SPnet私服保安入門


(12)万引き犯人などへの「出入り禁止処置」

 




a.『当店へは二度と来ないでください!』


常習万引き,クレーム魔,酔っぱらい,盗撮,のぞき,質の悪い試食食ぐい(事例70)…。

店に損害を与えたり、他の客に迷惑をかけて店の雰囲気を壊したりする者がいる。

店が彼らに“出入り禁止”を言い渡すことがある。


これは店の施設管理権の行使である。

彼らが店に来たのでは円滑な業務運営が害される。

店が定める「ペット同伴・店内模写・撮影の禁止」の店内ルールと同じである。

店にも客を選ぶ権利がある。


“出入り禁止”は
店の担当者がその者に「あなたを出入り禁止にします。」・「もうこの店には来ないでください。」と直接言うことによってなされる。

捕まった万引き犯人に対しては警察官の前でこの言い渡しをする。

わざわざ、犯人の同意を得て犯人の顔写真を撮影する店もある。


この“出入り禁止”はどのような法的効力があるのだろうか?

出入り禁止の者が入店してきた場合、店はこの者を店内から強制的に排除することができるのだろうか?

これを説明しよう。


b.法的効力


・“出入り禁止”が法律によって定められている場合がある。

ストーカー行為等の規制等に関する法律の“立ち入り禁止警告・命令”。
配偶者からの暴力の防止及び被害者の保護に関する法律の“近付くことの禁止命令・退去命令”がこれである。

これらは警察や裁判官が一定の手続をふんでなされるものである。
それに従わないと刑罰が課せられる。


・これに対し店が言い渡す“出入り禁止”は単なる“店の一方的な要望”にすぎない。

相手がこれに同意したとしても、それは“お互いにした約束”にすぎない。

その者が“約束”に反したからと言って、刑罰が課せられるわけでもないし店がその者を強制的に排除できるわけではない。


c.店ができること


店ができるのは次の二つである。


イ.施設管理権に対する正当防衛


・「入店しないでください。出て行ってください」と頼むのはOK


出入り禁止になっている者が店に入ろうとしたり店内にいるのを見つけたりしたときに、
店の施設管理権を守るために正当防衛として
その者に対して「あなたは出入り禁止になっていますから、入店しないでください・出て行ってください。」と言うのは構わない。

客がペット同伴で店に入ろうとしたりペット同伴で店内にいるのを見つけたりしたときに
「当店ではペット同伴禁止となっていますので、ペット同伴で入店しないでください・ペットを店外に出してください。」と言うのと同じである。

相手がそれに従わない場合に何ができるのか?


・それでも入店しようとする、出ていかない場合は?


正当防衛とは「権利がまさに侵害されようとしているときに、それを必要最小限の実力で押し返すこと」である。


・「店の施設管理権がまさに侵害されようとしているとき」でなければ正当防衛は行えない


ペットを同伴の場合なら、店の施設管理権がまさに侵害されようとしていると言える。
周知されている店内ルールに明確に反するからだ。

しかし、出入り禁止になっている者が入店しただけでは
「店の施設管理権がまさに侵害されようとしている」とは言えない。
彼は単に店との約束に反しているだけだからだ。


・正当防衛としてできることは「侵害を必要最小限の力で押し返す」ことだけ。


もし出入り禁止の者の入店が、「店の施設管理権がまさに侵害されようとしている」場合だとしても、
必要最小限の実力で侵害を押し返すことしかできない。

入店しようとする者に対して執拗に「入店しないでください」と言ったり、進路を防いで入店を阻止したりすることが限度であろう。

入店しようとしている者を無理やり制止したり、入店した者を引きずり出したりするのは
「必要最小限のもの」とは言えず正当防衛としても認められない。

それをした警備員は強要罪・逮捕罪が問題となってしまう。

それがスキャンダルとなれば店の信用・ブランドを傷つけることになる。


もちろん、出入り禁止となっている者が店内で迷惑行為をしたときはそれを止めさせるために実力行使をしてもよい。

しかし、それは出入り禁止となっていない者に対しても同じである。


ロ.損害賠償請求


店は「出入り禁止になっている者が入店したことで店に損害が生じたこと」を裁判所に訴えることができる。


たとえば、

・いつも酔っぱらって客に迷惑をかけている者がいる。
・客から「あの酔っぱらいの顔を見ただけでこの店に来たくなくなる。出入り禁止にしなければ他の店で買い物をする」との投書が相次いだ。
・店はその酔っぱらいに出入り禁止を言い渡した。
・その酔っぱらいがまた店内にいる。
・出て行ってくれといっても出ていかない。
・このままでは客が減ってしまう。

こんな場合なら、その酔っぱらいが客に迷惑をかけないでも店内にいるということだけで、損害賠償請求を訴えることができるだろう。

しかし、そのためには訴訟を起こし、店に生じた損害を裁判で証明しなければならない。

「その酔っぱらいが店内にいることで、どれだけ客が減ったのか・どれだけ売上が減ったのか」を証明しなければならない。

そんなことは不可能だろう。

もしそれができたとしても、酔っぱらいから金を取れるだけである。

その者を店から排除することはできない。


d.出入り禁止になっている者をつまみ出すことはできない


このようにどう考えてみても「出入り禁止になっている者が何もしていないのに実力でつまみ出すことはできない」。


こんなことを耳にした。

・ある店の常駐警備員が“出入り禁止になっている常習老人万引き”を店内で見つけ、店外へ引きずり出して小突き回した。
・別の機会には、警備室へ連れ込んで暴行を加えた。
・それを内部から知らされた警備会社の警備本部長がダンマリを決め込んだ。
  「問題にしても得なことがない」がその理由だった。
・その老人は準ホームレスであったので問題は表面化しなかった。

しかし、老人が騒げば暴行を加えた警備員は暴行罪・強要罪・逮捕監禁罪となっただろう。

そして、「社会的弱者を迫害した」として大スキャンダルとなっただろう。

警備会社が警備員に法律知識をしっかりと教育していないことも問題だが、その警備会社に自浄能力のないことも問題である。

この警備本部長は不作為による幇助罪が問題となる。
不作為による幇助(判例・通説)-警備員の暴行を握りつぶした本部長


e.実際には効果がある


このように「出入り禁止措置」をしても「つまみ出す」ことはできないが、実際にはそれ以上の効果がある。

出入り禁止を言い渡された者がどこかの警備員と同様に「法的拘束力がある」と思い込んでいるからである。

とくに、警察官の前で言い渡された万引き犯人はそう思い込んでいるようである。


また、クレーム魔は“店の「お客様第一」主義”に甘えて無理難題を言ってくるだけである。

店が「あんたなんか“客”じゃない。」と冷たくすれば、無理を言う意欲をなくしてしまう。

“駄々をこねる子ども”を母親が叱った場合と同じである。[※事例70]


彼らが二度と来店することはない。


つづく

 





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