SPnet私服保安入門


        
・事例64.毎日やって来る値札替え

 




年末。
私が独り立ちして半年くらいのことである。


1.売場からの情報


食品レジから「“値札替え”が毎日来る。」という連絡があった。

私はレジmgrに事情を聞いた。

・40歳すぎの男・サラリーマンの仕事帰り風。
・ほとんど毎日、18時~19時にやって来る。
・“半額シール”を菓子パンやビスケットに貼ってレジに持ってくる。
・半額シールが浮き上がっていて、「剥がしたものである」ことが分かる。
・そもそも、特別なことがない限り菓子類に半額シールを貼ることはない。

あちらこちらのレジ係から『私もその男性のレジをした。』と声が上がる。


2.犯人の特定


とにかく男とその行動を見なければならない。
私は食品レジmgrに「男が来たら連絡してほしい。」と頼んだ。

その日の18時半頃、「男がレジに並んでいる。」との連絡が入った。

私は男を確認した。

おとなしそうでお笑い芸人のような顔をしている。

その日も「商品すべてに半額シールが貼ってあった」とのこと。


3.半額シールについて


半額シールとは商品に貼られる“割引シール”の一つである。

化粧品・玩具などにも貼られる。衣料・靴・鞄では半額の値札に付け替えることが多い。

食品では賞味期限が近づいた商品に“10%引き・30%引き・半額”のシールが貼られる。


食品で半額シールが貼られるのは、“豆腐・練り製品・生麺類・鮮魚・肉・惣菜・パン・パック入り弁当”などである。

このうちシールが剥がし易いのは、“豆腐・パン・パック入り弁当”である。
シールが固い外装の上に貼られるからだ。

その他のものは、ラップの上にシールが貼られる。
シールを剥ぐとラップもくっついてくるので、別の商品に貼ることができなくなる。


4.二つの手口


「半額シール貼り」には二つの方法がある。


(あらかじめ準備派)半額シールの貼られた商品を買って、そのシールを剥いで手首などに貼ってくる。

  このシールを“半額でない商品”に貼る。

  半額シールをあらかじめ準備してくるのだ。


手順は、

①.半額でない商品をカゴに入れる。
②.人目のない場所で、その商品に持ってきた半額シールを貼る。
③.レジで半額でない商品を半額として買う。


(現地調達派)半額シールの貼られた商品から半額シールを剥いで、半額でない商品に貼る。

  半額シールを現地調達するのである。

手順は、

①.半額シールの貼られた商品をカゴに入れる。
②.半額でない商品をカゴに入れる。
③.人目のない場所でシールを剥がして、半額でない商品に貼る。
④.シールを剥がした商品(半額シールの貼ってあった方)を売場に戻す。
⑤.レジで半額でない商品を半額として買う。


5.手口の比較



a.半額シールを貼ったことの現認

半額シール貼りを検挙するには「犯人が半額シールを半額でない商品に貼ったこと」を現認しなければならない。

店の「その商品に半額シールを貼っていない」と犯人の「すでに半額シールを貼ってあった」では5対5。
それを崩すのが「犯人が半額シールを貼ったことの現認」

つまり、「万引きの棚取り現認」と同じ犯罪を行ったことの証拠となる。


・“あらかじめ準備派”はシールを準備している。

そのシールを半額でない商品に貼るのは一瞬である。

それを現認することは難しい。


・“現地調達派”は貼る前にシールを剥がさなければならない。

シールを剥がすのには時間がかかるので現認しやすい。

半額シールを剥いだ商品を売場に戻す(手順④)ので、「シール貼り替えをしたこと」を確かめられる。

半額シールを剥いだことで声かけできる。(※2020.06.追記)


b.証拠

“あらかじめ準備派”

・半額シールの貼られていない商品の棚取り現認
・半額シールを貼ったことの現認。
・犯人がレジ清算した半額シールの貼ってある半額でない商品。(犯人が逮捕時に持っている)

“現地調達派”

・半額シールの貼られた商品の棚取り現認
・半額シールの貼られないない商品の棚取り現認
・半額シールを張り替えたことの現認
・半額シールの貼ってあった商品を戻したことの現認とその商品。
・犯人がレジ清算した半額シールの貼ってある半額でない商品。(犯人が逮捕時に持っている)


c.検挙の難易

“あらかじめ準備派”の検挙はあちらこちらの商品にベタベタ半額シールを貼った場合以外はまず無理。
1品に貼る場合はその現認ができない。
※下記2020.06.追記

“現地調達派”の検挙は可能。


6.男の手口を知る


男の顔を知ったら、次に男の手口を知らなければならない。

・あらかじめ準備派か、現地調達派か?
・どんな商品の半額シールを剥いで、どんな商品に貼るのか?
・どこでシールを貼るのか?


男は翌日もやって来た。

私は遠くから観察。

・男は「豆腐 → 弁当 → パン → ビスケット」と移動し、洗剤通路でゴソゴソしていた。
・その後、“パン・弁当”に戻りレジに来た。
・レジ清算したのは“豆腐・菓子パン・ビスケット”。
・このすべてに半額シールが貼ってあった。


このことから男は、

・半額シールの貼ってある“パン・弁当”の半額シールを剥がして、“豆腐・パン・ビスケット”に貼る。
・洗剤通路で半額シールを貼り替える(剥がして貼る)。
・半額シールを剥がした“パン・弁当”を売場に戻す。
・現地調達派。


7.指導私服保安の指示


私は指導私服保安に相談した。

指導私服保安の指示は次のようなものだった。(※説明がややこしくなるので例を挙げる。)


a.男が次のことをしたとする

①豆腐をカゴに入れる。
②半額弁当をカゴに入れる。
③弁当の半額シールを剥いで、豆腐に貼り替える。
④弁当を売場に戻す。
⑤半額でない豆腐をレジで半額として支払う。


b.必要な物証は

イ.犯人がカゴに入れた豆腐の隣にある豆腐(①)。
ロ.犯人がカゴに入れた半額弁当の隣にある半額弁当(②)。
ハ.犯人がシールを剥いで戻した弁当(④)。
ニ.犯人がレシートを捨てたら、そのレシート。


・イ → 「犯人がレジ清算した豆腐に半額シールが貼ってなかった」ことを証明する。

・ロとハ → 「犯人が戻した弁当に半額シールが貼ってあった」ことを証明する。

ニ → 「犯人がその豆腐を半額で買ったこと」を証明する。


c.「シール貼り替え行為」の現認程度

「貼り替えた」ことが分かればよい。厳密に現認する必要はない。


d.犯人を自白させる方法

・イ~ニの物証を突きつけて、犯人を自白させる。

・自白しないときの決め言葉。

『あんた、「この半額シールは初めから貼ってあった。」と言ったよな?
   そんな言い訳は警察では通用しないぜ。
   あんたがシールを剥いだときに、あんたの指紋がシールの“裏”にしっかりと付いているからな!
   “裏”に指紋が付いていれば、貼り替えたことが分かるんだぞ!』

これで、ほとんどが自白する。


8.物証を揃えようとしたが…


私は次の日から男を尾行した。

イ~ニの物証を揃えるためには、男にピッタリとくっつかなければならない。

男は私にマークされていることに感づく。

彼が「犯人扱いされた。」と文句を言ってきたら店に迷惑がかかる。

私は男から離れる。

物証をすべて揃えることができない。


それから1週間、私は毎日男を尾行したがすべての物証を揃えることはできなかった。

レジ嬢たちからは『今日も半額シールが貼ってあった。早く捕まえてよ!』とブーイング。


9.指導私服保安への検挙依頼


私は指導私服保安に検挙を頼んだ。


場数を踏んでいない新人私服保安は、必要な条件すべてを完全に揃えようとする。

場数を踏んだ私服保安は、必要な条件の一部が欠けたり不完全だったりしても、前後の状況からそれを補うことができる。

「こことここを押さえていれば、残りが不確かでもこのくらいならOKだ」という“コツ”を身につけている。

※「張り替え行為の現認は不確かでよい。張り替えたことが分かればよい」という部分が“コツ”なのだろう。
  半額シールの貼ってある弁当と半額シールの貼ってない豆腐をカゴに入れて、どこかでゴソゴソし、
  半額シールの貼っていない弁当を戻し、半額シールの貼ってある豆腐をレジ清算すれば、シールを張り替えたとする。
  その判断を今までの経験からするのだろう。
  

また、犯人の行動はいつも同じだとは限らない。

犯人の行動の変化に即座に対応しなければならない。

犯行は止まってはいない、その時その場で常に動いている。


静止した標的を、ゆっくりと狙いを定めて撃つのではない。

飛んでいる鳥や、走っている獣を撃たなければならない。

実戦経験の乏しい私服保安はこれができない。


私も指導私服保安になってから、何度か新人私服保安の検挙応援に行った。

そして「1年間も捕まえられなかった常習万引きで、
店の者と私服保安で防止するしかなかった悪質万引き」をその日にあっさりと捕まえた。

新人私服保安は目を丸くしていた。

その頃の私と同じである。

今なら、こんな“半額シール男”など簡単に捕まえるであろう。


10.指導私服保安の検挙


指導私服保安が男の検挙に要した日数は二日間。

一日目は男が来なかった。

二日目に男がやって来た。


指導私服保安はあっさりとイ~ニの物証を揃えた。


「犯人を自白させること」は私に任された。

しかし、犯人はあっけなく自白してしまった。

イ~ニの物証を突きつけることも、“シールの裏側の指紋”を持ち出すまでもなかった。

私は「動く標的を撃つとはこんな感じなのか。」と少し分かった。


男が半額シールを貼ったのは、豆腐・菓子パン×2・ビスケット。

被害金額は200円に及ばなかった。

警察渡しにせずに“出入り禁止”となった。

その後、男が店に現れることはなかった。


11.今はできない半額シール貼り


今は食品売場で“半額シール貼り替え”はできない。

今までは、どの商品にも同じ半額シールを貼っていた。

今では、その商品固有の“半額バーコードシール”を貼るようになった。

違う商品の半額シールを貼っても、「その半額シールがどの商品に貼ってあったか」がレジで分かってしまう。


もちろん、これは“値札替え対策”ではない。

商品管理を効果的にするためのものである。

売場の係員はともかく、店は“半額シール貼り”など相手にしてはいないのだ。

       
★2020.06.追記


1.あらかじめ準備派を検挙できなかった

私が入店している店の一つに地元スーパーがある。
このスーパーでは昔ながらの半額シールを貼っている。

この店に、半額シールおばさんが出没する。
店長,副店長,売場主任,レジ係からマークされている。
当然、検挙依頼がある。

手口はこの店の半額シール(台紙にたくさんシールが貼られたもの)を持っているらしい。
そこからシールを剥いで、商品に貼るという。

シールを貼るのは「肉1パック」


やらなければならないのは
・シールを貼っていない商品の棚取り現認
・その商品の隣にあった商品の確保
・シールを貼る行為の現認
・シールを貼った商品の確保(これはレジ清算したおばさんが持っている)


このおばさんを五回尾行した。


おばさんはカートに口の開いたバッグを下げてやってくる。

初めの三回は半額シールの貼ってある肉パックや惣菜パックをいろいろ選び買っていった。
不審行動なし。

私は、「店長やレジ係の思い込みではないのか」と思った。


四回目におばさんは半額シールの貼ってない肉1パックをカゴに入れた。
そして、カートに下げてあるバッグをカートの上に置いた。
顔が真剣になっている。

『バッグの中に半額シールの台紙があるな。
   バッグに手を入れてシールを貼るゾ。
   もし、シールを貼る行為の現認が不確かでも、
   肉パックにシールが貼られ、シール台紙が見えれば「今、当店の半額シール台紙を持っていましたよねぇ」で“カマかけ”できる。』

おばさんは肉売場から惣菜売場、そして中央通路を通って農産の方へ進む。

私は、おばさんの後からおばさんの右手を見ている。

農産売場に入るときにおばさんの右手が動いた。
その後すぐにおばさんを追い抜いてカートの中を見たら、肉パックの真ん中に半額シールが貼られていた。

バッグの中にあるだろう、半額シール台紙は見えなかった。


多分、バッグの中の「半額シール台紙」のシールの一つを少しめくってあるのだろう。
→ バッグの中に右手を入れてそのシールを人指し指にくっつけて引っ張って剥がす。
→右手を抜いて人指し指で半額シールを貼る。

しかし、おばさんは右手を一回しか動かさなかった。
その動きはゴソゴソとした動作ではなかった。
右手を動かす前に何らかの準備行為があったのか、それを見逃していたのか。

これで、おばさんが半額シール貼りをしていることが確かになった。

当然、見送り。

「次回は前から見ること」とした。


五回目。

クリップ式の小型ビデオを用意した。
「シールを貼る行為」が現認できなくても、おばさんの動きを録画しておけば対策が立てられる。

おばさんは、シールの貼っていない味付けカルビ1パックをカゴにいれた。

私は、おばさんを追い越して前へ回った。

しかし、おはさんは中央通路に入らず、味付け肉が半額になり半額シールを貼る時間になると肉売場に行った。
そして、『これも半額になったのでしょう?」と係員に言ってシールを貼ってもらった。

不審行動なし。


その後、何日かして、、店長がレジ清算しているおばさんに『この肉はまだ半額になっていません。』と言った。
おばさんはその日から来なくなった。
2カ月後、おばさんを見かけた。
おばさんは「以前のワイワイ・元気」から「オドオド・しょんぼり」になっていた。体も「一回り」小さく見えた。

さらにおばさんを何度が追尾したが、不審行動はなかった。


準備してきた半額シールが古いものなら、貼るのに時間がかかるので現認がしやすくなる。
しかし、新品のシールだから粘着力が強く貼るのに時間がかからない。

また、新品のシールでも複数品に貼る場合なら、動作が多いので現認がしやすくなる。
しかし、1品に貼る場合では現認が難しい。

万引きの単品検挙と同じだ。


結局、このおばさんには店長の「まだ半額になっていません」の一言が効いたことになる。

私服保安が危ない橋を渡るより、レジ係や店長さんにこういってもらうのがよいと思う。


2.現地調達派は「シールを剥がしたこと」で声かけできる。


上の7-aで説明した
①豆腐をカゴに入れる。
②半額弁当をカゴに入れる。
③弁当の半額シールを剥いで、豆腐に貼り替える。
④弁当を売場に戻す。
⑤半額でない豆腐をレジで半額として支払う。

の場合なら、③の弁当の半額シールを剥いだ時点で「業務妨害罪・器物損壊罪」で声かけ・逮捕できる。

また、③で「張り替え行為」の現認が不確かでも声かけできる。。

たとえば、
・男がシールの貼っていない豆腐をカゴに入れた
・男が半額シールの貼ってある弁当をカゴに入れた
・男がトイレットペーパーコーナーでゴソゴソしていたが「シール張り替え行為」が現認できなかった。
・男が弁当を戻したが半額シールが貼ってなかった。
・半額シールの貼られた豆腐をレジで清算した。

この場合なら、戻された弁当を持ってこう言えばよい。

「半額シールが貼ってあったこの弁当をトイレットペーパーコーナーに持ち込んで売場にもどしたけど、半額シールがなくなっていたよ。
   この弁当に貼ってあった半額シールを剥がしてどこに捨てたの?
   半額シールが捨てられると、そのシールを拾ったものが悪用するじゃないか。
   また、この弁当に半額シールが貼ってないと、他のお客さんが半額で買えないじゃないか。シールを捨てた場所を教えてよ」。

いわゆる、施設管理権による質問である。
しかし、こんな“カマかけ”を使って詐欺罪で捕まえるよりも、業務妨害・器物損壊罪で捕まえた方が簡単である。
所詮、万引きするほどの度胸もない者たちだから、ちょっと怖い目にあえばもうそんなことはしなくなる。

・刑法233条(信用毀損及び業務妨害)
「虚偽の風説を流布し、又は偽計を用いて、人の信用を毀損し、又はその業務を妨害した者は、三年以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する。」

※半額シールの貼ってあった商品から半額シールを剥がせば、半額で売れなくなるから「偽計を用いて業務を妨害した」ことになる。

・刑法261条(器物損壊罪)
「前三条に規定するもののほか、他人の物を損壊し、又は傷害した者は、三年以下の懲役又は三十万円以下の罰金若しくは科料に処する。」

※損壊 : ひろく物の本来の効用を失わせる行為も含む。
・小荷物から荷札を取り外すこと(最S.32.4.4)
・半額シールの貼られた弁当から半額シールを剥いだら、「半額で売る」という効用を失わせる。


このスーパーにも現地調達派がいるとの情報。業務妨害罪・器物損壊罪を使おうと待ち望んでいるのだがまだ遭遇していない。


つづく

  





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