SPnet私服保安入門


(12)-2.「出入り禁止措置」と住居侵入罪・不退去罪との関係

 




出入り禁止措置は通常「施設管理権の行使」として説明されている。

だから、出入り禁止の者が入店しようとしたり、入店していたりしたときに「出て行ってください」と頼むことしかできない。
決して、つまみ出すような強制力は使えない。

この点から、出入り禁止措置を住居侵入罪・不退去罪から説明することがある。
この場合はより強い強制力が使えるし、限湖畔逮捕も可能である。

それを検討してみよう。


a.住居侵入罪・不退去罪が成立するか


・刑法130条
「正当な理由がないのに、人の住居若しくは人の看守する邸宅、建造物若しくは艦船に侵入し、
   又は要求を受けたにもかかわらずこれらの場所から退去しなかった者は、三年以下の懲役又は十万円以下の罰金に処する。」

・刑法132条
「第130条の罪の未遂は、罰する。」


イ.住居侵入罪・不退去罪が成立すればできること


店は住居ではないが、「人の看守する建造物」であるから住居侵入罪・不退去罪の対象となる。

出入り禁止を言い渡された者が店に入った場合や 『出て行ってください』と要求したのに出て行かなかった場合、
住居侵入罪・不退去罪が成立するだろうか?


・住居侵入罪や不退去罪が成立すれば、彼らを現行犯逮捕して警察に引き渡すことができる。

・また、彼らが店に入ろうとした場合・入った場合・退去要求に関わらず出て行かなかった場合に、
  住居侵入罪・不退去罪に対する正当防衛として、入店を阻止したり実力で店から排除したりすることができる。

※正当防衛は「迫り来る侵害を押し返すこと」であり、侵害(犯罪)が成立した(既遂になった)後は行うことができない。
  しかし、住居侵入罪や不退去罪は、その者が出て行かない限り侵害が継続する。
  住居侵入罪や不退去罪については、それが既遂に達してもその者が出て行くまでは正当防衛が行える。
  ※注釈刑法2の1/「侵害の現在性」/228頁・232頁


ロ.「社会生活上相当なものとして許される範囲内」であれば住居侵入罪や不退去罪は成立しない。


住居侵入罪・不退去罪は「住居の平穏を護る」ためのもので、
居住者や看守者(以下、居住者)の意に反する立ち入りや滞留を罰するものである。

しかし、居住者の意に反するものすべてが犯罪となるのではない。
「それが社会生活上相当なものとして許される範囲を超えた場合」に犯罪となる。


たとえば、

・玄関に「セールスお断り・セールスマン立入禁止」という張り紙をした。
・セールスマンがこの張り紙を見たのに、『○○販売です!』と玄関を開けて入ってきた。
・これは居住者の意に反する立ち入りであるが、まだ住居侵入罪は成立しない。

・このセールスマンに家人が『セールスお断りだから帰ってください』と言った。
・セールスマンは『パンフレットだけ受け取ってください。』とカバンを開けた。
・これも居住者の意に反する滞留であるが、まだ不退去罪は成立しない。

ここまでは「社会生活上相当なものとして許される範囲内のもの」だからである。


このセールスマンがしつこくセールスをしたり、居すわったりした場合に、
「社会生活上相当なものとして許される範囲を超えた」ものとなり住居侵入罪や不退去罪が成立する。


ハ.出入り禁止の者の立ち入りや滞留はどこまで許されるのか?


店から出入り禁止を言い渡された者も同じである。

彼らが店に入ること、『出て行ってください』と要求したのに出て行かないことは、
「店の意に反して店に立ち入ること・滞留すること」である。

しかし、それだけで住居侵入罪や不退去罪が成立するわけではない。
その立ち入りや滞留が「社会生活上許される範囲を超えた場合」に成立するのである。


では、どこまでが社会生活上相当なものとして許され、どこからが許されないのだろうか?

それは「一般に公開されたショッピングセンター」と「個人の私生活が行われる一般住宅」とでは異なる。

住居侵入罪・不退去罪によって護られている「私生活の平穏」は、ショッピングセンターでいえば「商売の平穏」であろう。

ショッピングセンターは「安心・安全・快適な買い物空間」である。
商売の平穏とはこの「安心・安全・快適」であろう。

つまり、出入り禁止の者の立ち入りや滞留が「店の安心・安全・快適を害するもの」になれば住居侵入罪・不退去罪が成立することになる。


たとえば、

・酔って暴言を吐き一般客に迷惑をかけて出入り禁止になった者が、「酔って店に入ってきただけ」では店の平穏は害されない。
  この者が「暴言を吐き一般客に迷惑をかけたら、またはかけそうになったら」店の平穏を害した言えるであろう。

・万引で捕まって出入り禁止になった者が、「店に入ってきただけ」では店の平穏は害されない。
  この者が万引類似行為をしたり、「万引をするのではないか」と思わせる不審行動をとったりしたら店の平穏を害したと言えるだろう。

この段階になって初めて正当防衛や現行犯逮捕が可能となり、彼らに対する実力行使が許される。

だから、この段階に至らない彼らに実力行使をすることは許されない。


・出入り禁止の者が店に入ろうとしたから追い払った。
・出入り禁止の者が店内にいるのを見つけたのでつまみ出した。
・店内にいる出入り禁止の者に『出て行ってください』と言ったのに出て行かなかったからつまみ出した。

これらの行為は、強要罪,暴行罪,逮捕罪になるだろう。


※参考-出入り禁止の言い渡しがなくても住居侵入罪や不退去罪が成立することがある


出入り禁止は店が「その者の立ち入りは店の意に反するものである」とはっきりと示すことである。

しかし、このような明示的な意思表示がなくても、「店の意に反するもの」と判断される場合がある。


・鍵のかかっていない住宅の玄関、営業中の店舗や官公庁に許可を得ないで入っても問題がない。
  それは、居住者や看守者が「一定目的の立ち入り」に黙示の包括的な承諾を与えているからである。

・だから、「それ以外の目的や違法な目的での立ち入り」は「居住者・看守者の意に反する」ものとなる。

  たとえば、
  窃盗目的で鍵のかかっていない住宅の玄関に立ち入る、万引目的で営業中の店舗に立ち入る。
  これらは、居住者や看守者の意に反する立ち入りである。


・しかし、そのことだけで住居侵入罪が成立するわけではない。

  それは、出入り禁止を言い渡された者の立ち入りの場合と同じである。


・これらの「意に反する立ち入り」が
  「住居の平穏を害する行為で社会的に許されないもの」である場合に住居侵入罪が成立する。

  窃盗目的で鍵のかかっていない住宅の玄関に入ってきた者が
  風呂敷を広げたり、靴を脱いで上がろうとしたりすれば住居侵入罪が成立するだろう。

  万引に関していえば、
  万引目的で店舗に入った者が万引類似行為を行えば、
  「店の平穏を害する行為で社会的にゆるされないもの」として住居侵入罪が成立するだろう。


・ただし、住居侵入罪で有罪にするためには、「その者に万引目的があったこと」を立証しなければならない。
  また、万引の着手があれば窃盗未遂罪、万引の実行があれば窃盗罪が成立するので、わざわれ住居侵入罪を問題にすることはない。


※窃盗目的で住居に侵入し窃盗をした場合に住居侵入罪と窃盗罪が成立するかどうかにつき、
「住居侵入は窃盗の定番手段だから窃盗罪の構成要件に含まれ、住居侵入罪は窃盗罪に吸収される」という立場もある。

  しかし、「住居侵入罪は住居の平穏を護るためのものであり、窃盗罪とその目的が異なるから別々に成立する。
  そして、住居侵入と窃盗は手段と目的の関係にあり牽連犯となる」とするのが判例である。(注釈刑法3-250頁)

  ※牽連犯
  AとBの犯罪を犯したが、AとBの間に手段と結果の関係がある場合は刑罰の重い方の罪で罰する。(刑法54条1項後段)

  窃盗をするために住居侵入をした場合は、手段が住居侵入で結果が窃盗。
  住居侵入罪と窃盗罪が成立するが、刑罰は重い方が適用される。
  窃盗罪の刑罰が「10年以下の懲役または50万円以下の罰金」、住居侵入罪の刑罰が「3年以下の懲役または10万円以下の罰金」だから、
  「10年以下の懲役または50万円以下の罰金」で処罰される。


※居住者の包括的承諾に反した立ち入りとして住居侵入罪となった例として、
  ・闘争目的で日本刀を持って料理店に勝手口から侵入した。
  ・暴行の目的でガラス障子を下駄で壊して飲食店に入った。
  (注釈刑法3-241頁)


店の保安係が出会う事例は、
・暴騒族が店の駐車場で走り回る。
・ヤンキー達が店の通路に座り込む。
・盗撮目的でカメラを持って女性客につきまとう。
・盗撮・痴漢目的で女子トイレに入り込む。
・主婦が食品売場で値上げ反対のしゃもじを持って気勢を上げる。

これらはすべて住居侵入罪となるだろう。
ただし、その目的を立証することが難しい。

そこで、彼らにいったん退去要求をして退去しなければ不退去罪として処理した方が確実となる。

住居侵入罪・不退去罪が成立すれば、彼らを実力で排除することはもちろん、現行犯逮捕も可能となる。



b.住居侵入罪・不退去罪は使えるが使わない方がよい


このように「出入り禁止を言い渡されている者」が入店しようとしたり入店している場合に、
それが「店の安心・安全・快適を害するものとなる場合」には住居侵入罪や不退去罪が成立する可能性がある。

そして、住居侵入罪や不退去罪が成立すれば、つまみ出すなどの強制力や現行犯逮捕も可能となる。


しかし、「店の安心・安全・快適を害する程度になったかどうか」の判断は最終的には裁判官がするものである。
もし、その程度にいたっていなければ、住居侵入罪・不退去罪は成立せず、
これをつまみ出したり、現行犯逮捕したりした警備員は違法行為の責任をとらされる。

現場の警備員はあくまで「施設管理権によるお願い」として
「入店しないでください」とか「退店してください」と言うだけにとどめた方がよい。


もっとも、私服保安は「出入り禁止を言い渡されている常習万引き」にそんなことは言わない。
彼らは盗る可能性が高い。好みも手口も退店経路も分かっている。
わざわざ獲物を追い散らす必要はないのだ。


つづく

 





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