山河さ~ン!昨日からカップラーメンしか食べていないンだって…。』-母親は男の子に弱い?
情に弱いのは男性だけではない。
日曜日。
16時頃、私は中学生の男子を捕まえた。
玩具売場でトレーディングカードを6000円くらい盗ったのである。
男の子は素直に「盗ったこと」を認め、氏名・住所・保護者名も書いた。
・男の子は14歳。
・「一人でバスに乗ってこの店に来た。
・両親は仕事で土曜日から家を留守にしている。
・近くにオバアチャン・オジイチャンは住んでいない。」とのこと。
女性担当者が保安室に来た。
私『どうします?警察に渡しますか?』
担『保護者は来られないの?』
私『仕事で遠くへ出かけているようです。近親者も近くに住んでいないようです。』
担『学校は?』
私『日曜日だから誰もいませんよ。担任の先生の連絡先は知らないようです。』
担『14歳なら犯罪にならないンでしょう?』
私『犯罪にならないのは「14歳にならない」者ですよ。
どちらにせよ身柄を引き受ける者がいないのなら、警察に渡すしかないですネェ。』
女性担当者が男の子に話しかけた。
担『お父さんとお母さんはどこに行っているの?君を迎えに来られないの?』
男『僕の家はアクセサリー店をやっているンです。
土曜日・日曜日になると、お父さんとお母さんは東京へ仕入れに行くンです。
僕は一人で留守番をしているンです。』
担『家の近くに友達のお父さんかお母さんはいないの?』
男『引っ越してきたばかりだから、まだ友達もできていないし…。』
私は男の子を女性担当者に任せ、保安室から出て書類を書き始めた。
彼女が男の子といろいろ話をしている。
暫くして担当者が私を呼んだ。
担『山河さ~ン!この子、昨日の晩からカップラーメン一つしか食べていないンだって!
何か飲み物でも出してやってよ!』
私は紙コップに水道の水を入れて持っていった。
担『こんなものしかないの?』
私『それで充分ですよ…。』
男の子は礼儀正しく紙コップを受け取り、それをおいしそうに飲み干した。
女性担当者が“母親の目”になっている。
担当者が私に相談した。
担『何とかならないの? 警察へ行っても、保護者が来ないのならこの子は帰れないのでしょう?』
私『連絡がつけば、夜にでも警察に引き取りに来るでしょう。』
担『それまで警察に置いておかれるンでしょう?』
私『別に留置場に入れられるわけではありませんよ。』
そのとき警備室に店内放送が入った。
放『○○市からおいでの△△君。お母様がサービスカウンターでお待ちです。お越しください。』
私は集計表の名前を見た。
私『なんだ!君じゃないか!』
男の子の話は全部ウソ。
男の子は母親と一緒に買い物に来ていたのだ。
母親を保安室へ呼んで男の子を引き渡した。
商品代金は母親が払った。
私は事務所の女性担当者に書類を持っていった。
担『山河さん!私を“甘い母親”と思っているでしょ!』
私『そんなことはありません。優しい思いやり、溢れる愛情。私の憧れの女性です。』
担『いつか仕返しをしてやるから!』
c.「逮捕の弱いとき」は“警察渡し”にしない
・逮捕が弱いとき
“逮捕が弱い”というのは誤認のことではない。
「今は問題になっていないが、犯人が問題にするとこちらが不利になる場合」である。
たとえば、
・犯人の自白はあるが、「店内で・店を出てすぐに」声かけした。(店外10mが弱い)
・犯人の自白はあるが、商品のパッケージだけしかない。(自白を翻されると証拠が弱い)
・逮捕のときに犯人が怪我をした。(逮捕での実力行使超過が疑われる)
・犯人逮捕・同行・保安室で少しやり過ぎた。(強制・人権侵害の可能性)
犯人は時間が経つと冷静に考える。
周りからいろいろと知恵をつけられる。
裁判になり弁護士がつくと細かい点を突いてくる。
犯人が裁判で有罪になったとしても、私服保安の落ち度が公にされると店の信用・ブランドが傷ついてしまう。
“心配の種”があるときは、芽が出ないうちに取り去っておかなければならない。
しかし、それを犯人に気づかれてはならない。
犯人がそれを知れば騒ぎだすからである。
・犯人に恩を着せることが必要である。
保『君が素直で反省しているようだから、“警察渡し”にしないように店を説得してやったよ。
警察に世話になったことが周りに知られると、前科者のように見られるからな。
警察からも目を付けられてしまうからな。
しかし、次は店を説得できないぞ。俺の顔が丸潰れになるからな。
今度やったら、今日の事件と一緒にして警察へ送るからな。
絶対にやるなよ。約束だゾ!』
犯人は素直に喜ぶだろう。
万引きで私服保安に捕まり、警察渡しにならなかった者は“そのときの状況”を思い出してみよう。
どこかに私服保安の落ち度がなかったか?
このように“私服保安の手の内”を明かすと関係者から文句が出るだろう。
しかし、悪いのは“法律を守らない私服保安”の方である。
万引き犯の諸君、遠慮なく私服保安に文句をつけてほしい。
それが私服保安のためになるのだから。
つづく