SPnet私服保安入門


(10)警察官が事件を引き継いだあとはどうなるか

 




私服保安が万引きを捕まえる。

警察に連絡して警察官がやってくる。

そのあと万引き犯人はどうなるのだろう?

これは私服保安よりも犯人の方が知りたいだろう。


a.警察のする犯人の処置


「私服保安が犯人を現行犯逮捕したこと」と「その犯人を警察がどう取り扱うか」はまったく別のことである。

私服保安から事件を引き継いだあと、警察が改めて「事件をどう扱うか?犯人をどうするか?」を決めるのである。

警察が「事件にしない。」と判断すれば犯人は無罪放免となる。

警察は私服保安が捕まえた犯人のすべてを「窃盗容疑者」として扱うわけではない。


私は警察関係者ではないので実務を正確には知らないが、警察は引き継いだ事件・犯人を次のようにしているようである。

①.私服保安の現行犯逮捕を受け継ぐ。

②.その場で改めて準現行犯逮捕をする。(犯行時から数時間以内であることが必要。)

③.緊急逮捕をする。(後で裁判官に逮捕令状を請求する。)

④.犯人を釈放し任意で犯人を取り調べ、必要があれば逮捕令状を取って通常逮捕する。

⑤.犯人を釈放し任意で犯人を取り調べる。

⑥.微罪処分とし犯人を釈放する。

⑦.「事件にする必要はなし。犯人を取り調べる必要なし。」として犯人を釈放する。


・通常 ①,⑤,⑥ となる
・事例1(公判中の万引き)は②か③であろう。
・⑦も少なくない。(事例49・50)


これを説明しよう。


b.送検・裁判確実の「犯人逮捕」


①,②,③ の「逮捕する場合」は、犯人に「逃亡・証拠隠滅の恐れ」があり、犯人の身柄を拘束しなければならない場合に行われる。

犯人が「住所不定・完全黙秘をしている場合」も逮捕される。

前科・前歴があると逮捕されることが多い。

万引きは証拠・証人が固まっていて捜査が簡単なので「①.私服保安の現行犯逮捕を受け継ぐ」のが通常である。


逮捕されると犯人は色々な制限を受ける。

指紋採取・写真撮影も拒否できない。


・④ の令状逮捕は「調べてみたら余罪が出てきた」という場合だろう。


警察は犯人を逮捕すると48時間以内に「事件を検察庁に送る(送検する)かどうか」を決めなければならない。

送検しない場合は犯人を釈放しなければならない。

書類だけ検察庁へ送って犯人を釈放する場合もある。


・① の「私服保安の現行犯逮捕を受け継ぐ」場合は、私服保安の逮捕から「48時間以内」の送検となる。

私服保安はすぐに警察で供述書を取られる。

② の準現行犯逮捕・③ の緊急逮捕の場合も、必要に応じて私服保安は供述書を取られる。

万引き犯人が警察に逮捕されるとだいたい私服保安は供述書を取られる。


★2020.06.追記・説明


・私服保安の現行犯逮捕と警察官の逮捕は別物


私服保安(私人)には現行犯逮捕と準現行犯逮捕が認められている。
警察官には現行犯逮捕,準現行犯逮捕,緊急逮捕,通常逮捕が認められている。

現行犯逮捕は「自分がその犯罪を見た場合」と「これと同じような場合」
準現行犯逮捕は「自分がその犯罪を見ていない」が「見たと同じような」場合。
両方とも逮捕令状は不要。

現行犯逮捕の要件
準現行犯逮捕
刑訴法199条「通常逮捕」,刑訴法210条「緊急逮捕」

私服保安が現認した万引き犯人を捕まえるのは現行犯逮捕。
警察官はその万引き行為を見ていないから現行犯逮捕はできない。
警察官ができるのは準現行犯逮捕(令状不要),緊急逮捕(後で令状請求)、通常逮捕(令状請求)

その万引き犯人が悪質や常習であれば身柄を拘束しておかなければ(このまま帰したのでは)逃げてしまう。
公判中や指名手配中の場合も同じだ。

ここで警察官が使えるのは令状なしで逮捕できる準現行犯逮捕と緊急逮捕。
しかし、準現行犯逮捕には細かな制約があるので使いにくいので緊急逮捕が使われる。
この場合の逮捕者は警察官。逮捕時刻は警察官が逮捕した時刻。

ただし、万引きの場合は緊急逮捕するほどではないので、「私服保安が犯人を現行犯逮捕した事件」として扱う。
これなら、あとで令状を請求する必要がない。
この場合の逮捕者は私服保安。逮捕時刻は私服保安が声かけしたとき。


このように、「私服保安が万引き犯人を現行犯逮捕てた」のと「私服保安から犯人を受け取った警察官がする処置」は別のものである。

私服保安が現行犯逮捕した万引き犯人を警察官に引き渡したとき、
警察官が「事件として扱う必要なし」,「あとで任意取り調べをするから身柄拘束の必要なし」と判断したら、
警察は万引き犯人をそのまま自由にすることができる。

私服保安の現行犯逮捕がいつも警察官に引き継がれるわけではない。
私服保安の現行犯逮捕は「実力行使して犯人を捕まえても犯罪とはならない」というだけのものであって、
それが事件や裁判の始まりとなるわけではないのである。


c.送検されないかもしれない「任意取調べ」


「後で任意取り調べをする」④,⑤ の場合は犯人は身柄を拘束されない。

犯人が「逃亡の恐れなし・住所が定まっている・黙秘していない」のなら身柄を拘束する必要はない。

その日は簡単な取り調べをして犯人を身柄引受人に渡す。

後日、警察に呼び出して細かい取調べをする。


・任意取り調べ

これは“任意取調べ”だから強制することはできない。

警察は犯人の都合を聞いて“取調べ日・時間”を調整してくれる。


ほとんどの万引き事件が④「犯人を釈放し後日任意取り調べあする」である。

私服保安が供述書を取られることは少ない。


なお、“任意取調べ”では指紋採取・写真撮影を強制することはできない。

取調べが一段落すると、警察官がさりげなくこう言う。

警『これからさぁ、指紋と写真撮影してもらいたいンだ。
     そこにいる警官と鑑識へ行ってくれるか。』

これは“命令”ではなくて“依頼”である。

取調べを受ける犯人はこの“依頼”に引っかからないようにしよう。


d.実質上無罪放免の「微罪処分」


・微罪処分

微罪処分とは、検察官が「こんな事件を持ってきても問題にしないよ。」とあらかじめ決めている事件である。

窃盗罪では「被害額が未成年は5千円未満・成人は1万円未満」のものである。


警察はそんな事件を調べても何の得にもならない。

検察官が相手にしてくれないからである。


微罪処分の場合は簡単な書類を作って終わりとなる。

警察が後で犯人を呼び出すことはない。

犯人には何の刑罰も課さない。

犯人を身柄引受人に渡して終わりである。


ただ、警察のコンピューターには記録されてしまう。

また、微罪処分に該る万引でも、過去1年以内に微罪処分があると微罪処分にはならない。


・少しはまけてくれる。

被害額が「5千円/未成年・1万円/成年」を少しくらい超えていても、警察官の心証がよいと微罪処分にしてくれる。

未成年者万引きにそれが多い。


この場合、私服保安は店の承諾を得て被害品リストから何点かを削ることになる。

「正式な事件にならない」のだから、私服保安が供述書を取られることはない。

万引きを初めてやるのなら、未成年者は5000円まで成年者は10000円までにしておいた方がよい。


e.無罪放免の「事件としない」


微罪処分額を超えていても、警察官が「事件として扱わない」とすれば、犯人はその場で無罪放免となる。

犯人が完全否認をして「事件にすると、後々ややこしそうな場合」や「犯人が自白していても証拠が不十分な場合」である。


この判断はやってきた警察官によって異なる。

「えっ?事件にしないの!」と驚かされることもある。


「警察官が事件としないこと」に店(被害者)が不服なら、店が犯人を“告訴(刑訴法230条)するしかない。
万引き相手に店がそんなことをするわけがない。


万引きで私服保安に捕まったら、完全否認するか警察官に私服保安の落ち度を主張してみよう。
運がよければ、警察官が「事件として扱わない」として無罪放免になるかもしれない。
もっとも、運が悪ければ「たちが悪い,反省の色なし」として逮捕になってしまう。


警察官は忙しい。特に交番勤務は大変である。

万引きよりもっと重要な犯罪を処理しなければならない。

万引き犯人を取り調べたり逮捕したりすると、その調書は軽く“厚さ2㎝”を超えてしまう。


警察官の不満を推測すると…。

警『そもそも、万引きというのはスーパーマーケットが「盗りやすい売場」を作るから起こるンだ。
     莫大な利益を上げているンだから、自分の店は自分で守ってよ。
     あんたらは、「万引きを捕まえました。来てください。」と電話したら終わりだけれど、我々はそれからが大変なンだ。
     我々は、スーパーマーケットに雇われているンじゃない。
     もっと我々を必要としている人たちがいるンだ。そのための警察なンだ。』


もっともである。


しかし、私服保安としては忍耐強く犯人を捜し、検挙条件が揃うまで何度も見送ってやっと捕まえたのである。
微罪処分くらいには扱って欲しいものである。


ある年配警察官が冗談でこう言った。

警『万引きも交通違反のように「キップを渡して終わり。」とならないかネぇ?』


f.送検・起訴・略式手続-送検されても略式があるからそんなに怖がることはない


逮捕されて取り調べられても「送検されない」ことがある。

逆に、逮捕されずに任意取り調べだから「送検されない」とは限らない。

逮捕されないのは事件が軽いからではない。
「逃走・証拠隠滅の恐れなし」だから身柄を拘束する必要がないだけである。


警察が「送検する必要あり」と判断したら、事件は検察庁に引き継がれる。
※未成年は家庭裁判所に引き継がれる)

ほとんどは書類だけ検察庁に送られる。


・送検されると

送検されると、検察官から犯人に“呼出状”が送られてくる。

そして、検察庁で検察官の取調べを受ける。

細かいことは警察で調べてあるので、そんなに時間はかからない。

検察官は「事件を裁判にかける必要があるか」「裁判で勝つことができるか」という点を調べるのである。


・検察官の処分

検察官の判断には“起訴相当・起訴猶予・不起訴”がある。

・起訴猶予とは「事件を裁判にかける必要なし」。
・不起訴は「裁判で勝つ見込みなし」。

起訴猶予・不起訴の場合はここで終了となる。


・略式手続

起訴相当の場合、犯人は“略式手続”と“公判裁判”を選べる。

略式手続とは「50万円以下の罰金刑がある犯罪」に適用される。

窃盗罪に50万円以下の罰金刑が付け足されたので、万引き事件にもこの手続が可能になった。


取調べが終わると、検察官が犯人に『略式にする?』と聞く。

これにOKして“同意書”にサインすると、もう検察庁へも裁判所へも行く必要はない。

検察官は簡易裁判所に書類と証拠物を送り、裁判官一人が「いくらの罰金にするか」を決める。


後日、犯人に「あなたを○○万円の罰金に処します。」という書面(略式命令)1枚と振込用紙が送られてくる。

その額が不服なら正式な裁判(公判手続)をやり直してもらえる。

「まあ、仕方がないか」と諦めたら罰金を振り込めばそれで済む。

銀行員は「飲酒運転をやったのね!」と同情してくれるだろう。


但し、罰金刑だから前科となる。

罰金を払わないと、1日 5千円の計算でその日数分だけ労役場に入れられる。


犯人が公判裁判を選べば、いろいろな主張ができる。情状酌量もしてもらえる。

裁判官は検察官の主張と犯人の主張を聞いて刑罰を決める。

通常、検察官の要求する刑罰より軽くなる。


略式手続ではこうはいかない。

裁判官が書類だけで決めるのである。

「少しくらいアンがはみ出していても、たい焼きはたい焼き」となる。

そして検察官の“言い値”で刑罰が決まってしまう。


検察官は犯人の味方ではない。

略式手続を選んだ場合は「少々値が張る」ことを覚悟しなければならない。

      
g.窃盗罪に罰金刑が付加された理由-500円~600円盗っても罰金30万円!


従来、万引き(窃盗罪)の刑罰は「1カ月~10年の懲役」だけだった。

・万引きは住居侵入窃盗のように悪質なものではない。
・スーパーマーケットの「盗りやすい売場作り」も関係している。
・万引き犯人が起訴されて有罪となると最低でも1カ月の懲役である。

これはちょっと酷である。

そこで、検察官が起訴猶予としてしまう。

結局は「本当に悪質な万引き・何度も何度も万引きを繰り返す常習犯」でしか起訴されないことになる。


これでは、万引き犯をこらしめることができない。

だから、万引きはいつまでたっても減っていかない。


そこで、罰金刑を窃盗罪に付け加えたのである。(2006年5月28日刑法改正)

・罰金なら万引き犯人に酷ではない。
・略式手続が使えるので裁判所の負担にならない。
・刑務所は満杯にならない。


もはや万引きは割の合わない犯罪となってしまった。

前歴や前科があれば、500~600円の商品を盗っても罰金30万円や40万円となる。

窃盗罪に罰金刑が付け加えられて万引きは激減した。

飲酒運転と同じである。


つづく

 





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