SPnet私服保安入門



      
(2)“子どもと親”どちらもチョットおかしい

 




a.子どもに遠慮している親


私は子どもの頃“いたずら坊主”ではなかった。親の言いつけを守る“よい子”だった。

それでも皆でご飯を食べているとき、父親に突然頭を叩かれたことがあった。

凄い形相で追いかけられて裸足で逃げたこともあった。

暗い中で家の外に立たされて、入れてもらえないこともあった。


今の私がその場にいたら、「父親がなぜそうしたか」が分かるだろう。

しかし、そのときは「そうされる理由」がまったく分からなかった。

どこの子どもも父親を怖がっていた。

いつ爆発するか分からない。ビクビクしていたものである。


“子ども万引き”を捕まえて“保護者渡し”になり、親がやって来る。

父親が来ることも多い。

しかし、子どもを叩いた父親は一人だけ。


いつから父親が怖くなくなったのだろう。

なぜ、親が子どもに遠慮するようになったのだろう。


・事例57.父親のピンタ、昔なら当たり前


店内のペットショップで小学生二人が店員に捕まった。

私が事件を引き継いだ。

小5と小4の女の子。

盗ったのは猫の餌。
二人は「秘密の場所で捨て猫を飼っている」と言う。


小5の保護者には連絡がつかなかった。

小4の父親とケイタイがつながった。

父親は仕事中だった。母親はいないらしい。


『仕事から抜けられない。』と言う父親に、私は“いつもの手”を使った。

『それなら、娘さんたちを警察に引き渡すことになりますが…。』

父親は『何とかしてそちらに行きます。』と答えた。


30分くらいして父親がやって来た。

30歳半ばで作業服のあちらこちらにペンキが付いていた。

私は事情を説明し始めた。

私『実はですねぇ…。』


突然、父親が娘に近づいて思いっきりビンタを一発。

女の子は後のロッカーに激しく頭をぶつける。

続けて、もう一発。

女の子は驚いて、泣きだすこともできない。


父親は私に向かって姿勢を正し、『すいませんでした!』と頭を下げた。

父『すべては私の責任です!今から、二人を連れてペットショップで謝ってきます。』

彼は二人を立たせ、私に謝らせて保安室を出ていった。


彼の娘にはどんな説教よりも、父親のビンタが応えただろう。

「これなら大丈夫だ。」

私はすがすがしい気持ちで三人を見送った。

       
・事例58.『よく言ってくれました。』と父親


日曜日。

中学生男子二人が玩具売場でトレーディングカードを盗った。

被害額は各自1万円近くあったが、14歳未満だったので“保護者渡し”となった。

近くに自宅があるのか、父親二人がすぐに保安室にやって来た。


私は子どもたちの前で、父親達に事情を説明した。


父親の一人は『こんなことをしてはダメだろう。』と優しく諭した。

もう一人の父親は黙っていた。

子どもたちがヘラヘラしている。


私は彼らを大声で叱りつけた。

『お前ら!その態度はなんだ!お前たちは悪いことをしたンだぞ!ヘラヘラするな!』

子どもたちは目をまん丸くして驚いていた。

私は少し説教をした。彼らはうなだれてそれを聞いていた。


私は子どもたちと父親に一筆書いてもらい、彼らの“買い取り”に付き添った。

子ども二人は先頭で何やら談笑している。その後に父親二人と私。

保安室で何も言わなかった父親が私に言った。


父『よく言ってくれました。
     子どもは私の言うことなんか聞きません。もっと、叱ってやってください。』

私は呆れて何も言えなかった。

「それはアンタの役目だろう!」

       
・事例59.『それは払ったから、もう捨てて!』と娘


日曜日・21時頃。

女子高生二人が化粧品とヘアカラーを数点ずつ盗った。

二人は三人姉妹の長女と次女。

「一番下の妹は専門店街にいる」とのこと。

店内放送でその妹を保安室へ呼んでもらった。


一番下の妹は「姉たちが万引きしていたこと」を知らなかった。

そして、それを知って泣きだした。


姉たちのバッグの中から、専門店街で盗った衣類数点が出てきた。

二人は悪びれずにスラスラと「盗ったこと」を認めた。


警察官到着。


警『山河さん。もう遅いから、二人の取調べは明日以降にするよ。
     学校があるだろうから、取調べの日時は二人と相談するよ。
     ここへ親を呼んで、二人を引き取ってもらうよ?』

私『未成年者ですからね。』


警察官が身柄引受人を保安室へ呼ぶこともある。

犯人をその日に取り調べないのなら、保護者を保安室に呼んで犯人を引き渡した方が簡単だからである。

警察官は姉妹の家に連絡した。


警『山河さん。化粧品はどうするの?』

私『パッケージが破れてないから、店は“売場戻し”と言っています。』

警『専門店の方は?』

私『保護者と店の相談ですね。』

警『了解。』


私が書類を書き上げたときに母親がやって来た。

母親はオロオロして、私と警察官に何度も頭を下げた。

若い警察官が付き添って、姉妹と母親は専門店に謝罪と被害品処理の相談に行った。

暫くして彼らが戻ってきた。

母親は専門店の紙袋を二つ持っていた。買い取ったのだろう。


若い警察官が母親に言った。

警『今日はこれでお引き取りください。
     交番に来ていただく日時は明日にでも相談させていただきます。』

母親は私に何度も頭を下げて謝った。

警察官が姉妹を私の前に立たせて謝らせた。


姉妹が保安室から出ていく。

母親は泣き疲れた末娘の手を引いて、買い取った商品の紙袋二つを持った。


それを見た一番上の姉が、きつい口調で母親に言った。

姉『それのお金は払ったから、もういいの!持ってこないで!そこに捨てておいて!』

母『そんな…。』

母親はオロオロしながら、商品の袋を持って後を追った。


私は傍にいた年配の警察官に言った。

私『まったく反省していないでしょう?』

警『ちょと、絞り上げるワ!』



つづく

 





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