SPnet私服保安入門
・事例50.明るく元気に完全否認。矛盾を突きつけると、警察官が…
この事例は“単品”と旦那の凄さに警察官の腰が引けたのではない。
犯人の“にこやかな完全否認”に腰が引けた例である。
ここまでしらを切り通すのはアッパレ。
その日はAさんと私の二人態勢。
14時前、私が入店する。
保安室の前には商品を載せたカート。
保安室からはAさんと男の声。
「万引き処理か…。」
私は保安室に入った。
40歳前の男とAさんがいた。
私はAさんを保安室の外に呼んで事情を聞いた。
次のようなものだ。
・Aさんが1F紳士用品売場でカートを押した男を見つけた。
・カートには、レジ袋に入った“ジグソーパズル用パネル”があった。
・男は紳士用シャツ3点,靴,帽子 をカートに載せて、その上にパネルを置いた。
・H&BC でも薬品3点を同じようにしてカートに載せた。
使い古された万引き手口である。
カートに商品を載せて、上から買った商品を置く。
男は大きなパネルでカート内の商品を隠したのである。
・そのパネルも盗ったものかもしれない。
・大きなパネルが大きなレジ袋に入っていることもおかしい。
・男が靴売場横出口から駐車場に出た。
・Aさんは男を20m進ませて声かけ。
・男は『たばこを吸いに外へ出ただけだ。たばこを吸ってから、金を払うつもりだった。』の一点張り。
私はAさんに言った。
私『Aさんが女だからなめているのだろう。まあ、任せておきなさい。』
私とAさんは保安室へ戻った。
・明るく元気に完全否認
男が私を待ちかねていたように口を開いた。
男『聞いてもらったでしょう?僕はちょっとたばこを吸いに出ただけなンですよ…。
それをこの女の人が「万引きした。」と言うので、困っていたンですよ…。』
私『でもねぇ。店の外に出て20mも歩いたら「盗るつもりがあった。」と扱われるンですよ。』
男『そうなンですってねぇ!さっきこの女の人から聞きました。
それを知っていたら、店を出たすぐの所でたばこを吸ったンだろうけど…。
あんまり天気がよかったので駐車場の端でゆっくりしようと思ったンですよ。
そんな気持ちわかるでしょう?』
男は「盗るつもりがなかった」ことを主張している。
盗った商品を「自分のものだ」とか「買ったものだ」と主張しても、すぐにひっくり返される。
「盗るつもりがあったかなかったか」は本人にしか分からない。
外から分からない“心の中”を主張した方が有利である。
しかも、この男は“役者”である。
男は語気を荒らげない。引け目を感じていない。
明るくハキハキと自分の“心の中”を説明している。
落とすのが難しい犯人である。
私は商品を載せたカートを保安室に入れて、話題を変えた。
私『ところで、このレジ袋に入ったパネルはどうしたンですか?』
Aさんはこのパネルを現認していない。
男『それはこの店の2Fで買ったものですよ。』
私『いつ?』
男『今日ですよ。』
私『今日の何時ころ?』
男『2Fで買ってから、一旦専門店街へ出て昼御飯を食べたから…。12時前かな?』
私『疑っているわけじゃないンだけど、レシートを見せてもらえます?
これが我々の仕事だから、分かってくださいね。』
男『分かっています、分かっています。お仕事ですからねぇ。協力させてもらいます。確かここに…。』
男がポケットから財布を取り出してその中を捜す。
財布の中には1万円札が何枚か入っていた。
私『たくさん入っていますね。』
男『シャツや靴や薬を買うつもりで来ましたからね。
それより、レシート…。あれっ?おかしいなぁ…。ここに入れたはずなンだけど…。』
私『なくしたンですか?』
男『昼御飯を食べて金を払うときに落としたのかなぁ…。
レシートなんかそんなに大切に思っていないから…。
そうか!レシートは「万引きしなかった」という証明になるのか!
レシートがなければ万引きですよねぇ…。』
よくもまあ、これだけあっけらかんと話せるものである。
私『レシートがないからといって、万引き扱いにはしませんよ。
じゃあ、パネルは支払ったけど他の商品は支払ってないンですね?』
男『もちろん支払っていませんよ。これから買うのですから。』
私『事情は分かりました。』
男『やはり話の分かる人は違いますねぇ!』
男は得意気にAさんを見た。
Aさんは“山河落とし”が出ないので不満顔。
※犯人を自白させる方法と禁じ手
・パネルの売上記録なし
私は男に説明した。
私『今から書類を作ります。
こちらもお客さんに“万引きの嫌疑”をかけたのですから、後々面倒になると困りますからね。』
男『分かってくれたらそれでいいンです。
この女の人も仕事なンだから…。誰も「万引き扱いした」なんて言いませんよ!』
私『それから間に警察を入れます。これは店の決まりなンですよ。』
男『分かっていますって。そんなこと遠慮しないでくださいよ。仕事ですからネ!』
厄介な相手の場合、店の担当者に指示を仰がない。
“犯人慣れ”していない店担当者が迷うからである。
私はAさんに「警察連絡」を指示した。
男は「警察を入れる」と聞いても表情一つ変えない。
“万引き”にしておくのがもったいないくらいである。
私は男に“商品持ち出し”の了解を求めた。
私『商品の値段を調べて書類を作ります。商品をレジへ持って行きますが構いませんね?』
男『どうぞ、どうぞ。』
私はカートに載せてあった商品をすべて事務所に持って行った。
目的は「値段調べ」だけではない。
「男の持っていたパネルの売上記録」を調べるのだ。
店内の商品はすべてバーコード処理されている。
レジでバーコードを読み取ると、それが事務所のコンピューターに入ってくる。
「どんな商品が、いつ・どこのレジで・どれだけ売れたか」が実況で分かる。
こうして商品の売上の状況を分析し、販売方針・計画を立てているのだ。
男のパネルの「本日の売上記録」がなければ、「パネルを買った」という男の主張はウソになる。
そのパネルは「今日は売れていない」からである。
しかし、パネルの売上記録があれば男の主張が通ってしまう。
男のパネルと同じパネルには同じバーコードが付いている。
別の客がそのパネルを買っていたら売上記録となる。
売上記録では「誰が買ったか」は分からない。
一方、「どのレジで売れたか・何時に売れたか」は分かる。
男は「12時前に買った」と言った。
そのパネルの売上記録があっても、それが“12時前”でなかったら男は不利になる。
しかし、男に「どのレジで買ったか」を言わせて、「そのレジで売れていないこと」を突きつけても男はとぼけるだろう。
とにかく、相手は役者である。
男のパネルの売上記録があれば、まず男の主張を覆すことはできない。
ちなみに、クレジットカードやカードマネーを使うと「誰が・どのレジで・いつ・何を買ったか」が分かる。
万引き諸氏は注意されたい。
さて、パネルの売上記録である。
結果はすぐに出た。
係『山河さん。このパネルは、ここ一週間売れていませんヨ。』
私は「男を落とす糸口」を手に入れた。
犯人を落とすのには二つの方法がある。
・犯人に「素直に認めないと自分が不利になること」を大げさに説明して、犯人を不安がらせる。
犯人が「このままだとヤバイことになるな…。」と心配した瞬間にドカンと雷を落とす。
これは前に述べた。
・もう一つは「犯人の供述の矛盾点を突いて、犯人が動揺した瞬間に一気に押し切ってしまう。」のである。
今回はこの方法が使える。
・矛盾を犯人に突きつけると、
私は商品を持って警備室に戻った。
すでに警察官が来ていた。
警察官と男の声が保安室から聞こえる。
男は私のときと同じ調子で同じことを言っているようだ。
警察官が保安室から出てきて私に小声で言った。
警『あの男は落ちないぞ。
「店外20m」だけど、あそこまで平然と否認されるとなぁ…。
男は「支払う」と言っているンだから…。支払わせて終わりにした方が楽なンだけどなぁ…。』
私『もう一度私が聞いてみましょう。』
私と警察官は保安室に戻った。
男が私に尋ねた。
男『警察の方にも事情をよく説明しました。もう手続は済んだのですか?』
私『手続の方は済みました。
これで終わりですから、最後にもう一つだけ確認させてください。』
男『どうぞ。どうぞ。』
私『このパネルは、あなたが今日この店で買ったものなのですね?』
男『そうです。昼前にこの店の2Fで買いました。レシートをなくしてしまいましたがね。』
私『そうですか…。でも、おかしいンですよね。
いま、店のコンピューターで売上記録を調べてきたンです。
このパネルはここ一週間売れていませんよ!』
男が一瞬息をのんだ。
そのとき、私の後ろに立っていた警察官が大声で男をどやしつけた。
警『なんや!ウソやないか!警察をなめるなよ!お前のゆうとることは全部ウソやろっ!
「たばこを吸いに出た」というのもウソやろっ!
お前は、盗るつもりで外へ出たンやろっ!』
男『…。』
警『いまから警察でタップリと事情を聞いたる。今日は帰れへんゾ!覚悟しとけ!』
男は落ちた。
このようにことが運ぶはずだった。
しかし、警察官は何も言わずに上を向いている。
私は「この警察官は事件にするつもりがない」と悟った。
警察官の前で、私が男を落とせばイヤミになる。後々の協力関係も悪くなる。
私は「男に支払わせて終わりにする」ことを決めた。
警察官は『それじゃあ、我々はこれで…。』と帰っていった。
私は男に言った。
私『それじゃあ、買っていない商品はレジで支払ってくださいね。』
男『このパネルの支払いはどうします?』
私『それはあなたが買ったものでしょう?買ったものまで支払ってもらえませんよ。』
男『でも、売上記録がなかったのでしょう?』
私『いいから持っていきなさいよ。』
男『なんか悪いね。』
私は男をレジまで案内するために、男と一緒に警備室を出た。
男が私に言った。
男『お仕事が忙しいでしょうから、送ってもらわなくても結構ですよ。レジの場所は分かりますから。』
私は心の中で笑っていた。
「そこまでお人好しじゃないよ。
ついていかなければ、レジで支払わずにそのまま出ていくだろうが。」
つづく