SPnet私服保安入門


第七章 万引き検挙で感じる世相・万引き以外の店内犯罪
         
1.万引き検挙で感じる世相

 




(1)“人生につまずいた万引き”を捕まえると後味が悪い


万引き犯人の大半は普通に生活をしている者であるが、苦しい生活をしている者もいる。

だからと言って万引きが許されるわけではない。

しかし、彼らは“その心の弱さ”も含めて、いろいろな所で人生につまずいてきたのだろう。

そんな者を捕まえると後味が悪い。

私もそうなったかも知れないし、これから先そうなるかも知れないからだ。


・事例53.どうしても食べたかったンだなぁ


食品売場・21時すぎ。

よく見かける準ホームレス風男性がいた。

彼はいつも大きな黒いビニールバッグを肩にかけ、ショッピングセンターで一日中過ごしている。

50歳を過ぎたばかりだろう。しっかりとした体格をしている。

まだまだ肉体労働ができるだろう。

外は冷たい雨が降っていた。


・防止


男は手にパック入りの弁当を一つ持っていた。

そのまま食品売場を出て行こうとしている。

「現認なし」だから、「盗らさないようにする」しかない。


「男がどこから店外するか」は予測できる。

彼は専門店街のフードコートであの弁当を食べるつもりたろう。

だから、1F専門店街出入口から店外する。


私は専門店街出入口に先回りした。

男が弁当を持ったままやって来た。

彼は私に気づくと、クルリと方向を変え食品売場の方へ戻っていった。


「これ以上追う必要ない。弁当は戻すだろう。」

私は化粧品売場の警戒にあたった。


暫くして、私は化粧品売場から何げなく食品売場の方を見た。

男が食品売場出口で弁当を持ったまま立っている。

「なんだ、まだ弁当を戻していないのか?」

私は遠くから男と目を合わせた。


・猛ダッシュとその後


その瞬間、男は意を決したように弁当を持ったまま走り出した。

全速力で売場の中を走って、靴売場横の出入口から店の外に飛び出していった。

私は何もしなかった。

「どうしても食べたかったンだなぁ…。

これからどこかで、雨をしのいで冷さめた弁当を食べるのか…。」


その日から男を見かけなくなった。

10日くらい経って、男を食品売場で見かけた。

彼が弁当や飲み物をレジで支払っている。


肩にかけたショルダーバッグは同じだが、散髪をして髭も剃っている。

洗濯された作業服の胸にはネームプレートも付いている。

「働き口が見つかったのか!」

私は嬉しかった。


しかしその2週間後、男は以前の格好に戻っていた。

       
・事例54.半額寿司を盗って足どり軽く店外


久しぶりに入ったある店・18時頃。

私は食品売場前を歩いていた。

店の外に安くておいしい食堂があるからだ。


私服保安には職業上の習慣がある。

歩いているときはもちろん、話をするときも休憩中でも人を見ている。


菓子通路の男が何かを袋に入れたな?

私は足を止めてその男をよく見た。

男は50歳過ぎ。

左腕に半透明のレジ袋を吊るし、店内カゴを持っている。

カゴの中は空。

レジ袋には“釣り具屋”の名前が印刷してある。


「夕食はもう少し後か…。」

私は食品売場に入った。


・現認


男は弁当コーナーに行き、半額寿司2パック,コーヒー飲料2パック,大福1パックをカゴに入れた。

そして、菓子通路の方へ歩いていく。

「素人万引きか…。」


男が菓子通路で商品を“釣り具屋のレジ袋”に詰めている。

「もっと、周囲を気にしなさいよ!」

男は空になったカゴをその場に置いて、農産の方から食品売場を出ていく。

彼のレジ袋の中に寿司パックが透けて見える。


・店外


膨らんだ袋を持って、男の足どりは軽い。

私は背後から男の両肩を掴んだ。

私『アカンやろう!』


保安室で男は素直だった。

財布には小銭しか入っていなかった。


店担当者が男に尋ねる。

担『どうやって生活しているの?失業中なの?』

男『ずっと失業中だったンですが、やっと仕事が決まったンです。』

担『それはよかったね。それなら、もう少し我慢すればいいのに…。』

男『明日が初日なンです。だから…、お祝いをしようと思って…。』

担『…。』


警察官がやって来た。

男の前歴照会をしてこなかったのか、警察官の一人が店の外でケイタイをかけている。

私は「警官が男を連れて行ったら、やっとあの食堂で食べられる。早く済ませてよ…。」と思っていた。


警察官が警備室に戻ってきた。

私『前歴照会は済みました?お世話をかけました。じゃあ、私はこれで…。』

その警察官が私に言った。

警『前科が九つもあるワ。男を逮捕するから、山河さんすぐに警察署へ行ってくれ!』


私が夕食にありつけたのは、それから4時間後だった。


つづく

 





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