SPnet私服保安入門
c.商品買い取り場面で分かる親の本音
万引き犯人に「盗った商品を買い取る義務」はない。
※犯人に「盗った商品を買い取る義務」はない
しかし、犯人の大半は商品を買い取っていく。
それは犯人の本意ではないだろう。
「金を払わないつもりで商品を選んだのであり、金を払うつもりだったらその商品を選ばなかった」からである。
子どもが万引きをした場合、ほとんどの親が商品を買い取っていく。
親はどんな気持で買い取るのだろう。
「私の子どもがお店にご迷惑をお掛けしました。
私の教育が至らなかったばかりに、子どもがこんなことをしてしまいました。
これは私の責任です。
お店も商売しておられるのですから、少しでも売上に協力させていただきます。
こんなことで“私の至らなさ”は償えませんが、私の気持ちを汲んでください。」
このように“自分の責任”を感じたからだろうか?
それとも、嫌々ながら社会的常識に従っているのだろうか?
内心では「自分が盗ってもいないのに…。」と思っているのだろうか?
それが親の買い取り場面に見え隠れする。
・事例61.『謝るとは、こうするンだよ!』
女子高生二人が化粧品を盗った。
盗った額は二人とも“母親のパート日当”の2倍程度。
母親二人が、警察で娘たちと商品を渡されて保安室にやって来た。
被害品処置の相談に店担当者がやって来る。
“未成年万引き”が警察から戻ってくると、たいてい泣きはらした目をしている。
警察でとっちめられるからだろう。
この二人もそうだった。
母親二人は店担当者と私に丁寧に謝り、「自分たちの至らなさ」を詫びた。
そして、娘たちにも謝らせた。
母親の一人が自分の娘の謝り方に腹を立てて娘を叱りつけた。
母『あんた!本当に迷惑をかけたと思っているの!その謝り方はなんなの!
謝るというのは、ここをこう折って頭を下げるンだよ!』
母親は娘の腹に手を当て、娘の後頭部を強く押して深々と頭を下げさせた。
店担当者は恐縮してその母親に言った。
担『お母さん!もう娘さんは充分反省していますよ。
そこまでさせなくても結構です。お母さんたちのお気持ちは充分に分かりました…。』
その母親が店担当者にこう言った。
母『それでですねぇ…。娘の盗った化粧品のことですが…。
やはり、買い取らなければなりませんか?』
・事例62.『もちろん、買い取らせていただきます!』
女子高生三人が化粧品を盗った。
その中に“茶髪のヘアカラー”があった。
例によって、警察から三組の母娘が盗った商品を持って保安室へやって来た。
母親たちは店担当者に謝り、『もちろん、買い取らせていただきます!』と即答した。
私は母娘たちの買い取りに付き添った。
私服保安が買い取りに付き添うのは「本当に買い取るかどうかを確認する」ためと、
「書類にレジの確認サインをもらう」ためである。
確認サインをもらうのは「リスト通りの商品が買い取られたこと」、
つまり「保安係が被害商品をネコババしていないこと」を証明するためである。[※事例52]
保護者の買い取りは次のようにして行われる。
・私服保安が商品リスト(集計表)を持って、子ども(犯人)と保護者を“盗られた商品の売場レジ”に案内する。
・店担当者は来ない。
・子どもに甘い親が『子どもも一緒に行かなければなりませんか?』と言うことがある。
そんな親には『やはり、本人さんたちも謝った方が子どものためになりますよ。』と言って、子どもと一緒に行ってもらう。
子どもを“万引きした売場のレジ”に連れて行けば、売場係員が万引き犯人の顔を知ることができる。
子どもも「顔を知られた」と思って次の万引きをしなくなる。
それは「子どもの教育のため」ではなく「防犯効果をあげるため」である。
私服保安は学校の先生ではない。
もちろん、それを強制することはできない。
・レジでは私服保安がレジ係に『被害商品の買い取りです。』とリストを渡す。
・レジ係が気をつかって、一般客と別のレジで処理することもある。
・次に、保護者が被害商品をレジに出して代金を支払う。
・レジ係はレシートとリストを比較してリストに確認サインをする。
たいていは、商品点数と合計金額を比較してOKである。
・最後に、保護者と子どもが売場mgrに謝って終わりとなる。
話を戻そう。
化粧品レジで母親たちの買い取りが始まった。
母親二人が支払って、三人目の母親の番になった。
その母親が被害商品をレジに出した。
そしてその中の“茶髪 ヘアカラー”を娘に手渡し、不機嫌そうに娘にこう言った。
母『これを“黒い色”と取り替えてきなさい!』
“被害商品の買い取り”も“買う”ことには違いないのだが…。
「どこか変だ」と思わないだろうか?
・こんなことで驚いていてはいけない。
こんな場面もあった。
女子高生二人の化粧品万引き。
二組の母娘が別々にやって来た。
一組目の母親と女子高生が買い取りを済ませて帰って行った。
暫くして、二組目の母親と女子高生がやって来た。
店担当者への丁寧な謝罪と『もちろん、買い取らせていただきます!』は同じである。
私が母娘を化粧品売場に案内する。
母親は持っていた被害商品をレジにドサッと置いた。
そして、憮然(ぶぜん)としてレジ係に言った。
母『もう要りませんから、これは返します!』
「買い取る気がなければ、初めからそう言えばいいのに…。」
・事例63.『お願いがあるのですが…。』
女子高生が化粧品を盗った。被害額1万円弱。
例によって、警察から保護者と女子高生が被害商品を持ってやって来た。
保護者は70歳前の上品な紳士。女子高生の祖父だった。
祖父は「自分が万引きをしたかのように」しょんぼりとしていた。
丁寧な謝罪と即座の『買い取らせていただきます…。』は同じである。
しきりに『私の教育が間違っていました。これからは絶対にこのようなことはさせません。』と言っていた。
化粧品レジで、祖父は持っていた商品を出して代金を支払った。
レジ係が新しいレジ袋に商品を入れて祖父に渡し、お釣りとレシートを渡した。
祖父は売場 mgr とレジ係に謝り、孫娘にも謝らせた。
そのあと祖父がこう言った。
祖父『実は…、お願いがあるのですが…。』
mgr『なんでしょうか?』
祖父『もう一度ご迷惑をお掛けします。この商品を捨てておいてください。』
祖父は“買い取ったばかりの化粧品”を差し出した。
mgr『えっ?』
祖父『この孫娘に“自分が盗った化粧品”を使わせることはできません。お願いします…。』
売場mgrは祖父の気持ちを汲んで商品を受け取った。
祖父は肩を落として孫娘と一緒に帰って行った。
私は二人を見送りながら、「娘にビンタを喰らわせた若い父親」を想い出した。
※事例57.父親のピンタ
d.我慢を知らない子どもたち
私は中学生・高校生の万引きによく説教をした。
『君たちは、“欲しい”と“盗る”をなぜすぐに結びつけるの?
“欲しい”と“手に入れる”の間には“盗る”しかないの?
欲しければ、小遣いを貯めて買えばいいじゃない。
小遣いが貯まらなければ、諦めればいいじゃない。
どんな場合でも「我慢すること」が必要だよ。
「いい記録を出そう」と思えば、苦しい練習を我慢しなければならない。
「学校の成績を上げよう」と思えば、我慢して嫌な勉強をしなければならない。
他の者より我慢した者が、他の者より多くを与えられるのだよ。』
私は力山道と東京オリンピックを小学校・中学校で過ごした世代である。
私たちの子ども時代には「我慢すること」が自然と身についた。
戦後の食料難は昔のものとなっていたが、まだまだ貧富の差があった。
子どものおやつは“蒸かした芋”と親戚が集まって作る“あられ”だけだった。
裕福な家の子どもは、私たちが食べたことのない板ガムを持っていた。
それを彼が口に入れるのを羨ましく見ていたものだ。
給食のない日は母親が作ってくれた弁当を教室で食べた。
どの子どもも“おかずの部分”を弁当の蓋で隠して食べていた。
“おかずの粗末さ”を知られないようにしていたのだ。
運動会では1等~3等に賞品のノートが与えられた。
“賞”という朱色のスタンプが大きく押されているノートだ。
翌日、友達が学校にそのノートを誇らしげに持ってくる。
運動音痴の子どもは悔しい思いをした。
勉強のできない子は、それを先生になじられてもじっと我慢していた。
親も子どもも、それぞれに我慢をしていた。
そして、“我慢の悔しさ”が努力の原動力となった。
我々の子ども時代には不登校はなかった。
『学校へ行きたくなければ、行かなくてもいいのよ。』という言葉は聞かれなかった。
今の子どもには「我慢すること」が身についていない。
生まれたときから豊かである。
運動会では順位をつけることがなくなった。
学校では“競争心”が悪者になった。
そして、「子どもの人権を尊重すること」と「子どもを甘やかせること」が混同されてしまった。
“我慢のできない子どもたち”には、学校教育にも責任があるのではないだろうか?
つづく